アメリカにはインテルやクアルコムやエヌビディアなどの有名な半導体メーカーがいくつもあるため、半導体生産に強いと感じる人がいるかもしれない。だが、このうち半導体をつくっているのはインテルだけで、クアルコムやエヌビディアは設計を受け持っているにすぎない。
半導体製造が盛んな国としては台湾、韓国、中国、かろうじて日本も仲間に入れることができるだろう。これらは、少なくともアメリカから見ると、半導体製造で先を行く「半導体強国」といえる。
実際、ウォール・ストリート・ジャーナル電子版によれば、向こう10年、この4カ国のシェアが75%であるのに対して、アメリカはわずか6%だということからも裏付けられる。半導体不足が自動車をはじめとする製造業に打撃を与えている現象を見れば、アメリカが半導体製造の重要性を痛感するのは当然だろう。
いや、半導体製造の重要性を痛感したのはアメリカだけではなく、生産国も含めて電子製品メーカーを持つあらゆる国も同様だ。
この半導体不足があぶり出したことが、もうひとつある。それは「製造業の趨勢を決めるのは半導体」であるという事実だ。
半導体が手に入らなければ、かなりの電子製品がつくれなくなる。今後、長期にわたって半導体が入手できないとなれば、企業側は「アナログ化」で対応するしかない。つまり、性能が低下することを許容しなければならないのである。
インテルのように高価格帯の半導体に特化していた企業は別だが、もともと半導体は儲かるものではなく、1980年代から90年代の日本のように大量生産で薄利多売の事業を行っていた企業は、軒並み半導体から撤退するはめに陥っている。
半導体が国家の安全保障にとって重要であることに気づいていたアメリカは、半導体産業を日本が寡占していることに不安を覚えて、1986年の日米半導体協定によって日本企業の力を弱めて、台湾や韓国や中国など半導体製造工場の多国籍化に成功した。
ただし、これはのちに台湾問題としてアメリカにも跳ね返ってくることになり、本当に適切な政策ではなかったと考えるべきだろう。
日本の半導体産業凋落においてもうひとつ留意すべきなのは、日本企業が半導体の分業化についていけなくなった点だ。
当時の日本では、半導体は垂直統合でひとつの企業が設計から生産をするのが当たり前だったが、技術の進歩によって新工場建設に莫大な資金が必要となり、水平分業が進むなかで垂直統合型の日本企業が乗り遅れたという面がある。
日本の半導体産業の凋落は、アメリカの意志と共に、日本が水平分業の波についていけず時代に取り残されたという、2つの要素があるわけだ。
同じ垂直統合型だったアメリカのインテルは高価格帯の半導体をつくっていたために、日本企業のような憂き目に遭うことはなかったのである。
三つどもえを勝ち抜いたTSMC
半導体産業の「覇権」が日本から台韓中に移っていくなかで、最先端半導体の製造に特化して果敢に大型投資を続けた台湾積体電路製造(TSMC)、韓国・サムスン、そして垂直統合型を維持し続けたアメリカ・インテルが“三強”として生き残ることになった。
その三つどもえの戦いで圧倒的な力でトップをとったのが、TSMCだった。
TSMC創業者であるモリス・チャンこと張忠謀(ちょう・ちゅうぼう)氏は、中国浙江省の経済都市である寧波市出身だが、国民党と共産党の内戦のさなかに香港に移住し、さらにアメリカに渡ってハーバード大学に入学、MITに編入して、テキサス・インスツルメンツに勤めるなど、一貫してアメリカで半導体畑を駆け抜けてきた多国籍型の人物である。
その後、中華民国に招聘されて台湾の科学技術を担う財団法人のトップとなり、1987年にTSMCを設立している。いわば、自らの最後のアイデンティティを台湾に特化して、台湾と一体化してTSMCを育て上げてきた経営者だといえるだろう。
TSMCが成長した背景には、張氏の卓越した能力とともに、浙江省出身であることを生かして人件費の安い中国工場を使えたこと、そのバックに中華民国政府が付いており、政経一体で莫大な投資にも耐えられたことが挙げられる。
後者については韓国におけるサムスンもまったく同じであり、国を挙げて半導体製造に乗りだしていた。また、だからこそ日米交渉で一方的にアメリカに押されて政府も官僚も頼りなかった日本企業がついていけないのも、当然だったといえる。
だが、それとは別にTSMCは大きなハンディを背負っている。それはTSMCの本国である台湾が、常に中国に狙われており、いつ侵攻されて併合されるかわからないことだ。つまり、地政学リスクにもっとも強く晒されているのがTSMCなのである。
通常であれば、企業を守るためにリスク分散を考えて、実質的な友好国であるアメリカや日本などに技術拠点を分散させるところだが、TSMCに関してはその考えはない。
それも当然のことだろう。いまや半導体製造は台湾にとってもっとも重要な産業であり、いわば台湾=TSMCなのである。
また、中国が台湾を併合してTSMCの技術を設備と人材ごと取られてもっとも困るのは、アメリカである。TSMCの技術があるからこそ、アメリカは台湾を死守せねばならない。
だから、TSMCが台湾から動かないことは、台湾にとってアメリカのバックアップを獲得するために、もっとも重要な安全保障政策になっている。
アメリカがサムスンの工場を誘致したわけ
アメリカは半導体をはじめとするIT技術の第1集積地をテキサス州に定めて、多くの技術企業を誘致している。TSMCは要請を受けて、5nm半導体工場を建設し、2024年から稼働することが決まっている。
ところが、テキサスにはサムスンも5GやAIなどに使われる最先端半導体の工場を建設することが決まったのである。いずれも大きな支援を確約しており、かなりの財政を支出するにもかかわらず、である。
これは、台湾有事に備えてアメリカ側がリスク分散をはかったものだろう。つまり、中国が台湾併合に乗り出した場合、たとえその試みが失敗したとしても、TSMCが大きな混乱に巻き込まれるのは間違いない。そうなれば、サムスンに頼らざるを得なくなるのである。
また、TSMCとサムスン側から見ると、アメリカ政府の要請を受けて工場建設を進めるのは、あくまで大型の支援があるからにすぎない。生産性だけを考えれば、アメリカ工場は特に建設コストと労働コストが高すぎ、採算性に大きな問題が生じるのである。中国工場はもちろんだが、台湾工場ですら数割のコスト増になると報じられている。
この点は、最近建設が決まったTSMCの熊本工場も同様で、TSMC側はあくまで支援ありきの進出である。人件費が安いという評価も出始めている日本だが、生産性については、まだ有利とまではいえない。
また、熊本工場は自動車用半導体を中心とするもので最先端半導体ではなく、アメリカ工場より数段格落ちである点も留意すべきだろう。あくまで自動車用など汎用性の高い半導体を確保するための方策にすぎない。その点、日本の半導体対策はまだ周回遅れの感が否めない。
高性能半導体の国産化は現実的か?
工場誘致ですらこれほど大変なのであるから、「財政を使って最先端半導体を国産化する」というのが、相当な難事業であることは言うまでもない。
台湾は勤勉な国民性があるが、なにしろ中国侵攻のリスクがある。韓国は素材の供給が弱いことや、水不足の問題も解決できていない。
日本の場合、かつて世界一の半導体生産国であり、いまだにメモリやアナログ、製造機械や素材で強みを持っている。だが、技術競争に追いついていかなければ、強みがいつ崩れるかわからない。
日本にとって重要なのは、1990年代に半導体のビジネスモデルで失敗した轍を再び踏まないことである。まず企業側が生き残りのためのビジネスモデルを確立して、それに政府が協力するという形をとることだろう。
そして、ビジネスモデル成功のための技術革新については大型財政を組むという形をとることがもっとも重要である。
(文=白川司/評論家、翻訳家)