200人を超えたラピダスの社員数
昨年2022年11月に、「2027年までに2nmを量産する」と発表したラピダスは今月1日、北海道・千歳工場の起工式を開催した(日経XTECH、『ラピダス起工式に半導体大手トップがそろい踏み、岸田首相もメッセージ』)。この記事によれば、起工式には、ラピダスに出資している企業8社、ベルギーの研究機関imecと製造装置メーカーのASMLやLam ResearchのCEO、およびレジストメーカーJSRやウエハメーカーSUMCOのCEO等が出席した模様である。
そして、同日開催された記者会見で、ラピダス代表取締役社長の小池淳義氏が、
「同社(ラピダス)の社員数は現状で200人を超えた」
「非常に優秀なエンジニアが集まってきている」「60人は米IBMの開発拠点である米Albany NanoTech Complex(アルバニー・ナノテク・コンプレックス)に派遣中」
などと説明したという。当初ラピダスが10人程度から出発したことを考えれば、社員数は20倍に増えた。しかし筆者は、いくら「優秀なエンジニアが集まってきている」といっても、この程度の人数では、半導体の最先端の開発と量産を行うことはできないと言いたい。
本稿ではその根拠を示す。その際に、2016年まで最先端の微細化を推進していた米インテル、およびインテルに代わって現在最先端を独走している台湾積体電路製造(TSMC)の社員数(や技術者数)を示すことにより、半導体の「最先端を行く」にはどのくらいの社員数(や技術者数)が必要なのかを論じたい。結論から言えば、ラピダスの社員数は二桁足りない。
米インテルのケース
インテルは、PCやサーバー用のプロセッサ(CPU)を開発し、製造している半導体メーカーである。そのインテルは、2016年までは世界最先端の微細化を推進していた(図1)。ところが、2016年に14nmから10nmに微細化を進めることに失敗し、その状態が2021年まで5年間も続いた。さらに(この図にはないが)、インテルは現在2023年現在、TSMCの5nmに相当する「intel 4」が2年間立ち上がらない状態が続いている。要するに、2016年以降、インテルは微細化を進めることに失敗し続けている。
そのインテルの社員数と売上高の推移を図2に示す。この図から、インテルが社員数を大きく減らしている時期が2度あることがわかる。1度目は、2000年(8.6万人)から2002年(7.9万人)にかけて、約7000人社員を減らした。これは、2001年のITバブル崩壊に対処するためのリストラであり、やむを得ない事態だったと推察する。
2度目は、2005年(10万人)から2009年(8万人)にかけて、約2万人の社員を減らした。しかしこれは、1度目の時のような半導体市況の悪化に伴うリストラではない。実際、2008年に起きたリーマン・ショックが半導体不況を引き起こしたのは2009年であるため、2度目のインテルのリストラは、リーマン・ショックに起因したものではない。では、なぜインテルは、2005年から2009年にかけて2万人の社員を減らしたのか。
2万人の社員を減らしたツケ
2005年から2013年にかけて、インテルの5代目CEOを務めたのは、ポール・オッテリーニ氏である。オッテリーニCEOは「効率的な経営」を掲げ、その方針に従って半導体技術者を大幅に削減したと伝えられている。それが、2005年から2万人社員を減らしたことの理由であろう。そして筆者は、2万人の社員(の多くは技術者)を減らしたことが、2016年に14nmから10nmへ微細化を進めることに失敗した原因であると推測している。その詳細は以下の通りである。
オッテリーニCEOの時代にインテルは、65nm→45nm→32nm→22nmと2年おきに微細化を進めた。ところが、この間に技術者を大幅に削減したため、次世代の14nm、次々世代の10nmの技術開発に支障をきたしたと考えられる。その兆候として、2013年に立ち上がるはずだった14nmが1年遅れの2014年になってしまった。そして、2016年に10nmが立ち上がらず、その後、5年間、その状態が続いた。そのため、第7代目のCEOのボブ・スワン氏は2020年の決算発表で、「インテルはファブレスになるかもしれない」という発言をしているほどだ。
ここからわかることは、最先端の微細化の開発は、一瞬たりとも手を緩めてはならないということである。次世代、次々世代、次々次世代の開発を並行して行いながら、現在の微細化の量産に全力を尽くす。それができなければ、微細化の競争から脱落するしかないのである。
インテルは2021年に、第8代目のCEOとしてパット・ゲルシンガー氏が就任し、インテルの立て直しを図ろうとしている。社員数を2020年の11万人から2万人以上増やして、2022年末には13万人を超えた。恐らく技術者は、数万人以上いると思われる。しかしそれでも、一度狂ってしまった微細化の「時計の針」は元には戻らない。その結果、2023年現在で、いまだにEUVを使いこなすことができず、5nm相当の「intel 4」が立ち上がらない。
ここで読者は、インテルが13万人以上の社員を擁し、恐らくは数万人の技術者がいることを覚えておいてほしい。インテルは2021年から米IBMと技術提携しているし、ベルギーimecとも連携している。にもかかわらず、5nm相当の「intel 4」が立ち上がらないのである。
TSMCのケース
インテルに代わって、最先端に躍り出たのがTSMCである。TSMCが最先端の微細化の基盤を築いたのは、2014年である。TSMCはこの年、“Nighthawk Project”を立ち上げ、24時間体制でR&D(研究開発)を行った。そして、インテルが躓(つまず)いた10nmを全力で立ち上げた。その後、TSMCは図1に示す通り、2018年に7nm、2019年に世界で初めて最先端露光装置EUVを量産適用した7nm+、2020年に5nm、2021年に4nm(5nmの改良版)、2022年12月に3nmと、最先端の微細化を独走している。
それではTSMCには、どのくらいの社員がいるのだろうか。図3を見ると、EUVを量産適用した2019年以降、社員数が急増している。2019年に5.13万人だったが、2020年に5.5千人増えて5.68万人になり、2021年には8.3千人増えて6.52万人になった。そして、2022年に7.9千人増えて7.3万人に増えた。その結果、何とTSMCは、2018年からの4年間で社員数が2.43万人増えて(毎年平均6千人増)、約1.5倍になったのである。恐らく、増えた社員のほとんどがR&D技術者ではないかと推察する。そして、今後もTSMCの社員数は増大していくだろう。
ある知人は、「TSMCが蟻(あり)地獄のように技術者を吸収している」と言った。またもう一人の知人は、「TSMCはまるでブラックホールだ」と言った。台湾だけでなく世界各国から、とびきり優秀な技術者がTSMCに集結しているのである。では、TSMCの社員7.3万人(2022年時点)のうち、何人がR&Dに従事しているのだろうか?
TSMCが「グローバルR&Dセンター」を開設
TSMCは2023年7月28日、同社初の研究センターとなる「グローバルR&Dセンター」を、本社近くの台湾新竹県に開設したと発表した(7月28日付日本経済新聞より)。この記事によれば、グローバルR&Dセンターは、地上10階、地下7階で、建屋面積は2万平方メートルであり、同年9月までに台湾域内に分散する技術者約7000人以上を同施設に集結させるという。そして、2023年6月時点でTSMCには約8700人の技術者がいると書かれている。ということは、TSMCの社員数は2022年末時点で7.3万人であり、そのうち技術者が約8700人いる(2023年6月時点)。これは、全社員数の11%に相当する。つまり、TSMCの11人に1人は技術者である。そして、この技術者が24時間体制で、最先端の微細化の技術を死に物狂いで開発している。
半導体で「最先端を行く」とはどういうことか?
2016年まで世界最先端の微細化を推進していたインテルは、その当時約10万人の社員がおり、そのうち恐らく数万人が技術者だったと思われる。また、インテルに代わって最先端に躍り出たTSMCは、2018年以降に毎年社員を平均6000人増大させている。そして、24時間体制でR&Dを行っており、その技術者数は2023年6月時点で約8700人いる。つまり、半導体で「最先端を行く」ということは、このような規模の社員や技術者が必要だということである(いや、インテルは現在13万人超の社員がいるが、それでも最先端の微細化がうまくいかない状態にある)。
翻って、ラピダスはどうなのか。「2027年までに2nmを量産する」と威勢は良いものの、現在の社員数は200人程度であり、米IBMに派遣されている技術者は60人である。インテルやTSMCと比べると、桁が二桁小さい。ラピダス(だけでなく日本)には40nm以降の技術の基盤がない、世界からとびきり優秀な技術者が集まるわけでもない、そして社員数も技術者数も二桁足りない。この状況で、「2027年までに2nmを量産」などできるわけがない。ラピダスは、最先端の微細化を舐めていないか。もう少し冷静に己の実力を見つめなおし、計画を再考するべきだろう。違いますか。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)