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政府はTSMC工場建設に1兆円超を補助するより日本の半導体企業に投資すべき

文=Business Journal編集部、協力=津田建二/国際技術ジャーナリスト
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TSMCのHPより

 世界最大手の半導体ファウンドリー、TSMC(台湾積体電路製造)が熊本県菊陽町に建設する工場。日本政府は第一工場(23年内に完成予定)に総投資額の約4割に相当する4760億円、第二工場(24年4月着工予定)に約5割に相当する9000億円を補助するが、政府が補助を出す日本のラピダスの競合にもなり得る外国企業のTSMCに計1兆円以上もの補助をすることが、議論を呼んでいる。

 10月24日、熊本県の蒲島郁夫知事は定例会見で「半導体など最先端の製品を熊本から輸出入できるような空港機能を強化するとともに、多くの乗客が利用できる空港にしたい」と熊本空港を中心とする「大空港構想」に言及した。この構想は、空港機能の強化、産業の集積と産業力の強化、交通ネットワーク構築、快適な生活ができる街づくりの 4つの柱で構成される。熊本県はTSMCの工場建設を契機に、劇的に変貌する勢いだ。その勢いは九州全域を射程に入れて、続く25日に開かれた九州地方知事会議で「九州シリコンアイランド」構想が発表された。九州フィナンシャルグループの試算によると、TSMC進出を起点とした経済波及効果は、2022~31年の10年で6兆8518億円(累積効果)に達する。

「政府がこれだけの補助をするのは経済波及効果が目的ではない。経済波及効果はあくまで二次的な効果で、目的は自動車産業の強化である」

 そう指摘するのは「セミコンポータル」編集長兼「newsandchips.com」編集長を務める国際技術ジャーナリストの津田建二氏である。この指摘を裏付けるように、熊本工場を運営するTSMCの子会社JASMには、ソニーセミコンダクタソリューションズとともにデンソーが出資している。

「経済産業省は半導体分野でラピダスのような新会社だけでなく既存の会社にも補助する方針を固めているので、TSMCへの補助はその一環と捉えている。TSMCの熊本進出の背景は、経産省が半導体産業を強化する一番の近道として、世界一のメーカーを日本に誘致しようと考えを変えたことにある。スマホなど最先端のデジタル分野で使う半導体は7ナノ(1ナノメートルは10億分の1メートル)など高集積なものだが、この水準の集積度をよく使うのはクアルコム。その技術を製造できるTSMCは22~28ナノも製造できる。この集積度は日本の強みである自動車製造に適している」(津田氏)

 現状では投資リスクはほとんど見当たらない。自動車製造の大きなテーマは事故を引き起こさない車の開発だが、制御機能に半導体は不可欠であるうえに、自動運転車が事故を起こした場合、瞬時に救急センターに無線で位置情報が送信され、救急車が駆けつける体制が欧州では始まっている。この体制整備にも大量の半導体が使用される。供給先のメインが自動車業界であることから、当面の間、需要は拡大する一方である。

 他方、TSMCの熊本進出は米国にもメリットがある。米国政府は、半導体など安全保障に関わる分野で米国資本の対中投資を規制しているが、台湾有事を想定して半導体供網を分散化しておきたい思惑があるともいわれる。

「米国政府はTSMCの熊本進出を支援していないし、関与できる立場にないが、TSMCの熊本進出を一番歓迎しているのは米国政府ではないだろうか」(同)

半導体=安全保障の物資

 コロナ禍を契機に各国とも半導体供給網の再編強化を重点政策に据え、ロシアのウクライナ侵攻でその動きを加速させている。半導体を戦略物資として、従来にも増して明確に位置付けたのだ。

「半導体を小型のコンピュータと捉えると兵器に使える。例えばロケットに使うと飛ばしながら軌道を修正できて命中率が上がり、集積度が高くなればなるほど命中率も高くなる。このことが各国が半導体供給に力を入れている最大の理由で、アメリカでは国防総省が半導体製造に補助金を出している。『半導体=安全保障の物資』と捉えているのだが、日本政府は野党の反発を招くなど難しいため、この捉え方を打ち出せず、経済安全保障という言葉を使うようになった」(同)

 経済安全保障推進の根拠法として、今年4月に施行された経済安全保障推進法は

・重要物資の安定的な供給の確保
・基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
・先端的な重要技術の開発支援
・特許出願の非公開

の4つを柱に据えた。同法に基づいて指定された「特定重要物資」11分野に半導体も加わっている。10月には、経産省経済安全保障室が示した「経済安全保障に係る産業・技術基盤強化アクションプラン(案)」に「各産業等が抱えるリスクを継続的に点検し、安全保障上の観点から政府一体となって必要な取組を行う」として、次世代半導体のサプライチェーンの強靭化が盛り込まれた。さらに経産省は半導体の国内での安定供給を確保するため、20年に5兆円だった半導体生産企業の国内売上高の合計を、30年に15 兆円超に拡大する構想を掲げている。

最大の問題は半導体人材の育成・確保

 こうした取り組みで、衰弱した日本の半導体産業をどこまで回復できるかは不透明だ。日本の半導体産業が衰弱した要因は、1986年に日米貿易摩擦の解決を目的に締結された日米半導体協定だというのが通説である。日本の半導体市場の解放、日本の半導体メーカーのダンピング防止。この2つの取り決めが衰弱を導いたと一般に理解されているが、津田氏は、それだけではない、と反論する。

「国産メーカーの半導体部門は総合電機メーカーの一部門でしかなかった。国産メーカーのうち、NEC、富士通、沖電気工業はNTT向けの通信機器部門が出世コースの部門で、この部門出身者が社長になるケースが多かった。東芝、日立製作所、三菱電機は電力会社向け機器部門が出世コースだった。いずれも公共事業が主力で、言い方は悪いが半導体やITは外様で、公共事業部門の子会社とか下請けという扱いがなされ、これらの部門からは出世させなかった。

 1995年頃にサムスンやTSMCなどが台頭してきた時期に、各メーカーとも半導体事業を伸ばすために投資すべきだったが、全然投資をしなかったため、圧倒的に差をつけられてしまった。これが日本の半導体産業の敗因になった。総合電機メーカーの経営トップが投資の必要性を理解していなかったことが最大の悲劇を呼んだ」

 事業の成長性ではなく、部門の社内序列が投資判断の基準に定着していたのである。その点、ラピダスもキオクシアも総合電機メーカーの一部門ではないので、過去の悪弊を引きずらずに済む。そこで焦点となってくるのが政府の補助方針である。TSMC誘致に伴う補助金交付は必然の措置だが、9000億円もの巨額を交付するのなら、むしろラピダスやキオクシアなど国内メーカーにより多く交付すべきではないのか。

「日本の半導体産業全体を強くしなければならないうえに、半導体はあと20年成長する産業なので、政府はTSMCよりも国内メーカーに重きを置くべきだ。また、最大の問題は人材の育成・確保で、半導体研究を専攻して博士号や修士号を取った人材が、高給を得られる外資系の金融機関やコンサルティング会社などに流れている。今の給与水準では優秀な人材を集められない」

 TSMC熊本工場を運営するJASMの24年春入社の大卒初任給は28万円、修士は32万円、博士は36万円。外資系に比べて見劣りすることは否めない。世界標準の人材を獲得するのなら、給与水準も世界標準に設定しないと振り向いてもらえない。

(文=Business Journal編集部、協力=津田建二/国際技術ジャーナリスト)

津田建二/国際技術ジャーナリスト、「News & Chips」編集長

津田建二/国際技術ジャーナリスト、「News & Chips」編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。
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Twitter:@kenjitsuda2007

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