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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

TSMCの米国工場建設計画も米国の半導体製造強化策も破綻すると予想される根拠

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
TSMCの米国工場建設計画も米国の半導体製造強化策も破綻すると予想される根拠の画像1
TSMCのサイトより

加熱する半導体投資と各国の補助金

 半導体の世界はタガが外れ、どこか狂っているのではないか――。

 ハーメルンの笛吹きに踊らされるネズミたちが日々、増えている(図1)。半導体メーカー各社の投資は過熱し、各国や地域の半導体強化策への補助金も異常な金額となっている。台湾TSMCは2021年から3年間で1000億米ドルを投資する。今年2021年だけで300億ドル投資する。このなかには米国のアリゾナに建設する5nmのファンドリーも含まれている。加えて日本の熊本に8000億円規模の工場をつくることを10月14日に発表した。

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 韓国サムスンは2030年までにファンドリー分野だけで約16.5兆円投資する上、仮釈放された李在鎔副会長は今後3年間で240兆ウォン(約23兆円)を投資すると発表した(合計で約40兆円となる)。さらに、米国でも170億ドルのファンドリーの建設を申請している。韓国SKハイニックスは月産80万枚のファンドリー建設および部素材クラスターなどに、120兆ウォン(約12兆円)を投資する。

 米インテルは240億米ドルを投じてアリゾナにCPU用とファンドリー用の2つの工場を建設するとともに、欧州に今後10年間で約10兆円を投資すると発表した。米マイクロンは、今後10年間で1700億ドルを投資する計画を発表し、日本を含む各国政府に補助金を出すよう要請している。

 このような半導体メーカーに対して、米国は3年間で520億ドル、欧州は10年間で約17兆円の補助金を投じようとしている。中国は2014年以降合計で15兆円以上を助成し、韓国は「K半導体ベルト」を構築し、10年間で約50兆円を投資するサムスンやSKハイニックスへの優遇税制などを行う。そして日本も、TSMCが建設する熊本工場について4000~5000億円を支援すると報道されている。

ぎくしゃくし始めた米国の半導体政策

 ところが、米国の半導体製造強化のための政策がぎくしゃくし始めた。事の発端は、米商務省のレモンド長官が2021年9月23日、一向に半導体不足が解消しないために、TSMC等に対して「(もし520億ドルの補助金を投じる法案を成立させたいのなら)半導体の出荷に関する詳細な情報を45日以内に提出せよ」というような内容の発言を行ったことにある(10月21日付日本経済新聞)。この商務長官の発言は、TSMC等に対する恫喝ともいえる。しかし、このような脅しにTSMCが屈することはないだろう。

 本稿では、まず、TSMCやサムスンが米国にファンドリーを建設することになった経緯から今日までを振り返る。その上で、TSMC等がレモンド長官が期限とした11月8日までに半導体出荷に関する詳細情報をTSMCが提出しなかった場合、何が起きるかを推測する。

 結論を先取りすると、米国政府が計画した自国内での半導体製造の強化策は、ことごとく雲散霧消するのではないかと思われる。

米国政府がTSMCを誘致

 図2に、米国政府の半導体製造強化の動き、およびTSMCを中心とした半導体メーカーの動きをまとめた。

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 2000年以降、ロジック半導体では設計を専門に行うファブレスと、その半導体を受託生産するファンドリーに水平展開が進んだ。そのとき米国は、半導体デバイス・プロセスの開発と量産への設備投資が高騰していることから製造を避け、ファブレス化への道を選択した。

 その結果、アップル、クアルコム、AMD、ブロードコムなどファブレスが成長し、そのファブレスが設計した半導体をTSMCが生産する構図が確立した。そして2019年には、8インチ換算の半導体生産能力は、台湾21.6%、韓国20.9%、日本16.0%、中国13.9%、米国12.8%、欧州5.8%となった(図3)。つまり、世界の半導体の72.4%がアジアに集中し、米国はわずか12.8%になってしまった。

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 さらに、半導体の微細化でトップだったインテルが2016年に、14nmから10nmに進むことに失敗した。その結果、10nm以降の先端半導体は、台湾92%、韓国8%となり、米国はゼロになってしまった(図4)。

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 このように、米国では半導体製造能力が空洞化し、最先端の半導体が製造できなくなった。このことに危機感を持った米国政府は、ファンドリー分野で過半を超えるシェアを独占し、インテルに代わって最先端の微細化でトップに躍り出たTSMCを国内に誘致することにした。

 当初、TSMCは建設費やインフラ代が高いことを理由に米国の誘致に難色を示していた。しかし、図5に示すように、TSMCの地域別売上高に占める割合が60~70%もある米国政府の要請を無視することができず、2020年5月14日にアリゾナに5nmのファンドリーを建設することを発表した。ただし、その際は米国政府がTSMCに補助金を出すことを約束していた。

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米国の半導体強化の政策

 実際、米国政府の超党派の議員が、TSMCを誘致する際に補助金を出すための法案を議会に提出した。まず、2020年6月10日に米国内の半導体製造を強化し、R&Dに資金を提供し、サプライチェーンを確保することを目指した法案CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors) が提出された。このCHIPSは2021年1月に可決された。

 次に、同年6月25日に半導体製造に補助金を出すための法案としてAFA(American Foundries Act of 2020)が提出された。これはのちに半導体を含めた先端技術を強化する法案“U.S. Innovation and Competition Act”としてまとめられ、2021年6月8日に上院で可決された。しかし、下院ではいまだ可決されていない。そして、この法案が下院で可決されないと補助金を投じることができない。

 時期は前後するが、2021年1月20日に第46代米大統領となったジョー・バイデン氏は、2月24日に半導体供給網を見直す大統領令に署名し、3月31日に半導体製造強化のために520億ドルの補助金を投入することを発表した。そして4月12日には、TSMC、サムスン、インテル等の招集した半導体サミットを開催した。

 このように、米国はTSMCを誘致し、それに520億ドルの補助金を出すための法律を準備しようとしているが、半導体不足は一向に解消せず、むしろ悪化の一途をたどった。米商務省は5月20日にTSMCやサムスンを招集して対応策を協議したが具体策は定まらず、8月下旬には米国をはじめ日本や欧州でも半導体不足でクルマの生産が大きく落ち込む事態となった。

TSMCをめぐるインテルとサムスンの動き

 米国政府がTSMCを誘致し、520億ドルの補助金を支出しようとしていることに対して、インテルやサムスンも反応した。以下に、この2社の動きについて説明する。

 まず、2030年までにファンドリー分野でTSMCに追いつく目標“Vision2030”を掲げているサムスンはTSMCに対抗して、やはり米国に170億ドルを投じてファンドリーを建設すると3月に発表した。建設予定地としては、テキサス、ニューヨーク、アリゾナが候補に挙がっている。

 2016年に10nmの半導体の量産体制立ち上げに失敗したインテルは、一時期ファブレスになる可能性も浮上した。ところが、2021年2月15日に8代目CEOに就任したパット・ゲルシンガー氏は3月23日に、「IDM2.0」と名付けた戦略により、垂直統合型IDM(Integrated Device Manufacturer)を維持・拡大するとともに、ファンドリー事業を開始する方針を打ち出した。そして、240億米ドルを投じてCPU用とファンドリー用の2つの半導体工場をアリゾナ州に建設すると発表した。

 加えて、ゲルシンガーCEOが、米国がTSMCに補助金を出すことに異議を唱えていることが6月24日に明らかになった(ポリティコ)。簡単にいうと、ゲルシンガーCEOはこの寄稿で、「米国の補助金は税金である。したがって、その補助金はTSMCではなく、我々インテルによこせ」と主張したのである。

米商務省のレモンド長官の恫喝

 ここまでをまとめると、半導体製造能力が低下し、最先端の微細化からも脱落した米国がTSMCを誘致することになり、そのために補助金520億ドルを出すことを決め、その根拠となる法案を議会に提出した。この法案は上院では可決されたが、半導体不足が一向に解消されないことから、下院ではいまだ可決されていない。

 この補助金をめぐっては、TSMCをライバル視しているサムスンも米国に新たなファンドリーを建設することを表明し、受給を狙っていると考えられる。また、ファンドリーに進出することを打ち出したインテルのCEOは、「その補助金をTSMCではなくインテルによこせ」と異議を唱えた。

 そして、米商務省のレモンド長官が9月23日、半導体のサプライチェーンに関する会合を開き、TSMC等に対して「もし補助金520億ドルを投じる法案を成立させたいのなら、半導体の出荷に関する詳細な情報を45日以内に提出せよ」という内容の発言を行った(10月21日付日経新聞より)。

 この発言は、TSMCに対する恫喝である。前掲記事によれば、TSMCの法務担当の最高責任者は10月6日、台湾で開催されたフォーラムで「顧客情報を漏らすことは絶対にしない」と述べ、米国の要求を受け入れる気は一切ないことを表明したという。

TSMCの創業者のモリス・チャン氏の怒り

 もともと、TSMCは米国に進出したかったわけではない。米国政府が頭を下げて頼み込んできたので、「補助金を出すのなら半導体工場をつくってもいい」ということになったのだろう。「その米国政府が“補助金が欲しいなら、顧客情報を出せ”とは何事か!」と、TSMCの創業者であるモリス・チャン氏は堪忍袋の緒が切れてしまったようである。チャン氏は10月26日に台北市内で行われた講演会で、米国政府やインテルに対して、以下のように怒りをぶちまけたという(10月28日付日経新聞より)。一部以下に引用する。

「私は、こいつ(ゲルシンガー氏)を含め、インテルのCEOを歴代みな知っているが、彼は(礼儀知らずの)無礼者だ」

「(交流もあったゲルシンガー氏が最近、米国が半導体を調達する上で)台湾や韓国は非常に危ないと(米当局に)盛んに宣伝し、訴えている。そして自らは米政府から520億ドルの補助金を得て、米国に工場を建設しようとしているのだ」

「米国は今後、世界の42%の半導体生産シェアを確保した1990年代の強い時代に戻りたいのだろうが、かなり難しい。米国はコストが高すぎる。(生産強化は)米国の半導体の競争力向上にもつながらない。1000億ドル以上かけても、米国でサプライチェーンを整備できない」

「こいつ(ゲルシンガー氏)は5年前にも無礼なことがあったが、今もTSMCに対して失礼だ。今日(の講演)はそのお返しをしているだけだ」

「もう米国は昔のような(半導体が強い)国に戻ることは不可能だ」

 インテルのゲルシンガーCEOを「こいつ」と呼んでいることから、米国政府やインテルに対する、チャン氏の怒りがどれほど凄まじいかがわかるだろう。

520億ドルの補助金が出なかったらどうなるか?

 TSMCがレモンド商務長官の言う通りに11月8日までに詳細な顧客情報を提出することはあり得ないだろう。その場合、520億ドルの補助金を投じる根拠となる法案が下院で否決される可能性が高い。そうなると、米国の半導体製造を強化するための520億ドルの補助金は支出されない。

 それは、どのようなことを引き起こすだろうか? 

 アリゾナにファンドリーの建設を開始したTSMCは「話が違う」と言って建設を中止し、米国でのファンドリー事業を止めるのではないか。そうなると、TSMCに対抗しようと170億ドルを投じてファンドリーを建設しようとしていたサムスンも、申請を取り下げるかもしれない。さらに、「その補助金はTSMCではなく、我々によこせ」と言ったインテルも、ファンドリーへの進出を断念する可能性がある。

 つまり、米国ではファンドリーの強化はすべて雲散霧消するのではないか。そして、この米国の動向は世界中に伝播するかもしれない。例えば、欧州が支出しようとしていた17兆円は見直されるかもしれない。また、米国の同盟国である日本がTSMCを誘致して4000~5000億円を支援する計画にも影響が出るかもしれない。

 11月8日に、TSMCが米国政府に対してどのような行動をとるか、世界中が注目している。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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