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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

総投資額50兆円超、韓国「K半導体ベルト」構想の衝撃…日本、輸出規制厳格化が逆効果

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
総投資額50兆円超、韓国「K半導体ベルト」構想の衝撃…日本、輸出規制厳格化が逆効果の画像1
サムスン電子のHPより

世界中で半導体投資がヒートアップ

「あまりにも異常だ。そんなに投資してどうするというんだ?」というくらい、世界中で半導体の巨額投資が行われつつある。

 世界最先端の微細化を独走する台湾TSMCが今後3年間で1000億ドル、TSMCに追いつこうとしている韓国サムスン電子が2030年までに約16.5兆円(メモリも加えると約35兆円)、韓国SKハイニックスが2030年までに約21.7兆円、今年2月15日に8代目のCEOが就任した米インテルが2024年までに520億ドルを、それぞれ投資する。

 上記に加えて、各国政府も自国での半導体製造を強化しようとしている。中国は2014年に制定した国家政策「中国製造2025」の元で合計15兆円とも20兆円ともいわれる補助金を投じる。米国はバイデン政権の元で520億ドルを投じる。欧州は2030年までに約17兆円を投じる。

 そのなかでも最も驚いているのは、サムスン電子とSKハイニックスの2社だけで約47兆円(韓国全体で50兆円超)を投資するのに合わせて、世界最大かつ最先端の半導体強国になるために、韓国政府が「K半導体ベルト」構想を掲げたことだ。

 本稿では、この韓国の「K半導体ベルト」構想を取り上げる。今後10年で50兆円超という投資額もあり得ないと思うほどだが、それを韓国政府が全面的にバックアップしようとしている内容にも驚きを禁じ得ない。本当に実現するかどうかは疑問の余地があるが、韓国がメモリだけでなく、非メモリのファンドリー分野でも世界トップになろうとしている決意のほどがうかがえる。

 さらに、韓国が「K半導体ベルト」構想を掲げるに至った背景には、2019年7月1日に日本政府が突如、韓国に対して半導体3材料の輸出規制を厳格化した事件があるという推論を述べる。この「第2の真珠湾攻撃」といわれた日本の政策は、ブーメランのように返ってきて、日本の製造装置(の部品や設備)、および材料メーカーの競争力を削ぐことになると思われる。

「K半導体ベルト」構想とは何か

 2021年5月13日、韓国の文在寅大統領は、サムスン電子の平澤事業所で開催された「K(韓国型)半導体戦略」(いわゆる「K半導体ベルト」構想)の報告会に出席し、「半導体メモリ世界1位の地位を強固にし、システムLSI(大規模集積回路)でも世界最高になり、2030年までに総合半導体強国になるという目標を必ず成し遂げる」と述べたという(ソウル聯合ニュース2021年5月13日)。

 文大統領は、「外部の衝撃に揺らぐことのない先制的な投資により、産業の生態系(エコシステム)をさらに強く固め、国際供給網を主導し、機会をわれわれのものにしなければならない」「政府も半導体強国(実現)のために企業と一心同体になる。企業の努力を確実に後押しする」と強調し、世界最大・最先端の半導体供給網「K半導体ベルト」の構築、税制優遇や金融支援、規制改革・インフラ拡充など、全方向からの支援を約束した。

 では、「K半導体ベルト」とは何か。図1に示したように3つのラインからなる半導体の拠点を形成する構想だ(図1の作成に際して、5月21日付「東洋経済日報」の記事を参考にした)。

総投資額50兆円超、韓国「K半導体ベルト」構想の衝撃…日本、輸出規制厳格化が逆効果の画像2

 まず、ソウル近郊の京畿道の板橋から器興、華城、平澤、天安、温陽へと南北につながる一帯、次に京畿道の龍仁から利川、陰城へ続く東西の一帯、さらには龍仁から槐山、清州に続く南東の一帯。この3つのラインがちょうどKの字のようになっていることから、これらすべてを「K半導体ベルト」と呼ぶことにしたとのことである。

「K半導体ベルト」構想の各拠点の役割

 図1を基に、「K半導体ベルト」の各拠点で何を担うかを以下で説明する。なお、図1の赤丸は新設する拠点であり、青丸は拡張・拡大する拠点である。まず、ソウル近郊の京畿道の板橋にファブレス拠点「韓国ファブレスバレー」を設置する。次に、素材、部品、製造装置の拠点として、龍仁と華城が新設され、ここに天安も加わる見込みである。龍仁にはSKハイニックスの半導体クラスターが形成され、50以上の素材・部品・装置の企業がこの拠点に参加するという(「韓国のイマをつたえる もっと!コリア」、2021年5月13日)

 さらに、チップを3次元に積層することによって、今後、ムーアの法則を牽引することが期待されている後工程/パッケージの拠点として、槐山、温陽、天安が挙げられている。そして、「K半導体ベルト」の中心的存在になるのは、やはり、世界半導体売上高2位のサムスン電子と同3位のSKハイニックスである。この2社合計で、2030年までに約47兆円の投資を行う模様だ。韓国合計では50兆円超になる見込みである。

Vision2030を掲げているサムスン電子

 サムスン電子は2019年に「Vision2030」を掲げ、2030年までに130兆ウオン(12.4兆円)を投資して、ファンドリー分野でTSMCに追いつき、追い越す目標を掲げた(図2)。その際、半導体技術者として、大学院の修士卒と博士卒の合計1万5000人を確保するとした。

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 そして、5月13日の報告会に参加したサムスン電子の金奇南・副会長は、「2030年までに計画していたシステム半導体投資133兆ウォンを171兆ウォン(約16.5兆円)に拡大する」とし、「サムスン電子の平均メモリ設備投資額(20兆ウォン)を加えると、今後の10年間でサムスン電子は371兆ウォン(約35兆円)を超える投資を行う」と述べたという(前出「もっと!コリア」より)。

ファンドリーに参入するSKハイニックス

 SKハイニックスもこれに負けない投資を行う。同じく5月13日の報告会に参加した朴正浩代表取締役(副会長)は、「SKハイニックスは利川と清州工場に2030年までに110兆ウォン(約10兆円)を投資し、これとは別途に2025年に完成する龍仁クラスターに120兆ウォン(11.3兆円)を投資する。総額230兆ウォン(21.7兆円)を投資するつもり」だと語ったという(前出「もっと!コリア」より)。

 ところが驚くことに、龍仁に投資する120兆ウォン(11.3兆円)で、SKハイニックスはファンドリー工場を建設する模様である(「Mapionニュース」、4月1日)。記事によれば、韓国政府の認可を受けたSKハイニックスは、2021年第4四半期に工場建設に着工し、2025年はじめにファブの1棟目が竣工する予定である。そして最終的には4つのファブが建設され、その生産能力は合計で月産80万枚(12インチ)を計画しているという。

 現在、ファンドリー分野で過半のシェアを占めるTSMCが月産約130万枚、第2位のサムスン電子が約20万枚であることを考えると、SKハイニックスの計画する月産80万枚というのはトンデモナイ規模であると思う。

韓国政府の支援策

 このように、今後10年間でサムスン電子が約371兆ウォン(約35兆円)、SKハイニックスが約230兆ウォン(21.7兆円)、2社合計で約500兆ウォン(約47兆円)の投資を行うことを表明している。この2社以外も加えると韓国全体で50兆円超になる見込みである。そして、このような巨額投資に対して、韓国政府は以下の支援を行う(JETRO、ビジネス短信、5月19日)。

1.半導体製造中心地への飛躍のためのインフラ支援拡大

1-1 2030年までの半導体業界の累積投資額を約510兆ウォン(約51兆円、1ウォン=約0.1円)以上と想定し、政府は半導体関連のR&Dと施設整備に対し税制支援を行う。R&Dは企業規模や技術内容により2%~50%の税額を控除し、設備投資は企業規模や設備技術により1%~20%の税額を控除する。

1-2 8インチウエハーラインのファウンドリ増設、素材・部材・設備および先端パッケージング施設への投資を支援するために、1兆ウォン以上の「半導体等設備投資特別資金」を新設する。貸出金利は1%分を減免、返済期間は5年間据え置き、15年間分割償還とする。

1-3 10年分の半導体用純水のための水資源確保や電力インフラ構築時の最大50%までの分担支援などを通じたインフラ支援を行う。

2.人材・市場・技術確保などの半導体の成長基盤の強化

 大学定員の拡大、学士・修士・博士・実務教育など全課程の支援を通じ、2022年~2031年の10年間に半導体産業人材3万6,000人を育成する。

3.半導体産業の危機対応力の強化

3-1 半導体関連産業支援のための「半導体特別法」立法化に向けた協議を開始する。規制の特例、人材育成、基盤施設支援、投資支援、R&D加速化などが含まれる。

3-2 技術保護のため、M&A審査制度や国家核心技術のセキュリティー管理を強化する。

韓国の「K半導体ベルト」の日本への影響

 前掲JETROのビジネス短信には、「韓国内では短期的に技術の確立が難しいEUV(極端紫外線)露光と、先端エッチング、素材分野は対内直接投資の誘致を拡大する」ということが書かれている。

 つまり、これ以外の製造装置、材料、部品などは、韓国内で生産することを目指していると考えられる。その拠点となるのが、新たに設立される龍仁と華城になる。これは、競合する日本の製造装置、材料、部品にとっては脅威となる。

 なぜ、韓国がこのような構想を掲げたのか。それは、2019年7月1日に日本政府が突如、韓国に対して半導体3材料(フッ化ポリイミド、EUVレジスト、フッ化水素)の輸出規制を厳格化した事件が背景にあると考えられる。

 この3材料のなかでは、特にフッ化水素の輸出規制の厳格化のインパクトが大きかった。というのは、サムスン電子SKハイニックスも、フッ化水素の在庫が切れたら、メモリも非メモリも、レガシーか最先端かも関係なく、半導体が1個もつくれなくなる事態になったからだ(図3)。

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 そのため、サムスン電子、SKハイニックス、および韓国政府はパニックに陥ったと思われる。それほど、日本政府の輸出規制厳格化の影響は甚大だった。そして、これに懲りた韓国は、日本がボトルネックになっている製造装置(その部品や設備)、材料、素材などをすべて洗い出し、自国生産を目指すようになったわけだ。

 この国家政策を再確認し、改めて半導体に関する供給網を自国内で構築するという決意が「K半導体ベルト」構想になったと思われる。つまり、2019年7月1日に発表した日本政府の政策は、ブーメランのように返ってきて日本企業の競争力を削ぐ結果になってしまった。まったく、日本政府は余計なことをしてくれたものだと思う。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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