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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗する

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
台湾TSMCの「日本の新工場建設」には合理的理由がない…経産省が関わったら失敗するの画像1
TSMCのサイトより

経済産業省によるTSMCの国内誘致

 経済産業省が世界最大の半導体ファウンドリー(受託生産)企業、台湾積体電路製造(TSMC)を日本国内に誘致しようとする動きが2つある。一つは、後工程の研究開発センター、もう一つはソニーとの合弁による新工場設立の動きである。本稿では、後者の新工場の実現性を検証する。その前に、前者の研究開発センターについて簡単に言及しておく。

 経産省は「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」を推進するため、「研究開発項目②先端半導体製造技術の開発(助成)」に関する実施者の公募をNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が行い、その開発テーマの一つの「高性能コンピューティング向け実装技術」について、「TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」を選定した。経産省はこの研究開発の概要を5月31日に公開し、「TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」に日本企業20社が協力することを明らかにした

 これを受けて日本経済新聞は6月16日、『半導体再興、「後工程」糸口に イビデンなどTSMC誘う』という記事で、TSMCが日本に進出して、半導体を積み重ねる「3次元積層技術(3DIC)」を、日本の材料や装置メーカー20社と共同で開発することによって、日本が半導体製造で復活する足掛かりになると報道した。

 しかし、筆者が調査したところ、6月28日時点では、「TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」の組織および具体的な研究テーマやマイルストーンは決まっておらず、経産省が公開し、日経新聞が報道した上記の協力企業20社も確定していなかった(詳細は拙著記事)。したがって、経産省の発表は明らかに勇み足であり、それを鵜呑みにして尾ひれや背びれをつけまくって「日本半導体産業の復興」を煽るような記事を書いた日経新聞も罪は重い。経産省も日経新聞も、日本の世論を大きくミスリードすることになったと思うからだ。

 では、もう一つの動きのTSMCとソニーとの合弁による新工場は、本当に実現するのだろうか。こちらは1兆円規模の新工場であり、そのインパクトは研究開発センターの比ではない。したがって、「ちょっと勇み足でした」では済まされないと思う。

TSMCとソニーとの合弁による1兆円規模の新工場

 この報道を行ったのは、5月26日付の日刊工業新聞である。その記事のタイトルは、『ソニー・TSMC、合弁構想 熊本に1兆円新工場』である。以下に、一部抜粋する。

<経済産業省主導によりソニーグループと半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が合弁で熊本県に半導体工場を建設する構想が浮上した。経産省が仲介役となり、関係者の調整を進める。前工程中心で総投資額1兆円以上を見込む。ただ、誘致実現には欧米に見劣りする補助金など支援策の大幅拡充が不可欠。国を挙げた半導体サプライチェーン(供給網)再構築への本気度が問われている。

 構想では両社が2021年内にも半導体製造の合弁会社を設立する見通し。TSMCが主体となり、ソニーG以外の日本企業も一部出資して枠組みに参加する可能性がある。

 前工程工場は熊本県・菊陽町にあるソニーGのイメージセンサー工場近くに建てる計画。自動車や産業機械、家電などに使う回路線幅20ナノ―40ナノメートル(ナノは10億分の1)のミドルエンド品を生産するもよう。線幅40ナノメートル未満の工場は国内で初めてとなる。投資の分担はソニーGが土地・建屋の手当て、TSMCが製造プロセスを受け持つ方向で調整する。パッケージなどの後工程工場も熊本県内に新設する見込み>(原文ママ)

TSMCとソニーの反応

TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」は、6月28日時点でほとんど何も決まっていなかったが、少なくともTSMCは2月9日のニュースリリース“TSMC Board of Directors Meeting Resolutions”の中で、以下を明らかにしていた。

“Approved the establishment of a wholly-owned subsidiary in Japan to expand our 3DIC material research, with a paid-in capital of not more than ¥18.6 billion (approximately US$186 million).”

<資本金186億円(約1億8600万米ドル)以下で、3DIC材料研究を拡大するために日本に完全子会社を設立することを承認しました>

 そして、本当に新会社「TSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社」を法人登記している。しかし、ソニーとの合弁による1兆円工場については、TSMCのHPをくまなく調べてみたが、一切公式発表がない。また、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長は、日刊工業新聞が「経済産業省主導によりソニーGとTSMCが合弁で熊本県に半導体工場を建設する構想が浮上した」と報道したことについて、「コメントは差し控える」としたうえで、「CMOSセンサーに用いるロジック半導体は大部分がファウンドリーからの調達だ」とし、「当社にとってロジック半導体を安定的に調達できることは非常に重要」と述べるにとどめている(日経新聞5月26日)。

 日刊工業新聞がTSMCとソニーの合弁による新工場について、かなり確信をもって記事を書いているのに対して、当事者であるTSMCとソニーからは、何ら明快な発表がないことが非常に気になる。そこで、TSMCとソニーの合弁による1兆円規模の新工場が現実的にあり得るかどうかを、視点を変えて考えてみたい。

予算と技術者が大問題

 まず、1兆円規模ということから、このロジック半導体工場は、12インチウエハで月産10万枚クラスのギガファブになる。そこで問題になるのは、その予算と技術者の確保である。日刊工業新聞の記事によれば、土地と建屋、つまり半導体工場の建設は、ソニー側が負担するということになる。では、その工場に導入する各種の製造装置の費用は誰が負担するのだろうか。少なくとも5000億円以上になると思われるが、この予算の出所が不明である。経産省が税金から捻出するのだろうか。

 次に、TSMCが受け持つとされるプロセス技術者に大きな問題がある。日本のロジック半導体は65nmから45nmに進むことができなかったため、日本にこの微細化レベルを習得している技術者はいない(図1)。そのため、ソニーは、CMOSセンサーに貼り付けるロジック半導体を全数、TSMCに生産委託しているわけである。

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 以上から、この新工場のプロセス技術は、全面的にTSMCに依存せざるを得ない。そして、1兆円規模のギガファブとなると、どう少なく見積もっても数百人のプロセス技術者が必要になる。オペレーションも含めると1000人規模の社員が必要であろう。

 現在、TSMCは世界最先端の5nmを量産中であり、来年量産する3nmのリスク生産が開始された。加えて、その次の2nmの装置や材料選定が本格化している。これらに対応するために、TSMCは今年中に9000人の技術者を集めることになった(3月5日付日経新聞)。

 TSMCには5万1297人(2019年時点)の社員がいるが、一気に約2割も社員を増やすことになる。これについては人伝に、相当苦戦していると聞いている。そのようなTSMCに、数百人もの技術者を日本に派遣する余裕があるだろうか。逆に、日本に数百人の優秀なロジック半導体の技術者がいれば、TSMC本社が採用したいのではないだろうか。

TSMCが日本に工場をつくる合理的根拠がない

 図2に、TSMCの地域別売上高比率の推移を示す。2020年9月15日以降、米国の制裁により、TSMCは中国ファーウェイへの半導体の出荷を停止した。その結果、TSMCにおける中国の売上高比率は大きく減少した。

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 その一方で、アップル、クアルコム、ブロードコム、AMDなど、ビッグカスタマーが多数存在する米国の売上高比率が70%前後に上昇している。その米国にTSMCが誘致され、アリゾナ州にロジック半導体のファンドリーを建設することになったが、「建設費が6倍高く、人件費が3割高い」と苦言を呈しているという(2月24日付ニュースイッチ記事)。

 では、日本はどうだろう。TSMCの売上高に占める日本の割合は、たかだか4%しかない。この4%のなかに、ソニーのCMOSセンサーに張り合わせるロジック半導体の全数、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなどの自動車メーカー向けの40nm以降の車載半導体のすべてが含まれている。

 このように売上高比率がたった4%しかない日本に、TSMCが数百人もの技術者を派遣して1兆円規模のギガファブを稼働させる合理的理由は存在しない。したがって筆者は、TSMCとソニーとの合弁による新工場には現実性がないと考えている。では、なぜ日刊工業新聞は確信に満ちた(ように見える)記事を報道したのだろうか。

経産省の「絵に描いた餅」

 経産省は6月4日に「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめたことを発表した。その半導体産業の戦略の第1番目に「先端半導体製造技術の共同開発と生産能力確保」がある。上記サイトには4つの添付ファイルがあるが、2つ目の「半導体・デジタル産業戦略について(要点)」には、以下の記載がある。

<3.半導体分野の目指すべき方向性

(1)国家として必要となる半導体生産・供給能力の確保

・先端ロジック半導体は、社会のあらゆる電子システムを制御し、データ駆動型経済を支える基盤デバイスであり、いわば「産業の脳」として重要であるが、我が国のミッシングピースの一つ。経済安全保障上の戦略的自律性の強化を図るため、海外ファウンドリーとの合弁工場の設立等を通じ、国内製造基盤を確保する。さらに次世代製造技術の国産化を進める>

 さらに、3つ目の添付ファイル「半導体・デジタル産業戦略(概要)」の6頁には、「海外の先端ファウンドリとの共同開発を推進する。さらに、先端ロジック半導体の量産化に向けたファウンドリの国内立地を図る」と書かれている(図3)。

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 加えて、4つ目の添付ファイル「半導体戦略(概略)」の38頁には、「我が国が失った先端半導体生産能力(40nm未満)について、海外ファウンドリの協力を得て、新たに工場を設立する」と書かれている(図4)。

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 以上からわかることは、経産省が海外ファンドリーを誘致して、日本国内に40nm以降のプロセスによる先端ロジック半導体工場を設立したいという構想を持っているということである。それがTSMCとソニーとの合弁による1兆円規模の新工場ということであり、どのような経緯かはわからないが、その内容を日刊工業新聞が記事に書いたということではないか。

 しかし、新工場に導入する製造装置の予算(最低5000億円)と数百人の技術者(オペレーションを含めると1000人規模)を確保できなければ、経産省の「絵に描いた餅」にすぎないと筆者は考える。

歴史的に経産省が出てきた時点でアウト

 筆者は6月1日、衆議院の「科学技術・イノベーション推進特別委員会」に、半導体の専門家として参考人招致され、「日本半導体産業の過去を振り返り、反省・分析し、未来の政策を考える」というテーマについて、15分の意見陳述を行った(その様子がYouTubeにアップされています)。

「過去を振り返る」ことだけを抽出すると、日本半導体産業の世界シェアは1980年中旬に約50%でピークアウトし、その後、坂を転がり落ちるように凋落した(図5)。その間、シェアの低下を止めようと、主として経産省が主導して国家プロジェクトやコンソーシアムを山のように立ち上げ、エルピーダメモリやルネサスエレクトロニクスなどの合弁会社を設立した。

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 しかし、やっても、やっても、シェアの低下を食い止めることはできず、2010年には20%となり、2020年には10%を切ってしまった。つまり、経産省が主導した半導体政策は、すべて失敗に終わったわけだ。この結果を基に、筆者は「歴史的に、経産省が出てきた時点でアウト」と断じた(詳細は拙著記事)。

 さて、今年2021年、経産省が主導してTSMCを日本国内に誘致しようとする動きが2つある。これまでの歴史通りならば、悲観的な結果に終わることになる。部外者の筆者としては、そうならないことを願うしかない。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

追記)TSMCは7月15日行った決算発表会で、日本の新工場建設について具体的な質問を受け、現時点でいかなることも排除しないと説明し、「当社は日本でウエハー工場に関するデューデリジェンスの過程にある」と述べたことが報道された(7月15日、Bloomberg)。この報道から、5月26日の日刊工業新聞の記事がまったく根も葉もないものではないことはわかった。しかし、それでも筆者は、TSMCがデューデリジェンスを進めた結果、「日本の新工場に関与しない」という結論を導くと考えている。その理由は、本文で述べた通り、日本の新工場に関係する合理的根拠が見当たらないからである。

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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