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なぜ今、ミシン製造のブラザー工業の業績拡大に期待向上?ミシン需要上昇の理由

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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ブラザー工業のHPより

 最近、ブラザー工業の業績拡大に期待が高まっている。その背景として、テレワークの拡大に伴う小型複合機やプリンター、およびインクカートリッジなど消耗品の需要が拡大していることがある。それに加えて注目したいのは、工業用ミシンなど産業用精密機械事業での収益増加だ。

 創業以来の事業運営を振り返ると、まず、ブラザー工業は工業用を中心にミシンの製造技術を磨き国内外の縫製需要を取り込んで成長した。そのうえで、同社は工業用ミシンの製造技術を小型の複合機など、消費者向け(B2C)の分野で発揮することによって成長している。

 長めの目線で考えると、ブラザー工業の法人向け(B2B)分野でのビジネスチャンスは増えるだろう。そのために同社に期待したいのが、民生用のプリンター事業で獲得する資金をより高付加価値の工業用ミシンなど産業用の精密機械の創出に再配分することだ。プリンターや工業用ミシンなどの分野でのブラザー工業の競争力をもってすれば、産業用機器分野でさらなる成長を実現することはできるだろう。

ミシンの製造技術を活かした収益の多角化

 ブラザー工業のコア・コンピタンス(強み)は工業用ミシンなどを生み出した工作技術にある。同社は、正確に布を縫い合わせる機械が欲しいという社会のニーズにこたえるために、歯切盤(はぎりばん)などの工作機械の製造技術を磨いてミシンという新しい需要を生み出した。さらに、ブラザー工業は世界経済の環境変化に合わせて、ミシンの生産を支えた技術をプリンターなど民生機器の生産に応用して事業を多角化し、B2CとB2Bの両分野で収益を獲得した。その結果として現在では小規模オフィスや家庭向けの小型プリンター(プリンティング&ソリューションズ)事業が同社の稼ぎ頭に成長している。

 創業来の事業運営を振り返ると、ブラザー工業にとっての工作技術の重要性が確認できる。1908年にブラザー工業はミシンの修理を開始し、1932年に家庭用のミシンが、1936年には工業用のミシンが発売された。特に、工業用ミシンの生産台数を増やすためにブラザー工業は鋳物や機械加工の分野に進出し工作機械の製造体制を強化した。それがブラザー工業のミシン事業の成長を支えた。

 第2次世界大戦後、同社は工作技術を活かして収益の多角化に取り組んだ。1950年代にはミシンのモーター技術を活かして電気洗濯機や扇風機など家電製品の生産が行われた。また、ブラザー工業はオートバイの生産にも進出した。さらに、1960年代以降のブラザー工業はタイプライター、プリンター、ファックスなどの分野にも進出し、ミシン製造を支えた工作技術を通信やプリンティングなどに応用することによって成長を遂げた。それに加えて、同社は自動車や二輪車の生産に用いられる工作機械などの分野でも収益を獲得している。

 収益源の多角化によってブラザー工業は事業体制の安定性を高めることができた。別の見方をすると、B2CであれB2Bであれ、自社の工作技術(モノづくりの力)を活かすチャンスがある分野に積極的に進出する経営風土が、ブラザー工業の特徴といえる。

世界の需要を獲得し始めた工業用ミシン

 現在、ブラザー工業にとっての稼ぎ頭は小型複合機などの民生機器だ。それに加えて、祖業である工業用ミシンの分野でもビジネスチャンスが拡大し始めている。B2Bから出発しB2Cで成長を遂げたブラザー工業が、再度B2B分野で強みを発揮しつつある。

 その背景には、新型コロナウイルスの感染発生による世界のサプライチェーンの寸断が大きく影響している。特に、2021年夏場に東南アジアにおいて感染が再拡大し、人々の恐怖心理が大きく高まった影響は大きい。その結果、大勢が一カ所に集まって働く工場での就業を避けようとする人が増えた。そのため、ベトナムなどで各国の企業が安定して生産活動を続けることが難しくなっている。

 各国の大手アパレルやシューズメーカーが生産の継続が難しくなった東南アジアからトルコやモロッコさらには自国に生産拠点を移し始めたのはそのためだ。そうしたサプライチェーンの再編が、ブラザー工業の工業用ミシン需要を押し上げている。同様の変化はアパレル以外の業種にも広がっており、現在ではブラザー工業の産業用精密機械(マシナリー)事業全体で収益は増加している。

 以上が示唆することは、現時点で、ブラザー工業が頑健かつ持続性の高い事業運営体制を整備、強化できていることだ。ブラザー工業のコア・コンピタンスである精密な工作技術は、依然として世界的な競争力を発揮している。また、ブラザー工業は新型コロナウイルスの感染症発生による世界のサプライチェーンの混乱にも対応し、自社の生産活動に必要な資材の調達管理を強化し、着実にビジネスチャンスを手に入れている。それは、同社が中長期的な成長を目指すために必要な要素の一部といえる。

 今後も、世界経済全体でサプライチェーンの混乱は続き、世界のアパレル業界をはじめ広範な業界で生産拠点の自国回帰や本拠地から近い国や地域への移管が増える可能性は高い。工業ミシンや切削機械などの精密な工作機械分野でブラザー工業のビジネスチャンスは拡大するだろう。

重要性高まるB2B分野での新しい製品創出

 ブラザー工業は工業用ミシンなどのB2B分野で新しいし製造技術(製品)を生み出し、競争力の向上を目指すべき局面を迎えている。そう考える理由は2つある。まず、B2C分野で小型プリンターなどの需要が右肩上がりで推移し続ける展開は想定しづらい。世界経済のデジタル化によって紙に文字や画像を印刷する必要性は低下するだろう。それに加えて、在宅需要の増加を背景とする小型複合機などの“特需”もいずれは落ち着く可能性がある。

 もう一つが、わが国の自動車産業の先行き懸念だ。ブラザー工業が精密な工作技術を磨き中国など海外の工業用ミシンや工作機械需要を取り込んだ背景の一つには、中京工業地帯における自動車生産の増加があった。しかし、今後は国内で自動車生産が増加し、それが精密な工作機械技術の向上を支えるという産業構造の維持は難しくなる可能性がある。なぜなら、日本経済の大黒柱である自動車産業は、すり合わせ技術向上が求められるハイブリッド車の製造技術を重視し、世界的なEVシフトに出遅れたからだ。

 激化する事業環境の変化に対応するために、ブラザー工業にとって工業用ミシンや精密な工作機械分野で競争力強化に取り組む意義は高まっている。IoT技術を用いたファクトリーオートメーションの加速によって、縫製工場の省人化や自動化が進む。世界的な工業ミシン分野におけるブラザー工業の競争力をもってすれば、そうした環境変化を収益獲得につなげることはできるだろう。

 少し長めの目線で考えると、B2Cのプリンティング事業で磨いた技術をB2B分野に応用する展開も想定される。例えば、プリンティングと工作機械の技術を結合し、3Dプリンターで実測にモックアップ部品をつくり、必要な修正を加えたうえでデータを計測する。そのデータを用いて自動的にEVなどの部品を製作したり、アパレル製品を製造したりする機械の創造が目指される可能性もある。中国経済の減速、あるいは失速懸念など先行きの不透明感が高まる状況下、ブラザー工業が小型複合機・プリンター事業で獲得した資金を、新しい製品の創出にダイナミックに再配分し、新しい稼ぎ頭事業の育成に取り組む展開を期待したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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