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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
TSMCのHPより
TSMCのHPより

半導体3大不思議の講演会にて

 筆者は2021年12月3日に寄稿した拙著記事『助成金5千億円、台湾TSMCの日本誘致は愚かだ…日本の半導体産業は再興しない』で、以下の世界半導体3大不思議を解明した。

1.   なぜ半導体が不足しているのか

2.   どの半導体が不足しているのか

3.   なぜ台湾TSMCが日本に工場をつくるのか

 この半導体3大不思議はすべて関連しており、その疑問を解くキーワードは「28nm」にある、という内容について1月中旬に講演を行ったところ、参加者から「日本政府はTSMC熊本工場だけでなく、DRAMを製造しているマイクロンジャパンの広島工場にも補助金を出すようだが、これについてどう思うか?」という質問を受けた。

 とっさに筆者は、「マイクロンの悪乗りだ」と回答した。しかし、よく考えてみるとこれは秀逸な質問であり、「TSMC熊本工場よりも、マイクロン広島工場に補助金を投入したほうが、日本には有効かもしれない」ということも付け加えた。

 半導体工場への補助金の対象としては、TSMC熊本工場、マイクロン広島工場のほかに、NANDを製造しているキオクシアの四日市工場も候補に挙がっている。しかし、この3工場を比較してみても、補助金の投入先としては、やはりマイクロン広島工場が1番いいように思う。

 ただし先に断っておくと、筆者は半導体工場に税金が原資に入っている補助金を投入することに賛同しているわけではない。したがって本稿で述べるのは、「どうしても補助金を投じるというのならどこが良いか?」ということである。そして、その良し悪しは、半導体工場に投入された補助金により、日本にどのような技術がもたらされるかということによって判断したいと思う。

 まずは、半導体3大不思議が28nmというキーワードでどのように解明できたかを復習する。その後、上記の判断基準により、TSMC熊本工場、マイクロン広島工場、キオクシア四日市工場のどこに補助金を投入するのが良いかを論じる。

半導体不足のスイートスポットは28nm

 2020年から世界中に拡大した新型コロナウイルス感染症によって、リモートワークやネットショッピングが急速に普及した。それによって各種の電子機器の需要が急拡大し、半導体不足が深刻化した。そして、その不足の中心点には、28nmの半導体がある。

 図1に示したように、28nmの半導体を使う電子機器は多岐にわたる。つまり、世界の半導体不足のスイートスポットは、28nmにあるということである。なお、TSMCなどのファウンドリーにとって22nmは28nmの改良品であり、基本的に28nmと同じである。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像1

 では、なぜ28nmがスイートスポットになるのか? その理由は3つある。

1)28nmはプレーナ型(平面型)のトランジスタを使う最後の世代である。その次の世代の16/14nmからトランジスタは3次元のFinFETとなる。その製造にはSelf-Aligned Double Patterning(SADP)と呼ばれる技術を駆使する。つまり、28nmと16/14nmの間には大きな壁がある。SADPによってFinFETを形成する16/14nmは、性能も上がるがコストも上がる。

2)米アップルのiPhone用や高性能コンピュータ用のプロセッサの場合、コストが上がっても性能が高いFinFETを採用する。しかし、多くの電子機器用の半導体には、FinFETほどの高性能は必要がない。それよりも低コストのプレーナ型の28nmを使いたい。つまり、多くの電子機器にとって、28nmはコストパフォーマンスが最適なのである。

3)例えば自動車用の半導体を製造しているドイツのインフィニオン、オランダのNXP、日本のルネサスエレクトロニクスなど、垂直統合型(Integrated Device Manufacturer、IDM)の半導体メーカーは、軒並み28nmからファウンドリーに生産委託している。

 このように、プレーナ型トランジスタの最後の世代の28nmはコストパフォーマンスが良く、加えてこの世代からファウンドリーに生産委託される傾向がある。そして、ファウンドリーの売上高シェアの過半を占めているのがTSMCである。

なぜTSMCが熊本に28nmの工場をつくるのか

 図2に、ファウンドリーの売上高シェアを示す。28nmを製造できるのは、TSMC(台湾)、サムスン電子(韓国)、UMC(台湾)、GlobalFoundries (GF、米国)、SMIC(中国)、HH Grace(中国)の6社である。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像2

 しかし、サムスン電子のファウンドリーは、基本的に自社のスマートフォンGalaxy用のプロセッサを製造しており、次々に最先端に移行するため、10年前に立ち上げた28nmは、現在は製造していないと予想している。すると、28nmを製造できるファウンドリーは5社に絞られるが、2021年に54%、2022年に57%のシェアを独占するTSMCに、世界中から28nmの生産委託が集中するのは自明の理であろう。

 しかし、TSMCは2020年から5nmの量産を開始し、今年は3nmの量産を立ち上げ、2024年から2nmを量産しなくてはならない。TSMCは、このような最先端の微細化の半導体を量産するために、昨年2021年に300億ドルを投資し、今年2022年にはなんと440億ドルを投資すると報道されている(図3)。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像3

 要するに、TSMCは最先端の微細化のR&Dと量産立ち上げに“てんてこ舞い”の状態であり、いくら世界中から生産委託が殺到しているといっても、10年以上前の技術の28nmの工場を新設する余裕はないと思われる。

 そのような時に、日本政府および経済産業省から、半導体工場の誘致の話が持ち上がったわけだ。TSMCの地域別売上高比率では、日本はたかだか4~5%しかビジネスがなく、日本に工場をつくる合理的な根拠は何もない(図4)。

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 しかし経産省は熊本に工場用地を準備してくれるし、工場投資の半分(4000~5000億円)を助成してくれるというし、ソニーなども協力してくれるという。その上、日本政府や経産省などから、「日本半導体の復興のために世界最先端の技術を持つTSMCが来てくれる」と感謝までされる。TSMCにとっては、もう願ったり叶ったりの美味しい話である。というわけで、TSMCは“渡りに船”とばかりに熊本に28nmの工場をつくることにした、と筆者は考えている。

補助金が投入される可能性がある3工場比較

 先端半導体工場の新増設を支援する改正法が2021年12月20日、参議院本会議で与党などの賛成多数で可決し、成立した。その改正法によれば、補助金は国立研究開発法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に設置する基金から複数年にまたがって拠出する。その基金は、2021年度補正予算でまず6170億円を計上した。

 そして、補助金を投入する対象として、第1に日本政府が誘致したTSMC熊本工場が挙げられている。加えてマイクロン広島工場とキオクシア四日市工場も候補に挙がっている。以下では、この3工場について比較し、補助金によってどのような効果が見込めるかを分析してみよう(図5)。

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TSMC熊本工場

 日本が誘致するTSMC熊本工場では、資本比率はTSMCが80%強、ソニーが20%未満とみられている。TSMCから技術移管されるのは、プレーナ型のトランジスタに最後の世代の22/28nmのロジック半導体である。このテクノロジー・ノードのロジック半導体を製造できる日本企業はない。したがって、日本にはない22/28nmのロジック半導体の技術を入手することはできる。

 しかし、その先のテクノロジー・ノードの16/14nmから使われるFinFETのトランジスタの技術は入手できない。そして、TSMCのこれまでの工場運営をみても、一度建設された量産工場のテクノロジー・ノードが変更されることはない。したがって、熊本工場で製造されるロジック半導体が、プレーナ型からFinFETへ変更されることはないだろう。つまり、日本が手に入れるのは、“どん詰まり”のプレーナ型のトランジスタ技術であるともいえる。

マイクロン広島工場

 旧エルピーダメモリのマイクロン広島工場は、米国籍のDRAM専業の半導体メーカーである。2021年第3四半期のDRAMの売上高シェアでは、サムスン電子(44%)、SKハイニックス(27.2%)、マイクロン(22.9%)となっている(図6)。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像6

 DRAMメーカー3強のなかでは最もシェアが低いが、技術ではマイクロンがサムスン電子やSKハイニックスを上回っている(図7)。DDRとはDouble Data Rateの略で、DDR4はDDR3の2倍の転送レート、DDR5はDDR4の2倍の転送レートとなる。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像7

 まず、DDR4についてみると、サムスン電子が1Z(15.6nm)の8ギガビットを量産中(MP)、SKハイニックスが1Z(15.6nm)の16ギガビットを量産中(MP)であるのに対して、マイクロンは1α(13.8nm)の8ギガビットを量産しており、計画通りなら2021年第4四半期に16ギガビットを量産を立ち上げている。つまり、DDR4ではマイクロンがサムスン電子やSKハイニックスの先を行っている。

 次に、DDR5ではサムスン電子とSKハイニックスが、いずれもPC向けの1Y(17nm)を2021年第4四半期に量産していることになっている。これに対してマイクロンは同時期に、1Y(17nm)をスキップして、1Z(15.6nm)を量産する計画になっている。したがって、DDR5でもマイクロンは、サムスン電子やSKハイニックスより先行している。

マイクロンの問題点はEUV

 このように、DDR4もDDR5も微細化ではマイクロンが先行しているが、サムスン電子やSKハイニックスに後れを取っている技術がある。それは、DRAMへの最先端露光装置EUVの適用である。サムスン電子とSKハイニックスは、今年2022年後半から量産を計画しているDDR5の1α(13.8nm)にEUVを適用する計画である。ところが、マイクロンは、1β(12.3nm)と1γ(11.2nm)もEUVを使わず、その先の1δ(10nm)からEUVを使うと聞いている。

 早期にDRAMの量産にEUVを使うことが良いことなのかどうかは、慎重にコスト計算をしてみないとわからない。しかし、EUVは取り扱いがとても難しい露光装置であるため、早め早めに準備をする必要がある。となると、マイクロンとしては、DRAMの量産にEUVを使うのは、ずっと先の世代だとしても、なるべく早くEUVを導入して技術を蓄積しておく必要があるだろう。

 もし、マイクロン広島工場に改正法による補助金が投入された場合、EUVの早期導入が実現するかもしれない。いくら米国籍とはいえ、日本国内でEUVを使う可能性がある半導体メーカーは、マイクロン広島工場以外はあり得ない。

 そして、マイクロンが本格的にEUVを使うことになれば、レジストメーカー、マスクメーカー、マスク検査メーカーなど、日本が競争力を持つ材料や装置メーカーに大きな波及効果が見込まれる。つまり、米国籍企業への補助金ではあっても、EUVの導入につながれば、技術的にも経済的にも、日本にとって有益であるといえよう。

キオクシアの四日市工場

 最後は、米ウェスタンデジタル (WD)と共同でNANDを製造しているキオクシアの四日市工場である。

 2021年第3四半期のNANDの売上高シェアをみると、1位サムスン電子(34%)、2位キオクシア(19.3%)、3位SKハイニックス(13.5%)、4位WD(13.2%)、5位マイクロン(10.4%)、6位インテル(5.9%)となっている(図8)。1位のサムスン電子と2位のキオクシアの差は縮まる気配がない。加えて、3位が定位置だったWDが、僅差ながらSKハイニックスに抜かれて4位に転落してしまった。

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 このように、キオクシアとWDの売上高シェアが低調なのは、株主構成が複雑怪奇な状態が続いていることにある(図9)。これらの株主の思惑が一致しないため、迅速で果断な設備投資ができず、シェアの低下をもたらしていると考えられる。

TSMC熊本工場よりマイクロン広島工場への補助金投入のほうが、よほど日本の国益の画像9

 この四日市工場に改正法による補助金を投入した場合、3次元NANDの投資の拡大は期待できる。しかし、新しい技術の導入という視点からいうと、何も期待できない。少しは売上高シェアが増えるかもしれない程度しか期待が持てない。

どうせ税金を使うならマイクロン広島工場に使え

 改正法による補助金を投入した場合、TSMC熊本工場、マイクロン広島工場、キオクシア四日市工場にどのような効果が見込めるか、特に技術的な視点から比較・分析を行った。その結果、技術的にも経済的にも波及効果が大きいのは、最先端露光装置EUVの早期導入が期待されるマイクロン広島工場であるとの結論に達した。

 ただし、繰り返して言うが、筆者は半導体工場に税金が原資に入っている補助金を投入することに賛同しているわけではない。どうしても補助金を使いたいのなら、せめて日本の技術を高める価値のある半導体工場にしてほしいと言っているのである。そして、比較論でいえば、TSMC熊本工場やキオクシア四日市工場よりも、マイクロン広島工場のほうが良いということである。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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