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ソフトバンクG、強烈な逆風、市場で信用リスク上昇か…アーム売却頓挫より深刻な要因

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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ソフトバンクグループのHPより

 2021年10~12月期の決算説明会で、ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は「嵐はまだ終わっていない。むしろ嵐は強まっているかもしれない」と述べた。これまで、SBGは企業家の資質を孫氏が見抜き、創業後間もない時期に投資することによって大きな利得を手に入れてきた。中国のアリババ・グループが代表例だ。

 しかし、ここへ来てSBGは投資環境の変化という逆風に直面し始めた。その一つとして、SBG傘下の英半導体設計会社アーム(Arm)を、米国のエヌビディアに売却することを断念した。その背景には、政策当局の独占禁止などのハードルをクリアすることができなかったことがある。それによって、SBGは将来の投資資金を確保する目算が狂ったといえる。米国の連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策を転換する影響も大きい。

 今後、米国を中心に金利は上昇する可能性が高い。それは、成長期待が高く事業運営に関するリスクも高いハイ・ベータ株に投資してきたSBGにかなりの打撃を与える恐れがある。金融政策の変更などによる投資環境の変化で、SBGはポートフォリオの中身の見直しが必要になるかもしれない。

SBGの状況に大きな変化

 現在、SBGの収益状況は厳しい。2021年7~9月期、同社は中国のIT先端銘柄の急落に直面し、純利益(決算データ上の表記は「親会社の所有者に帰属する純利益」)は赤字に陥った。その背景には、「共同富裕」などで民間企業への締め付けを強める中国共産党政権の政策があった。10~12月期の純利益は前年同期比で98%減少の約290億円だった。純利益は黒字に転じたが、「嵐は強まっているかもしれない」と発言したように孫氏は先行きを慎重に考えている。

 その一つの要因として、SBGは2016年に買収した英アームを売却できなくなった。SBGは320億ドル(約3兆6000億円)でアームを買収した。当初、SBGはアームの再上場を目指した。のちに、資金回収の方針は、画像処理半導体の設計と開発などを手掛ける米エヌビディアへの売却にシフトした。それによってSBGは400億ドルの資金回収を目指した。しかし、米英欧の政府や大手IT先端企業がエヌビディアによるアーム買収に強く反対した。その結果、エヌビディアは買収を断念せざるを得なくなった。SBGにとって1兆円ほどの機会損失が発生したことになる。また、孫氏はアーム売却の対価としてエヌビディアの株式を取得し、車載半導体やメタバース分野などの成長をより効率的に取り込むことも目指していたとみられる。

 孫氏は方針転換を表明した。2022年度中にSBGはナスダック市場など米国株式市場でアームの上場を再度目指す。売却に比べ、回収できる資金は少なくなる可能性が高い。しかし、キャッシュのインフローがなくなったわけではない。将来的にキャッシュを獲得する手段が確保されていることは、SBGにとっては相応の効果を持つだろう。

 アームはアップルのiPhoneなどのチップ開発に欠かせない企業だ。最先端から汎用型まで、幅広いチップ設計情報を持つ。それはアップルやグーグル、韓国のサムスン電子など世界の主要IT先端企業の事業運営に欠かせない。2021年以降はアームの売上高は増えている。エヌビディアによる買収の解消はSBGにとって想定外ではあるが、資金回収の手段がなくなったわけではない。できるだけ高い価格で再上場を実現するために、SBGはアームの企業価値向上に向けた取り組みを加速させるだろう。

米国の金融政策転換のインパクト

 SBGにとって、FRBが利上げとバランスシート縮小による流動性吸収を進めるインパクトも大きい。どちらかといえば、孫氏はアームの売却中止よりも、米金融政策の転換によって投資環境が大きく変化する展開を警戒しているとみられる。米国の金融政策の変更は、世界の金融環境を大きく変える。それはSBGの投資戦略に無視できない影響を与える。

 2020年3月以降、FRBは超低金利と潤沢な流動性の供給と維持を優先した。それによってFRBはコロナ禍での景気回復を下支えしようとした。主要投資家は、“カネ余り”が続くと先行きを楽観した。世界経済のデジタル化の加速を背景に、IT先端企業の成長期待は大きく高まった。スタートアップ企業の企業価値も高まり、世界全体でハイ・ベータ株(成長期待が高い分リスクも高い株)が上昇した。2021年11月に米ナスダック総合指数は史上最高値を更新した。それはSBGの純利益の黒字転換を支えた要素の一つだ。

 しかし、昨年11月下旬に、SBGを取り巻く投資環境は変化し始めた。FRBが物価上昇は一時的との認識が誤っていたと認めたのだ。1月の連邦公開市場委員会(FOMC)では、3月に利上げを開始する考えが明示された。利上げの開始後にバランスシートの縮小も始まる。株価上昇を支えた緩和的な金融政策は急速に変わろうとしている。その懸念から、米国のナスダック市場上場銘柄など成長期待の高い銘柄が売られ始めた。2月3日の米国のメタ(旧フェイスブック)株の急落はそのよい例だ。

 今後、SBGはより強い逆風に直面するだろう。1月の米国の消費者物価指数は前年同月比で7.5%、エネルギーと食品を除くコア指数は同6.0%上昇した。いずれも事前予想を上回った。3月に0.5ポイントの利上げが実施され、急速かつ相応の引き上げ幅で追加利上げが進む可能性は高まっている。それと同時に、流動性も吸収される。米国では経済の専門家からFRBは臨時の会合を開いて量的金融緩和(QE)をただちに終了すべきとの指摘が出始めた。それだけ物価上昇圧力は想定よりも強い。FRB以外の中央銀行も利上げに着手している。

ポートフォリオの中身の見直しが必要になる可能性

 世界的に金利は上昇するだろう。その展開が現実のものとなれば、期待先行で上昇した銘柄を中心に世界的に株価は下落する。事業規模が小さく成長期待の高い企業の事業運営体制は急速に不安定化する恐れが増す。また、株価の下落は各国の景気回復ペースを鈍化させ、企業の業績は悪化する。特別買収目的会社(SPAC)との合併を経由したスタートアップ企業の新規株式公開(IPO)も困難になるだろう。

 それは、SBG本体、傘下のビジョンファンドなどの利得獲得にマイナスだ。金利上昇によってSBGの資金調達コストも増加するだろう。同社は約14兆円の有利子負債を抱える。一部の借り入れは保有株が担保になっている。株価の下落が鮮明化すれば、SBGの信用リスクは追加的に上昇するだろう。

 米国の金融政策以外のリスク要因も多い。中国の先行きはSBGの事業運営にかなりの影響を与える。中国のIT大手アリババ・グループの成長はSBGの投資事業を支える柱に位置づけられる。習政権は民間企業の創業経営者への締め付けを強めている。それは、アリババなどのIT先端企業の事業運営体制を不安定化させるだろう。

 また、中国では不動産市況の悪化と、ゼロコロナ対策によって景気の減速が鮮明だ。中国の不動産バブルは崩壊のさなかにある。当面、一段の景気減速は避けられないだろう。SBGが投資してきた中国スタートアップ企業の成長は鈍化する可能性が高い。さらにウクライナ問題などの懸念からエネルギー資源価格が上昇すれば、世界の金融市場と経済にはかなりの打撃があるだろう。感染再拡大の収束が見通しづらいこともSBGのリスク要因だ。

 今後、投資環境が急激に変化し、SBGがポートフォリオの中身の見直しを余儀なくされる可能性は排除できない。それが避けられたとしても、SBGにはかなりの取り組みが必要になるだろう。例えば、株価下落リスクの影響を抑えるために、新規投資の金額を小さくする必要性は高まる。SBGが投資先企業の成長を加速させることができるか否かも問われる。先行きの不透明感が高まる中でどのように投資事業による成長を目指すか、SBGの実力が試される。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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