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ルネサス在庫逼迫、自動車メーカーから発注集中…総額1.6兆円の買収のリスク

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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ルネサスエレクトロニクスのHPより

 半導体大手ルネサスエレクトロニクス(ルネサス)の業績が拡大している。その背景の一つとして、海外半導体メーカーの買収によって売上高の規模が大きくなったことがある。買収の後、世界経済のデジタル化が加速した。その結果、自動車向け(車載用半導体事業)と、産業用・インフラ・IoT向け(産業用半導体事業)の両セグメントで同社の収益は増加している。現在の業績および国内外の自動車の生産状況を見ると、どちらかといえば同社の強み=コア・コンピタンスは車載用の半導体事業にあると考えられる。

 ただし、ルネサスの業績が拡大基調を維持するか否かは見通しづらい。ルネサスを取り巻く不確定要素は増えている。米国では緩和的な金融政策が転換されようとしている。ロシアによるウクライナへの侵攻によって世界経済と金融市場の不安定感は追加的に高まっている。今後の展開によっては、ルネサスが過去の買収に起因する減損の発生に直面する可能性も否定できない。同社は経営資源の選択と集中を進め、優位性を発揮できる半導体の生産能力の強化に集中して取り組むべき局面を迎えつつある。その一つとして、車載用の半導体は重要な選択肢となるだろう。

世界経済のデジタル化を見据えた買収戦略

 2017年以降、ルネサスは拡大路線を推進し、海外半導体メーカーの買収を重ねた。投じられた資金は約1.6兆円に上る。2017年に米インターシルを約3,200億円、2019年には米インテグレーテッド・デバイス・テクノロジー(IDT)を約7,300億円で買収した。その間、世界の半導体市況は一時軟化し、ルネサスの業績は悪化した。その責任をとって経営トップが交代した。それでもルネサスは拡大路線を進めた。2021年には英国の半導体メーカーであるダイアログ・セミコンダクターを買収した。その金額は約6,200億円だった。2021年12月期の時点でのれんの合計額は1兆2,346億円に達している。

 買収によってルネサスは、車載用以外の半導体生産能力を高め、世界経済のデジタル化への対応力を強化しようとした。それは、買収した企業の事業内容から確認できる。インターシルは自動車に加え産業用の機械やスマートフォンなどに幅広く使われる電圧コントロール用のアナログ半導体などを生産してきた。IDTはワイヤレス充電に関する半導体技術に加え、通信やコンピュータ向けの半導体も生産する。また、ダイアログはスマホの電源管理などに用いられる半導体の生産を得意としてきた。工場の自動化(ファクトリー・オートメーション)やスマートスピーカーなどIoTデバイスの家庭への普及、世界的なスマホ需要の拡大、自動車の電気自動車(EV)シフト、脱炭素を背景とするパワーマネジメント需要など、ルネサスは全方位の体制で汎用型の半導体需要を取り込もうとしている。

 2020年の春先以降は、コロナ禍の発生によって世界経済のデジタル化が加速し、データセンタ向けなどの半導体売上高が増えた。一連の買収は非車載用の半導体需要の取り込みを勢いづける要因になった。その結果としてルネサスの業績は拡大した。2021年10〜12月期の売上収益(3,144億円、IFRSベース)のうち約57%が産業用半導体事業から得られた。また、2021年12月期の通期の純利益は約1,273億円と前年の2.8倍に増加した。

強みを発揮する車載用半導体事業

 2021年3月、ルネサスは想定外のかたちで自社のコア・コンピタンスが何かを直視することになった。それが、茨城県ひたちなか市の那珂工場の火災発生だ。火災によってクリーンルームの天井は焼け落ち、自動車用のマイコンなどの生産が停止した。火災が発生した直後、半導体生産の専門家の多くが生産の復旧には少なくとも数カ月の時間がかかるだろうと予想した。

 しかし、ルネサスは国内大手自動車メーカーや電機、機械メーカーなど多くの企業からの人員派遣や製造装置の優先的な納入などの支援を取り付けることによって、早期に生産の復旧を実現したのである。それが可能だったのは、マイコンをはじめとするルネサスの車載用半導体生産力が、日本経済の大黒柱である自動車産業に不可欠だったからだ。

 さらに、昨年夏場のデルタ株による感染再拡大が、ルネサスにとっての車載用半導体事業の重要性を一段と高めた。感染再拡大によって、東南アジア各国の動線が寸断された。車載用半導体の大手メーカーである独インフィニオン、蘭NXPセミコンダクターズ、スイスのSTマイクロエレクトロニクスなどが生産拠点を置くマレーシアなどで生産活動は停滞し、日本の自動車メーカーは部品不足に陥った。その結果、国内の完成車生産が減少した。その後も、オミクロン株による感染再拡大によって、国内の自動車生産は不安定に推移している。

 その状況下、ルネサスの車載用半導体の在庫は、目標とする水準を大きく下回っている。産業用半導体の在庫も目標水準を下回っているが、需給逼迫の度合いは車載用のほうが強いようだ。決算説明資料に掲載されている2022年12月期通期の需要見通しに関しても、車載用のほうが強い。世界の半導体市況の中でも、車載用の半導体不足はかなり深刻とみらる。多くの自動車メーカーがルネサスからの半導体調達を急いでおり、受注も積み上がっている。買収による売上高の拡大に加えて、ルネサスが車載用半導体の製造技術に磨きをかけたことが、2021年12月期までの業績拡大を支えた。

重要性高まる経営資源の選択と集中

 ただし、今後の展開は楽観できない。2022年に入り、ルネサスを取り巻くリスク要因が増えている。感染再拡大によって世界のサプライチェーンは寸断された。脱炭素の影響も重なり、エネルギー資源や半導体の部材などの価格は高騰している。それはルネサスにとってコスト増加の要因だ。また、半導体メーカーの業績は世界経済の環境変化に大きく影響される。物価上昇によって3月以降に米連邦準備制度理事会(FRB)は金融政策を転換するだろう。利上げと流動性吸収への警戒感から米国を中心に世界の金利は上昇し始め、IT先端銘柄を中心に世界的に株価が下落した。

 それに加えて、ロシアによるウクライナ侵攻によって世界情勢は大きく変わり始めている。投資家のリスク回避姿勢が強まり、世界の株価がさらに調整して景気が減速する可能性は一段と高まっている。主要国の景気が減速すれば、企業の設備投資は減少する。それはルネサスの業績悪化の要因となり、同社はのれんの減損処理を強いられる恐れがある。

 世界の半導体産業の競争も激化している。米インテルは車載半導体の生産能力強化に取り組み始めた。そのために、インテルはイスラエルのタワーセミコンダクターを買収する。韓国のサムスン電子もEVシフトへの対応などを念頭に車載用半導体の生産能力を強化している。国内外で車載用半導体の生産に進出する自動車、自動車部品メーカーなども増えている。それだけ自動車の成長期待は高い。自動車関連の半導体需要の争奪戦は熾烈化するだろう。そのなかでルネサスの経営体力が低下すれば、同社の競争力は大きく後退するだろう。それは、日本経済にマイナスの影響を与える。

 同社の経営陣に求められることは、財務と生産面のリスク管理を徹底しつつ、強みを持つ分野への選択と集中を進めることだ。車載用の半導体はその重要な選択肢になるだろう。買収した企業の事業体制を見直し、収益性が低下した資産の売却が実施される展開も考えられる。それによって強みを発揮できる分野に経営資源を集中させることが、ルネサスの持続的な成長を支えるだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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