現在、世界の半導体需給が逼迫している。それは、日本のIT関連企業にとっても重要なビジネスチャンスだ。マイクロコンピュータ(マイコン)の分野で世界トップ企業であるルネサスエレクトロニクス(ルネサス)にとっても、逃してはならないチャンスである。今、同社に最も求められるポイントは、より効率的な生産体制の実現と新しい発想の実現に取り組むことだ。
新しい発想の実現に欠かせないのは、経営陣が今後の世界経済の変化をダイナミックに将来の展開を思い描き、それを事業戦略に落とし込むことだ。それは、社内外に成長のストーリーを提示することともいえる。今、自社に求められていることを基礎に、中長期的に自社に何が必要かを社員に明示することは、個々人の集中力を引き出し、組織の一体感醸成につながる。それが、人々の学ぼうとする意欲を支え、さらなる発想の創出を支える。
突き詰めていえば、発想が企業の成長を支える。現在、IT先端企業が電気自動車(EV)開発に参入し、日本経済を支えてきた自動車産業を取り囲む変化のスピードは一段と加速している。それは、新しい発想の実現を目指す企業の増加を意味する。ルネサスをはじめ日本企業がかつて経験したことのないスピードと規模感で変化が進む環境に対応するには、自ら世界が「あっ!」と驚く機能を実現するモノを生み出さなければならない。
効率的な生産体制確立の重要性
世界的に自動車関連をはじめ半導体の需給は逼迫し、一部の自動車メーカーでは半導体の調達が計画通りに進まず、減産を余儀なくされている。それによって、ルネサスは自社が強みを持つマイコンなどの需要を確認した。社会から必要とされるものを供給するためには、生産能力が必要だ。今回の需給逼迫によって、より効率的な半導体の生産ラインの確立を目指すことがルネサスにとって重要であることがはっきりしたといえる。短期的な事業運営を考えた時、経営陣に求められることは、収益性などに関する明確な数値目標を提示し、組織を構成する個々人の能動的な取り組みを引き出すことだ。
それは、コストカットを進める発想とは異なる。近年、ルネサスは固定費の削減などを重視して、生産の外部委託を進めた。2019年3月、ルネサスが主要工場の停止を発表したのは、その考えの表れだ。なぜなら、半導体の生産ラインの確立と維持にかかる負担は軽視できないからだ。特に、微細化への取り組みは多くの負担を伴う。米AMDなどはファブレス化を重視して、インテルよりも早く回路線幅5ナノメートルの最先端のチップを市場に投入した。世界の半導体業界では、需要の落ち込みなどのリスクへの対応力を高めたり、設備投資への負担を軽減したりするために、設計・開発と生産の分離が進んだ。
しかし、生産を自前で行うことができないと、需要の急速な高まりに対応することは難しくなる。それは半導体業界におけるファブレス化のリスクだ。現に、現在の世界経済では自動車関連の半導体の供給が需要に追い付いていない。重要なことは、ルネサスが台湾積体電路製造(TSMC)などファウンドリーへの生産委託を増やしつつも、自社の生産ラインを手放さなかったことだ。
今後、同社はより効率的な生産ラインの運営を目指さなければならない。別の観点から考えれば、重要なのはバランスだ。ルネサスはファウンドリーへの生産委託と自社生産の、より良いバランスを目指す必要がある。
変革期を迎える世界の自動車業界
やや長めの目線で考えた場合、自動車関連の半導体需要は高まるだろう。需要が確認されたことに加えて、さらなる変化が予想される状況は、ルネサスにとって重要だ。
主要国では、自動車の可能性を探り、将来の成長につなげようとする企業の取り組みが出始めている。代表例として、米アップルや中国の百度(バイドゥ)がEVの開発に着手し始めている。すでに、中国などでEVが普及していることを考えると、IT先端企業による自動車分野への進出には、さらなる成長の機会を手にするために、現時点では明確になっていない社会変革の方向性を探ろうとする考えがあるだろう。かねてから宇宙旅行への計画を持ってきたアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が同社CEOを退任することも興味深い。いずれにせよ、世界の自動車業界を取り巻く環境は大きく変化している。
その背景には、コロナショックによって世界の常識が大きく変わり、変化が前倒しで進み始めたことがある。世界的な自動車のペントアップディマンドが急速に発現したことは、自動車の可能性を確認する良い機会になった。より有意義に車内での時間を過ごすために、自動運転などに関する取り組みはこれまで以上のスピードで進む。さらには、自動車が生活や都市空間の一部として組み込まれることも考えられる。突き詰めていえば、これまでには誰も考えなかった自動車の機能(社会的役割)をどう実現し、それによって人々の生活、さらには生き方をより良いものにするかが求められている。
そうした展開を考えると、世界的な半導体の需給ひっ迫によって、自動車のサプライチェーンにおけるルネサスの重要性が確認されたことは大きい。環境の変化に応じて生産体制を調整する力を世界に示すことによって、ルネサスは各国自動車メーカーからの信頼を得ることができるはずだ。それは当面の収益獲得に欠かせない。それに加えて、同社は半導体の設計・開発にも注力しなければならない。そのために重要なことは、より多くの新しい発想を組織に取り込んで、新しい機能の実現を支えるチップの開発を目指すことだ。
修正資本主義とルネサス
米中対立に加えてコロナショックが発生した結果、自由資本主義を重視してきた米国などで、市場での競争に、必要に応じて政府が介入するという「修正資本主義」の発想が重視され始めた。米国は中国の通信機器大手企業である華為技術(ファーウェイ)やファウンドリー大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)に制裁を科した。その一方で、米国政府は自国の半導体産業などへの補助金政策を重視している。
政府が主要産業の競争力を支えるという点に関して、ある意味ではルネサスは先行企業といえる。なぜなら、同社の最大株主は政府系ファンドであるINCJ(旧産業革新機構)だからだ。過去の業績などを振り返ると、ルネサスは政府の意向に加え、NEC、三菱電機および日立製作所の出身者間の利害をうまく調整することが難しかった。
今回の需給ひっ迫によって同社は、需要されるモノを生産することが何よりも重要であることに気付いたはずだ。現在の環境はルネサスが需要されるものを生産するという価値を共有し、組織を一つにまとめるチャンスだ。また、安定した資本の基盤は効率的な量産体制の確立や、中長期的な社会の変化に対応した半導体を創出することに資するだろう。口で言うほど容易なことではないが、ルネサスはそうした取り組みを進めなければならない。反対に、需要が明確に見えている間に組織をまとめ、新しい発想の実現に向けて社員が一丸となって取り組む体制を確立できなければ、需給ひっ迫感の解消、あるいはその緩みによって、同社の収益と事業運営体制が不安定化する可能性は否定できない。
そのためには、組織に属する個々人が車載、産業向けの半導体にどのような機能が求められていくか、将来の展開を思い描き、「こうなったらいい」という思いの実現に取り組むことが必要だ。それは、買収などによって得られるものとは異なり、企業内部のオーガニックな取り組みによるとことが大きい。組織全体でさまざまな価値観や発想を共有し、その実現を目指すために、同社経営陣がどのような取り組みを進めるか注目したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)