総務省と駐日フィンランド大使館・ビジネスフィンランドは11日、東京大学安田講堂(東京都文京区)で講演会「デジタル化の社会的影響 5G/6Gのその先の社会に向けて」を開いた。講演会では初来日したフィンランドのサンナ・マリン首相が基調講演で登壇し、ロシア軍によるウクライナ侵攻以降、一層重要視されているデジタル技術のあり方について言及。2030年の商用利用を目指し両国で研究が進んでいる次世代移動通信システム「Beyond 5G」(B5G)「6G」の開発・研究に関し、日本との連携強化に強い意欲を示した。
マリン首相「初来日の理由は両国の技術を一致させること」
フィンランドは1917年、ロシア帝国の圧政から独立を勝ち取った。旧ソ連赤軍との二度にわたる戦争(冬戦争、継続戦争)や、フィンランドに駐留していたナチス・ドイツとの戦争(ラップランド戦争)で、自国の存続をかけて戦った歴史的経緯がある。日本との国交は1919年に結ばれ、2019年に国交100周年を迎えている。東西冷戦を経た現在、約1300キロの国境をロシアと接する同国内ではウクライナ紛争の勃発に伴い危機感が高まっている。マリン首相はNATO(北大西洋条約機構)加盟に向けた議論が進んでいる同国の現状などを盛り込み、基調講演で以下のように述べた。
「フィンランドと日本は2つの高度に発展した国です。今日、私たちは世界で最も近代的な社会の1つであり、多くの分野で他の人々の模範となっています。
私たちには回復力があり、急速な変化の中でも成功することができます。私たちの社会は試されています。私たちの過去は簡単なものではありませんでした。私たちは今、まったく新しい速度と規模の変化に直面しています。それはデジタルの変化です。
日本とフィンランドはどちらも世界クラスのデジタルスキルを持っています。世界が真にデジタル化する中の資産です。(中略)しかし今、私たちの安全保障環境も変わりました。ロシアによるウクライナでの戦争によって、世界はこの数年間で全く違ってみえることになります。
世界はロシアの侵略を可能な限り強力な言葉で非難すべきです。欧州連合の一部として、フィンランドはロシアに対する制裁について日本と緊密に協力してきました。戦争を止めるためにもっと行動する必要があります。
フィンランドでは、ロシアによる侵略に対する結論を近々出すことになります。ご存知の通り、フィンランドはNATOに加盟申請するかどうかを決めようとしています。
デジタルの変化は、私たちの社会が現在より風雨にさらされることを意味します。ロシアやその他の国々は、すべての手段を自由に使用することにより、勢力圏を拡大しようとします。残念ながら、新しいテクノロジーは独裁者、権威主義体制、犯罪者の利益にも役立ちます。私たちのレジリエンスは、将来的に試されます。
(日本、フィンランド両国は)信頼できるパートナーに近づく必要があります。私たちは日本に深い信頼を寄せています。データビジネス、人工知能、プラットフォーム経済はメガトレンドです。日本とフィンランドは、これらのトレンドをグローバルに推進することができます。これを実現するには、スキルと知識を相互に一致させる必要があります。これが初めての来日の重要な理由です」
加えて、マリン首相は「デジタルサービスへの信頼性」「ジェンダーを含めたデジタルデバイドからの平等」「デジタル化によるグリーン経済の推進」「技術より人間中心のアプローチの必要性」「信頼できるパートナーの重要性」の5つを挙げ、次のように訴えた。
「日本はフィンランドと同じ価値観を共有しています。安全で倫理的な方法でデータと新しいテクノロジーを使用する必要があります。他に選択肢はありません。デジタルの変化は、私たちの共通の価値観を促進するのに役立つ必要があり、その逆ではありません。
グローバルな基準や規制を策定する際には、志を同じくする国々間の協力が不可欠です。 この協力は、例を挙げると5Gおよび6Gの開発において非常に重要になります」
そのうえで政府や研究機関、企業などでつくる「フィンランド6Gフラグシップ」を紹介。日本との情報通信技術分野での協力の強化に意欲を示した。
2025年の大阪万博で両国の成果展示構想も
講演会では、日本の「Beyond 5G推進コンソーシアム」会長・国立研究開発法人理化学研究所理事長の五神真氏、欧州通信大手ノキア(フィンランド)社長のペッカ・ルンドマルク氏、NTTドコモ副社長の丸山誠治氏、東大次世代サイバーインフラ連携研究機構・機構長の中尾彰宏氏、国立研究開発法人情報通信研究機構理事長の徳田英幸氏、「フィンランド6Gフラッグシップ」ディレクターのマッティ・ラドヴァ・アホ氏、フィンランドアカデミープレジデントのパウラ・エーロラ氏が、「B5G」「6G」分野での今後の両国の連携のあり方についてパネルディスカッションで議論を深めた。
B5Gや6Gは「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」といった5Gの特徴的機能のさらなる高度化に加え、「超低消費電力」「超安全・信頼性」「自律性」「拡張性」といった持続可能で新たな価値の創造に資する機能をもった5Gの次の世代の移動通信システム。
ルンドマルク氏は2030年の6G商用利用化に向け、ノキアがすでに40億ユーロを拠出していることを挙げ、「今後、さらに広げていく」と述べた。日本と連携できる分野に関しては「気候変動、教育、医療、脱炭素社会、材料関連などたくさんある」と語り、「マシンラーニングやクラウドテクノロジー、プライベートネットワークの組み合わせは第四次産業革命になる」と強調した。また日本との具体的な連携例として、「ノキア5G」を東京で開設する方針などを示した。
ディスカッションでは、米スペースX社がウクライナ国民に配布した人工衛星利用インターネットサービス「スターリンク」が、激しい砲爆撃により既存の通信設備が損壊する中、社会の情報伝達を維持することに一役買ったことも話題に上がった。またロシア軍の侵攻以降、世界各地でIoT機器を使ったDDoS攻撃が頻繁に行われている現状などを踏まえ、B5G、6Gの安全性強化に向けて相互に協力していくことなども論点となった。
両国研究機関のバーチャル研究ラボの創設や、テストベッドやユースケースの相互共有などが提案されたほか、2025年の大阪・関西万博に5G・6Gをテーマとした両国の成果展示構想も浮上した。
マリン首相退席後、会場に到着した金子恭之総務相は「日本のBeyond5G推進コンソーシアムは昨年、6Gフラッグシップと初の協力覚書を締結した。我が国とフィンランドは世界に先がけて、官民総合で強力なタッグを組んで、B5Gと6Gの実現に向けて取り組んでいく。フィンランドをはじめとする多くの有志国と連携していく必要がある。日・EU間でも新たな連携を進めていくことでも一致した。引き続き、政府一丸となってB5G、6Gの実現に向けて取り組んでいく」と述べた。
(文=Business Journal編集部)