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ドライブ中に聴くと危険な曲、意外にもクラシックが1位!

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
ドライブ中に聴くと危険な曲
ドライブに音楽はつきものだが、なかには危険な曲も(「Getty Images」より)

 少し古い話になりますが2004年、イギリス自動車関連機関・王立自動車クラブ(RAC)により、ドライブ中に聴くのに“危険な曲トップ5”と“安全な曲トップ5”が発表されました。

 危険な曲はロック音楽で、安全な曲はクラシック音楽であるに違いないと思われたと思いますが、なんとドライブ中に危険な第1位は、クラシック音楽なのです。

 見事に危険な曲第1位に輝いたのは、ドイツ歌劇の巨匠作曲家で19世紀に活躍したリヒャルト・ワーグナーの、演奏に4時間近くかかる超大作『ワルキューレ』の一曲、『ワルキューレの騎行』です。

 この曲は、映画『地獄の黙示録』(boidほか)のなかの軍用ヘリコプターからの攻撃場面で使われ、クラシックファンでない方々にも有名になったように、気持ちが交戦ムードになってくるような曲です。実は、僕も高速道路を走行中に、この曲を聴きながら知らず知らずのうちにアクセルを踏み込んでしまい、メーターを見て驚いてブレーキをかけたことがあります。今から考えても危ない瞬間でした。

 これには、科学的理由もあります。RACの顧問心理学者コンラッド・キング氏によれば、「一般的に、1分間に60ビートを超える曲を聴くと、心拍数と血圧が上がる。クラシック音楽は速いテンポではないが、音数の多さと、クレッシェンド・デクレシェンドの反復により、同様の効果がもたらされる」そうです。

 第2位は英ロックバンドのプロディジー『ファイアースターター』、第3位は英ダンスユニットのベースメント・ジャックス『レッド・アラート』とポップ音楽が続きますが、そんななかで『ワルキューレの騎行』は大オーケストラが一斉に激しく演奏し、金管楽器が咆哮することにより、危険度はぶっちぎりで1位だと思います。とはいえ、もちろんオペラ劇場やコンサートホールで聴いていただく分には、まったく問題なく、名曲中の名曲ですのでご安心ください。

 そのあと、第4位には英エレクトロバンドのフェイスレス『不眠症』が続きますが、共通して言えるのは、常に高い音を連続して使っていることと、速いテンポと強いリズム感。これは『ワルキューレの騎行』も同様ですが、脳に直接ぶつかってくるような、不快感と快感の、ちょうど狭間のような音楽です。そんな音楽がドライバーの脳を軽いトランス状態に陥らせ、高揚感からドライブ中に注意すべきことを忘れさせてしまうことがあるのかもしれません。

事故を誘発しかねないクラシック曲

 そして第5位には、これまでとは違う危険性を持った曲が入ってきます。それは、またもやクラシック音楽で、イタリアを代表する作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディの『レクイエム』。死者の魂の安息を祈る曲です。

 ここで説明が必要になりますが、死者の安息を祈る曲といえば、日本のお葬式のイメージでは、静かで厳粛なものを想像しますが、このヴェルディのレクイエムは、そのイメージとはまったく違います。特に2曲目の『最後の日』などは、大規模なオーケストラと合唱団が、限界を超えるような大きなサウンドで鳴り響きます。

 しかも、約90分もかかるこの壮大な曲の1曲目は、「主よ、あわれみたまえ」と静かに終わるのに対して、次の2曲目は、いきなり大太鼓がホールを揺るがせるような大音量で始まります。カーステレオで聴いているドライバーは、びっくりしてアクセルを踏み込んでしまうかもしれません。

 クラシック音楽はダイナミックレンジが大きく、小さな音の部分ではボリュームを上げておかないと聞こえないこともあります。音が小さな1曲目の最後に思わずボリュームを上げた状態で2曲目が始まると、大音量の大太鼓に驚くこととなり、間違えてアクセルを踏まなかったとしても、左手で音量を下げようと片手運転すること間違いなし。しかも慌てているので、危険極まりない瞬間になります。

 大太鼓の話題が出ましたが、クラシック・オーケストラが使う大太鼓は、日本の盆踊りで使う和太鼓などよりも遙かに大きく、直径60cmから100cmくらいまであり、一人では到底運べないので、移動用の車輪がついているものがほとんどです。そんな楽器を思い切って叩くと巨大な音が出るので、舞台の都合により大太鼓の前に座ることになった楽員にとっては受難でしかありません。特に、今まで演奏した経験がない曲での初リハーサルの時には、不意に背後から「ドーン」とやられて心臓が止まりそうになると聞いたことがあります。

 指揮者は、すべての楽器の音符が書かれたスコアを持っているので、大太鼓がいつ叩くのかをわかっていますが、奏者は自分の楽器の楽譜しか目の前にはないので、演奏会までに楽譜に大太鼓が叩く場所を印しておき、心づもりをしておくのだと以前、ある楽員が教えてくれました。

 時にはたまりかねて、打楽器奏者に「少し静かに叩いてくれないか」と頼むことも多いようですが、そんな会話をまったく知らない指揮者が「もっと大きく叩いてください」などと指示を出すわけですから、実は大混乱になっていることもあるのでしょう。

トランペット奏者とヴァイオリン奏者は敵同士?

 もう一つ似た例として、トランペットがあります。大概の場合、トランペットはオーケストラの背後の一番真ん中に陣取って演奏します。そんな場所から最大限の音量で吹かれたら、前にいる木管奏者は自分の音を聞くことすら難しくなることもあるそうですし、最近では、健康上の理由で耳を保護するための耳栓をしている木管奏者も多いので、それを見ているトランペット奏者は複雑な思いになると想像します。

 以前、海外のオーケストラのトランペット奏者の友人から聞いた話では、ヴァイオリンのように観客に対いて横向きで配置されている弦楽器奏者は、少し首を回せばトランペットを見ることができるために、睨んでくることもあるそうです。もちろん、弦楽器奏者にも睨む理由があります。座る場所によっては、片耳はトランペットに完全に向いてしまっているので、実際に痛いほどトランペットの音が耳をつんざくそうで、睨みもきつくなります。

 しかし、睨まれるほうのトランペット奏者としては、指揮者は大きな音を要求してくるし、睨まれるたびに取り合ってもいられないので、「弦楽器奏者は敵ですよ」と、冗談だか本気だかわからない顔をして、その友人は僕に話してくれました。

 そんな無言の攻防を知らずに、大太鼓やトランペットの大音量を聞きながら気持ち良く指揮をしている僕ですが、ドイツでオーケストラをリハーサルしていた際に、奏者の一人がやってきて、「金管楽器がうるさいので、あまりうるさくないようにしてほしい」と、注文されたことがあります。しかし、指揮者としては、金管楽器をあおらないように指揮をするくらいしかできませんし、作曲家の意図を考えると、しっかりとした音量で演奏してもらわなくてはならない場所もあるので、困ってしまった次第です。

 最後に、“ドライブ中に聴くのに安全な曲”第1位に選ばれたのは、米シンガーソングライターのゲイリー・ジュールス『Mad World』です。聴いてみると、確かに心が落ち着いてくるようです。ただ、残念なことに、2002年にはクラシックからバッハの『チェロ組曲第1番』が選ばれていたのですが、2004年には安全な曲トップ5からクラシック音楽は1曲もなくなってしまいました。

(文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)

(付記)2019年のRAC発表は以下のとおりで、“危険な曲”からクラシック音楽はランキング外となりました。

1.American Idiot – Green Day
2.Party in the USA – Miley Cyrus
3.Mr Brightside – The Killers
4.Don’t Let Me Down – The Chainsmokers
5.Born to run – Bruce Springsteen

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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