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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

モーツァルトのオペラ、なぜストーリーはハレンチ?“神の子”と称される真の理由

文=篠崎靖男/指揮者
モーツァルトのオペラ、なぜストーリーはハレンチ?
『ドン・ジョヴァンニ』を演奏するモーツァルト(「Getty Images」より)

モーツァルトオペラは、音楽だけを聴いていると素晴らしいけれど、ストーリーがどうもなあ……」

 オペラ好きの方のなかには、このように言う方もいらっしゃるかと思いますが、実を申しますと僕もその一人かもしれません。

 モーツァルトが完成させたオペラは、なんと11歳で作曲した『アポロとヒュアキントゥス』(ヒヤシンスの花の由来ともなったギリシャ神話を題材としたオペラ)から数えて、11作品あります。特に“モーツァルト6大オペラ”といわれる後半の作品に至っては、200年以上にもわたり音楽ファンを魅了し続けてきましたし、僕も大好きです。指揮を頼まれたら、いつでもどこでも飛んでいって引き受けたいオペラです。

 しかし、音楽は素晴らしいもののオペラのストーリーは、現在の倫理観から鑑みると首を傾げたくなるものばかりです。しかも、モーツァルトはそんな台本に強制的に曲を付けさせられているわけではなく、むしろ大喜びで作曲しているのです。

 僕が一番ひどいと思うオペラは、『コジ・ファン・トゥッテ』です。このイタリア語の題名を日本語に訳すと、「女はみんなこんなもの」。タイトルからわかるように、女性蔑視の面からも容認しにくい内容です。

 ある日、婚約者がいて幸せの絶頂にある2人の若い男性が、友人から挑発されるのが話の始まりです。相手の女性の愛を信じて疑わない若者たちは、しばらく国を離れます。実はこれは女性たちについた嘘で、この2人は異国人に変装して、お互いの相手の女性を口説き落としてしまうのです。

 片や、すべてがわかって後悔する女性たち。片や、まさか自分の愛する女性がいとも簡単に操を破ったことにショックを受ける男性たち。最低でも婚約破棄になるのが当然ですし、だまされたことを知った女性も、ほかの女性と浮気した婚約者に怒り狂うところですが、女性だけが男性に謝って、あっという間にハッピーエンドで終わります。

 正直、モラルもへったくれもありませんし、「女はみんなこんなもの」と片付けられるのは、女性を馬鹿にしています。このような内容から、このオペラはその真価に見合うような上演機会が少ないそうです。しかしながら、モーツァルトがこの物語に付けた音楽は、作曲家として最盛期の素晴らしいものなのです。

モーツァルトが“神の子”と称されるゆえん

 同じようにひどい作品に、『ドン・ジョヴァンニ』があります。「ドン・ファン」といったほうがわかりやすいかもしれません。この物語は、主役で悪党のプレイボーイが、婚約者のいる女性の部屋に侵入し、女性が抵抗しているところに駆けつけた女性の父親である騎士長を殺してしまったり、これから結婚式を控える幸せな村娘にちょっかいを出してみたりと、不道徳な話です。

 物語の最後は、殺された騎士長が死の国からやってきてジョヴァンニを地獄に引きずり込むのですが、前出の『コジ・ファン・トゥッテ』と同じく、最後はなぜかジョヴァンニ以外の全員が歌ってハッピーエンドで終わります。

 ジョヴァンニの侍従も歌っているように、ヨーロッパのさまざまな国々を旅しながら、総計2065人の女性をだまし、自らの思いを果たしたあとはさっさと捨て去り、最期は地獄に引きずり込まれるという、あまりにも身勝手な男のストーリーですから、最後の明るい大団円を心から楽しむ鑑賞者はいないでしょう。

 しかし、このオペラは、その後に続く作曲家が進む道を大きく切り開いたともいえる奇跡的な音楽で、モーツァルトが“神の子”と称されるゆえんのひとつの大傑作です。

 これらのモラルの無さを弁護するならば、当時の文化風俗を反映しているからでしょう。今の時代から見ると目を背けたくなる場面であっても、当時の聴衆にとっては日常茶飯事の話だったのかもしれません。当時は、育てられない赤ん坊を連れてくる女性たちが多すぎて孤児修道院は子供たちで一杯だったという話もありますし、貴族の男性が平民の女性に産ませた庶子も多い時代だったのです。

 そんな時代を象徴するオペラが、モーツァルトの代表傑作『フィガロの結婚』です。ある伯爵が、自分の屋敷で働く若き女中スザンナを口説こうと企む話です。スザンナは、伯爵の使用人であるフィガロとの結婚式を控えているのですが、伯爵は急に「初夜権がある」と主張して関係を結ぼうとします。実は中世のヨーロッパでは、領主が領民の女性に対し、結婚相手より先に関係を持つ権利があったともいわれており、伯爵はそれを復活させようとしたのです。

 しかし、伯爵の悪巧みは失敗に終わり、最後はカンカンになった伯爵夫人にお灸を据えられるという内容で、現代でも心の底から楽しめるオペラとなっていますが、モーツァルトのこのオペラには、隠れた本質があります。それは、平民の台頭の時代の幕開けを表現しているのです。

モーツァルトがオペラに込めたテーマ

 当時は、王侯貴族と平民の身分がはっきり分かれていた封建時代でしたが、フランスを中心として、啓蒙思想「すべての人間は同じだ」という運動が起こっていました。『フィガロの結婚』では、中世の古くさい初夜権を持ち出す伯爵は封建時代の貴族代表であり、女中スザンナの結婚相手で主役のフィガロは、啓蒙思想の平民代表です。平民のフィガロが貴族の伯爵をだまし、からかうことは、それまでの時代では考えられない内容だったのです。

 実際に、モーツァルトがこのオペラの初演を行ったハプスブルク帝国治世下のウィーンでは、原作の戯曲は身分制度を揺るがす危険思想として上演禁止でした。そこでモーツァルトは当時の皇帝で音楽好きなヨーゼフ2世を懸命に説得して、上演にこぎ着けたのです。ヨーゼフ二世が啓蒙思想にも理解を示していたことも功を奏して、封建制度を根幹から揺るがすストーリーであってもオペラならと、許可されたのです。

 しかしながら、ヨーゼフ2世の懸念は現実となります。戯曲『フィガロの結婚』が初演された啓蒙思想の中心地パリに嫁いだヨーゼフ2世の妹マリー・アントワネットが、オペラ『フィガロの結婚』の初演7年後の1793年に、平民である市民に捉えられて処刑されてしまうのです。

 ところで、モーツァルトが6歳の時に、結婚前のアントワネット(当時はマリア・アントーニア)と宮殿内で会っています。幼いモーツァルトが、部屋の中で転んだ際に助けてくれたアントワネットに「僕が大きくなったら結婚してください」と言ったというエピソードが有名です。今の時代であれば、スター作曲家と貴族の結婚は実現できたかもしれませんが、当時のヨーロッパでは、身分の違いからまず不可能です。

 ちなみに、アントワネットはモーツァルトのプロポーズの6カ月後に、フランス王太子ルイ・オーギュスト(のちのルイ16世)との結婚が決められてしまいます。もしモーツァルトと結婚していたならば、アントワネットもギロチンの露とはならなかったでしょう。

 ほかにも、トルコのハーレムに捕らえられた女性の話『後宮からの誘拐』など、一般に考えられているモーツァルト像とはずいぶん違うかもしれませんが、18世紀当時のモラル、風俗、文化、階級、そして思想を敏感に取り入れて、この上なく素晴らしい音楽を付けたのが、天才モーツァルトだったのです。

 子供の頃から父親に連れられて、ヨーロッパ中の違う国々を見て回ったモーツァルトは、単に美しい音楽を書いているだけではなく、世界の最先端の動きを敏感に感じ取る才能も兼ね備えていました。晩年には、それまでオペラの歌詞はイタリア語と決まっていた慣習を打ち破り、「これからは平民も理解できるドイツ語のオペラの時代が来る」と宣言するような大傑作『魔笛』を作曲ました。

 従来の王侯貴族相手ではなく、台頭めざましい平民のための劇場で上演されたこのオペラは、大蛇が登場する場面から始まり、夜の女王あり、鳥男と鳥女の登場あり、神殿での試練ありと、スペクタクルなオペラです。しかも、そのテーマは、その後のヨーロッパを大きく変えていく原動力ともなる、啓蒙思想とも深く結びついた秘密結社フリーメイソンです。ちなみに、モーツァルトもフリーメイソン会員として有名な人物です。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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