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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

指揮者界の帝王カラヤン、驚愕の指揮法…観客は魅了され、オーケストラ楽員は困惑

文=篠崎靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講
指揮者界の帝王カラヤン、驚愕の指揮法
目を閉じて指揮をするヘルベルト・フォン・カラヤン(「Getty Images」より)

 僕がまだ若く、米ロサンゼルス・フィルハーモニックの副指揮者をしていた際、実際に自分がオーケストラを指揮することもありましたが、その週に来ている指揮者のサポートをすることも大切な仕事でした。

 ある客演指揮者が指揮をしていた時のことです。最後のリハーサルも無事に終わり、夜に本番を迎えるだけとなりました。僕は、その指揮者に挨拶をして帰ろうとしたところ、「ちょっといいかな?」と呼び止められ、「あのホルンの場所なのだけど、少し音が大きいので小さく吹いてもらえるように頼んでいただけるとありがたい」とのことでした。もちろん、英語での会話なので細かいニュアンスは違いますが、このような内容でした。

 僕はお安いご用と、親しくしていたホルンの首席奏者のそばに行き、かくかくしかじかと客演指揮者の要望を伝えたのです。すると、ちょっと気難しそうな顔をして、「やすお、あの指揮者に『馬鹿野郎!』と返事をしておいていいよ」と笑いながら、言ってきました。もちろん、そんなことをこれから本番を迎える指揮者に言えるはずはなく、このホルン奏者もジョークを言っているだけで、僕が本当に言うとは思ってもいなかったでしょう。

 では、なぜ普段は紳士的なそのホルン奏者がそんなことを言ったのかといえば、リハーサルでは指揮者がその場所でホルンを見つめてきたからだそうです。超一流のオーケストラともなると、目線を送られただけでも、音量を上げて指揮者の望みに応えようとするのです。彼らは複雑なパート譜を眺めながら、指揮者がチラ見しただけで、何かをキャッチするわけで、それを知って僕は驚きました。

 とはいえ、本番では、ホルンセクションは指揮者の要望の通りに音を少し小さくして吹いていたので、僕も一安心しました。

オーケストラ楽員から全身を見られている指揮者

「指揮者は靴だよ」

 まるで音楽とは関係のない、こんな話をしてくれたのは、ロサンゼルス・フィルのコンサートマスターと、日本を代表するオーケストラのコンサートマスターです。後者は、僕の親友でもある優秀な奏者です。お互いに会ったこともなく、今後も会うこともなさそうなこの2人ですが、「指揮者は指揮台の上に立っているので、コンサートマスターの席からは、靴が結構見えるんだよ。リハーサルの際に、指揮者がボロボロの靴を履いていると気になるね」と、異口同音に僕にアドバイスしてくれたのです。彼らの言うことはもっともで、つまりは、僕の靴がひどいというわけです。

 すばらしい音楽を奏でるオーケストラをリードしているコンサートマスターが、指揮者の靴も見ているのです。その後、新しい靴を履いてリハーサルをした日には、ロサンゼルス・フィルのコンサートマスターからは、「靴が良い!」とお褒めを頂くことができました。

 これは、指揮者はオーケストラから、指揮以外もしっかりと見られているというエピソードですが、反対に指揮者からもすべてのオーケストラ奏者の顔が見えるのです。それは当然で、指揮者が顔を見えない奏者がいたとしたら、その奏者も僕の顔が見えないことになります。恐ろしい顔をしてベートーヴェンの『運命』の出だしを指揮しようとも、切れ味良いクールな表情で指揮しようとも、その奏者には指揮者の意図が伝わらないことになります。

 指揮者から奏者の顔が見えることは、お互いにアイコンタクトを持てる点でも良いことなのですが、そんな音楽的な話だけでなく、一人の奏者がうまくいかない場所があり、ちょっと嫌な顔をしても、指揮者からはよく見えるのです。何よりも、奏者の嫌な顔が、果たして奏者自身の反省なのか、指揮者に対する抗議なのか、判断が難しいところも悩ましく思います。

 さらにもっと怖いのは、指揮者の僕が嫌な顔をしたら、70~80名のオーケストラ全体から見られてしまうことです。たとえば、リハーサル中にホルンがちょっと間違えたとします。指揮者も人間ですから、無意識にほんの少し嫌な顔をしてしまうこともあるでしょう。そうすると、楽員からは「なんだか、うるさい指揮者だなあ」と思われてしまうかもしれません。

帝王ヘルベルト・フォン・カラヤン、驚愕の指揮法

 そんなオーケストラ楽員のすべてが見えてしまう指揮者ですから、楽員のちょっとした動きや表情をいちいち気にしていたら、音楽に集中なんてできません。そこで、それまで誰も考えつかなかった超名案を編みだしたのが、20世紀を代表する指揮者界の帝王、ヘルベルト・フォン・カラヤンです。彼は、なんと最初から最後まで目を閉じて指揮をしたのです。

 もちろん、目を閉じて指揮をすると楽譜も見ることができないわけですが、彼の頭の中には、すっかりと楽譜が入っています。そして、まるで座禅僧のように目をつぶって指揮をし始めたカラヤンの姿に多くの観客は魅了されますが、オーケストラの団員は困惑することになりました。

 冒頭のホルンの首席奏者の話のように、オーケストラ奏者は指揮者の目線を見ながら演奏しています。特に、ソロの入りの場所などは、指揮者が自分をちらっと見てくれるだけでも、安心して始めることができるのです。しかし、カラヤンに何度お願いしても、「いつか慣れるさ」と取り合ってくれません。

 もちろん、カラヤンが指揮をしていた独ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団や、墺ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のような超一流のオーケストラの奏者ならば、なんの問題もなく演奏できます。しかし、いくらカラヤンの指揮が卓越していても、目をつぶっていることに慣れるまで、楽員は少し時間がかかったそうです。

 そんなオーケストラ奏者ですが、指揮者のちょっとした身振りにも神経を払って見ているだけでなく、意外な場所も見ているので、一般人よりも視野が広いのではないかと思ったりするくらいです。それだけでなく、観客席など見ていない振りをしながら、実は結構見ていたりします。

 ほかの指揮者のコンサートに行った際に、「篠﨑さん、来ていましたね。客席に見えていましたよ」などと言われたりすることを、いつも不思議に思います。もちろん、あらかじめ座席の場所を教えたわけでもなく、そもそも行くことすらも教えていません。こちらを見られた記憶もなく、いつ気づかれたのか、まったく想像もつきません。

 そんなこともあるので、指揮者は聴きにいったオーケストラの演奏後、用事があってすぐに立ち去らなくてはならない場合でも、最後の最後まで拍手をしないといけませんし、演奏中に居眠りなんて絶対にできないのです。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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