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オーケストラ楽員は“選ばれた人たち”!人並み外れた才能+強運

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
オーケストラ楽員は選ばれた人たち!
「Getty Images」より

「明日のリハーサルは、朝の10時半からだよな……」

 夜9時にコンサートを終えたオーケストラ楽員が、こんなことを話していることもあるでしょう。特に、通常の演奏会場ではなく、自宅へ帰るために余分に1時間以上も長くかかる場所でのコンサートであれば、少し恨みがましく聞こえるかもしれません。

 誤解していただきたくないのは、楽員にとってオーケストラは天職で、好きでたまらない仕事です。楽員全員が大好きな音楽を演奏するからこそ観客も感動できるわけで、ステージ上ではオーケストラ楽員は翌日のリハーサル開始時間など考えることもなく、ただただ音楽に集中しています。

 そんな楽員たちは、人並み外れた才能に恵まれているだけでなく、少ないチャンスを見事につかみ取ることができた、選ばれた人たちなのです。

 若い頃にオーケストラを聴いて大感動してオーケストラ楽員を志し、難しい試験に合格して音楽大学に入学しても、まだ演奏家の卵にもなっていません。それからが本当の厳しいレッスンの日々となるのです。時には、師匠の厳しい指導にめげながらも、「オーケストラに入りたい」という一心で必死に練習をする音大では、仲間の同級生も認める凄腕を持った学生がいる半面、どんなに練習してもそれほどのレベルに達しない学生もいるのが、楽器演奏の残酷な宿命なのです。

 そして、仮に多くのライバルを抑え優秀な成績で卒業できたとしても、そこからがやっとオーケストラに入団するためのスタートライン。一つのポストをめぐって100人以上も押しかけてくることもよくあるオーディションの合格を目指すのです。さらに、幸運にもオーディションの狭き門をくぐり抜けたとしても、約1年間の試用期間で落とされてしまうこともありますし、そもそもオーケストラに欠員がなければ、次に欠員が出るまでオーディション自体がありません。

 一方、オーケストラには、正式な楽員ではなくエキストラとして演奏している演奏家もいます。もちろん、エキストラとして選ばれることも、人並み外れた実力がなければ叶いません。しかも“常トラ”ともなれば、ますます狭き門となります。常トラというのは、「常に呼ばれるエキストラ奏者」の意味で、簡単にいうとおなじみのエキストラという感じです。

 このおなじみになるのも、正楽員たちの絶対的な信頼を得ていなくてはならず、しかも、正楽員のように終身雇用が約束されているわけでなく、通常のエキストラと同じく、いったん信頼を失ってしまったら、もう依頼が来ないことになります。とにかく、オーケストラで演奏できるのは、本当に幸せなことなのです。

オーケストラ楽員にとって遅刻は何より厳禁

 そんな幸せな楽員とはいえ、やはり人の子なので、ベートーヴェンの『第九』やマーラーのような大作を演奏したあとは、くたくたに疲れています。それから楽器を片付け、着ていた燕尾服を着替え、やっとホールの楽屋口から出ても、ホールの目の前に駅がないコンサートホールも多いので、疲れた足取りで重い楽器を持って歩き、電車を乗って帰宅した頃には夜11時近くになってしまう楽員もいると思います。

 それから風呂に入り、やっと寝ることができても、翌朝早くに起床し、人によっては子供の弁当をつくって学校に送りだしたり幼稚園まで送迎したり、洗濯物を干したり、家のことをしっかりとこなしたのち、10時半から行われるリハーサルの曲を少しでも練習。そして電車に乗ってリハーサルに駆けつけるわけです。

 このような話を本連載で過去に書いたところ、友人の楽員から「とんでもない。まずは自宅に帰宅した夜遅くに、すぐに翌日の練習をするんですよ」とお叱りを受けました。ステージ上では、燕尾服やコンサート・ドレスをエレガントに着こなし、優雅に楽器を演奏するオーケストラ楽員ですが、その裏には観客からは見えない苦労があるのです。

 さらに、これほど超多忙でも、音楽大学で教えたり、個人レッスンをこなしたりしている楽員も多く、彼らの体力と精神力には驚くしかありません。やはり、選ばれた人たちなのだろうと思います。

 そんな体力も気力も充実している楽員たちであっても、やはり人間です。あまりにも睡眠不足で、朝ベッドから起きて時計を見てびっくり、リハーサルが始まる直前だったりして真っ青になったこともあったと、演奏家の友人や指揮者の大先輩からも、そんな苦い思い出を聞いたことがあります。

 当然、リハーサルに遅刻することになってしまいますが、オーケストラにおいて遅刻は御法度どころではなく、エキストラ奏者なら、しばらく呼ばれなくなるでしょう。正楽員であっても遅刻は許されず、しばらくは同僚の記憶に残る重罪中の重罪です。同僚たちも、前夜のコンサートの後、大して睡眠時間も取れなかったのは同じで、なんとか起きて、家の用事や練習をこなして、必死に午前中のリハーサルへと駆けつけてきたのですから、遅刻は到底許されることではないのです。

 音大を卒業して、これから音楽の仕事を始める若い音楽家に向けて、何かアドバイスを求められたら、僕は「とにかく、遅刻だけはしてはダメだよ」と言うでしょう。

(文=篠崎靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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