ウォルト・ディズニー・カンパニーが誇る人気キャラクター「ミッキーマウス」。1928年11月18日の誕生から95年が経つため、著作権の期限が2023年いっぱいとなっており、2024年になると著作権が切れるという話があるが、はたして本当なのだろうか。
同じディズニーキャラクターで有名な「くまのプーさん」は、2022年はじめに著作権が消滅し、現在はパブリックドメイン化されている。一例だが、格安SIMで知られるミントモバイルは早々に、プーさんの好きなハチミツ(honey)をお金(money)に読み替え、3カ月無料で使えるSIMを宣伝するCMを制作した。
著作権が切れた後は、ミッキーマウスというキャラクターを使って無許可で自由に創作したり、無料でCMやポスターなどに使うことは問題ないのか。そこで今回は、著作権問題に詳しいトップコート国際法律事務所の勝部泰之弁護士に話を聞いた。
実はキャラクター自体には著作権が存在しない
まず、著作権に期限があるのはなぜか。また、著作権の期限はどのように制定されているのかを聞いた。
「著作権は、国によって期間は異なりますが、一定の期間が経過すれば消滅する権利とされており、所有権のように永久に保持できる権利や、商標権のように更新可能な権利とは異なります。著作権は創作活動のインセンティブが働くよう国家が特別に与えた権利なので、必要な限度でインセンティブが与えられればよいという判断に基づいているんですね」(勝部氏)
今回ミッキーマウスの著作権切れが話題になっているのは米国法の話であり、日本の著作権法の話はまた別だという。
「米国では、法人著作の場合は公表時を、人間の著作の場合は創作時を起算点にしています。さらに、1998年の延長法により、1977年までに発表された著作物の法人著作権の存続期間は公表から95年に延長されています。これに対し、日本では映画の著作権とそれ以外の著作権の起算点の違いにあります。映画の著作物の存続期間は、公表の翌日から50年です。もう少し詳しくいうと、1952年12月31日より前に公表された映画の著作物は、旧法によって公表から50年で存続期間の満了を迎えることになっています(2004年1月1日より前に存続期間満了を迎えた場合のケース)。
また、日本には戦争により失われた著作権者の利益を回復することを目的に定められた制度である“戦時加算期間”(10年5カ月間)があるのですが、これを考慮したとしても、米国より先に保護期間が満了している可能性があります。ですが、映画の著作権とは別に、原画の著作権の存続期間は満了していないという考え方もあるので、米国法よりも解釈が複雑です」(同)
今回の例のように、米国の著作物であるミッキーマウスでいうと、米国で著作権が切れた場合、日本でも同じタイミングで著作権が切れるのだろうか。
「日本法と米国法の関係ですが、日本の著作権法58条によると、著作物を生んだ国(ベルヌ条約加盟国)で、著作権存続期間が日本の存続期間より短い場合、『その本国において定められる著作権の存続期間による』と規定しています。ですので、今回のように米国で著作権が消滅した場合、一見すると日本でも同じタイミングで著作権が消滅しそうに思えます。ですが、米国がベルヌ条約に加入したのは1989年で、この規定はさかのぼって適用されないというのが裁判例の考え方です。したがって、米国でミッキーマウスの著作権が消滅しても、日本法の保護期間中はなお著作権が存続することになります」(同)
ここまで日本と米国の著作権についてみてきた。では、米国において、ミッキーマウスの著作権は本当に2024年で切れるのか。
「実は『ミッキーマウスの著作権が2024年に切れる』ということ自体が、厳密にいうと正確ではないのです。そもそもキャラクターは著作権の対象ではなく、具体的な表現物が著作権の対象です。著作権は小説、絵画、映画などの具体的な表現物に対して発生するものであり、キャラクターという抽象概念に発生するものではないのです」(同)
勝部氏いわく、2024年に著作権が切れるのは、1928年11月18日にアメリカ合衆国で公開されたディズニー制作の映画『蒸気船ウィリー』についてなのだという。
「同作においては、2023年をもって米国で著作権保護期間が満了することになる見込みです。しかし、ミッキーマウスのデザインは世代ごとに少しずつ変化しており、それぞれの表現に著作権が発生しています。したがって、『蒸気船ウィリー』以外のミッキーマウスを使うことは著作権侵害となりうる余地が残ります。
実際、デザインを変えることで、事実上何度か著作権の保護期間が延長された事例はあります。しかし、こうした延長法の制定は、ディズニー社の意向だけでできるわけではありません。米国では1998年にこうした著作権に関する延長法が定められたのですが、これはEUでの著作権存続期間の延長に対抗する必要などがその背景にあったとも言われています。また、この延長法制定時には、延長自体が憲法違反であることを理由とする訴訟も起きています。このように、延長が憲法違反となるリスクなど、他の国と比較して長すぎる著作権保護期間を設定するためにはさまざまなハードルがあり、容易に延長することは難しいと言えますね」(同)
なるほど。キャラクターはデザインが変わった時点でそれぞれに著作権が発生するというわけか。今回著作権が切れるのは『蒸気船ウィリー』のミッキーマウスであり、これに関しては特になんの許可も得ずとも営利目的で商用利用することも可能になるということのようだ。
著作権以外の権利問題で使用できる幅が狭まる?
では2024年に『蒸気船ウィリー』のミッキーマウスの著作権が切れると、そのミッキーマウスを使ってどのようなことができるのか。
「例えば、『蒸気船ウィリー』の上映、DVDなどのメディアを頒布、自分で描いた著作権切れミッキーマウスの頒布などができると思います。この結論は、クリエイターが企業、個人のいずれであっても同様です。
ただ、どこまでの複製・頒布が許されるかについて法令上の基準があるわけではなく、最終的には裁判所の判断に委ねられます。きわどい表現についてはディズニー社側から提訴される可能性もあります」(同)
では、現時点で使用不可と断言できるのはどういったケースがあるのだろうか。
「著作権法60条は、『著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなった後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。』としています。ですので、アダルトサイトのキャラクターとしてミッキーマウスを使用することや、ミッキーマウスを自身のオリジナル作品であるかのように発表することは違法となりえます。
また、登録されているミッキーマウスの商標や意匠を侵害するような創作も商標権、意匠権の侵害行為となります。さらに、ディズニー社と何かしらの関係があることを想像させるような商品を出すことなど、ミッキーマウスが持つ顧客吸引力にただ乗りする行為は不正競争防止法違反にもなりうるでしょう」(同)
実際に使用する場合は充分な配慮が必要なようだが、国によっても制限の違いがあるのだろうか。
「著作権に関するベルヌ条約を批准している国においては、著作権制度の内容は似通っており、自由に利用できる幅にそれほど違いはありません。ですが、著作権の存続期間や、著作者人格権の内容は国によって異なります。また、例えば米国には、一定の条件を満たしていれば、著作権者から許可を得ずとも、著作物を再利用できる、フェアユースという概念があり、パロディなどが許される余地が日本より広いと言えます。こういった制度自体の違いが著作権侵害の判断に影響を与える可能性はありえます」(同)
どこまで使える? ミッキーマウスの今後の行方
今後、世界各国でミッキーマウスはどのような影響をもたらすのか。
「すでにパブリックドメイン化した古い映画の中には、安価なDVD作品となって世に出回っているものもありますよね。ミッキーマウスの場合も、そのようなコピー品が出回る可能性はありえますが、現代のネット社会において、単純に映画の複製版を出したり全く同じ表現物をコピーして出したりしたとしても、あまりビジネス上の利益は得られないように思えます。
何かしらのアイディアで斬新な工夫を施して、『蒸気船ウィリー』のミッキーマウスを使用する動きは出てくると思いますが、それに対してディズニー社側が訴えてくる可能性もあります。実は、最初に挙げられたミントモバイル社のキャンペーンは、プーさんに似た絵本のキャラクターが高額な電話料金に悩まされているというパロディタッチのもので、社長自身が訴訟の可能性について冒頭で示唆するなど、著作権切れをネタにした話題作りという側面もあります。このような『攻めた』表現が著作権切れ直後になされる可能性もありますが、他の事例などを様子見して、どこまでなら許されるのかを見極めてから使われるという動きもあるのではないでしょうか」(同)
(文=A4studio)