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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オーケストラは4億円の音色?プロが使う超高額の楽器、20億円のチェロも

文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師
オーケストラは4億円の音色?
1億円超えも珍しくないオーケストラの弦楽器(「Getty Images」より)

 今年4月、フランス・パリのオーケストラ奏者が使っていたヴァイオリンが盗まれたものの、約3カ月後に路上のゴミ箱に捨てられているのが発見され、無事持ち主のもとに戻ったという話題がありました。このヴァイオリンは19世紀末のイタリアの楽器製作者ジュリオ・デカーニの作品ですが、フランスの新聞「パリジャン」の報道によると、楽器の盗難が増えているとした上で、高額な楽器を売却して現金化するのは、足がつきやすく、ほぼ不可能だとのことでした。

 たとえば世界的なヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスなどは、3億円、4億円の金額が付くこともよくある超高級品です。こんな楽器を盗んだところで、世界中の楽器商はいち早く盗難事件を知っていますし、ほぼすべてのストラディヴァリウスはリストアップされているので、窃盗犯がノコノコと売却しようとやって来たところで、楽器商は楽器を買い取るために金庫を開ける代わりに、電話を取って警察に連絡するのが落ちです。

 1913年、ルーブル美術館から盗み出した名画「モナ・リザ」を、イタリアのフィレンツェの画商に売りつけようとした犯人がすぐに捕まってしまったことと同じような状況となるのです。「モナ・リザ」のように世界中が知っているような有名すぎるものは、盗んだところで売ることができないわけで、冒頭で紹介したヴァイオリン窃盗の犯人も扱いに困ってしまい、ゴミ箱の横に放置するしかなかったのでしょう。もし、ゴミ収集車がやってきて持っていってしまったら、この10万ユーロ(約1400万円)の高級ヴァイオリンは、ゴミ焼却場で灰となっていたところで、危機一髪の出来事だったのです。

 ところで、僕はこの記事を読んだ時に意外な感想を持ったのです。しかも、プロの演奏家であれば、みんなが同じことを思ったはずです。簡単に言えば、「そんな程度の金額の楽器で、世界的なニュースになった」ということです。1400万円の楽器が決して安いとはいえませんが、日本では、ちょっとした資産家のご子女ならば、もしかしたら音楽大学のレッスンで弾いているかもしれない楽器の値段だからなのです。

 ヴァイオリン奏者になるために、子供の頃から両親に必死でレッスン料を支払ってもらい、成長に合わせて少しずつ大きな楽器に買い換えて、やっと音楽高校や音楽大学に入学できた暁に、高い授業料だけでなく、高級車を買えるくらいの値段の楽器を買ってもらうこともよくあります。さらに卒業後も、海外留学させてもらったり、幸運にもオーケストラの入団試験に受かって給料をもらえるようになっても、自分よりも高く良い楽器で演奏している同僚に囲まれて、高級外車や、人によっては家一軒買うような覚悟で、超高額な楽器を買う奏者も多いのです。

 そんな音楽家たちと話をしていると、彼らは「僕はこの楽器のために働いているようなものだよ」と冗談ぽく言いながら、まるで憧れ続けた高嶺の花だった女性と、やっと結婚できた時のような満足した顔で楽器を眺めるのです。

弦楽器の市場の特殊性…名器の入手には大金+幸運が必要

 そこには、特に弦楽器の市場の特殊性があります。もちろん、学生やアマチュアが使用するような楽器は大量に生産されていますが、ソリストをはじめとしたプロの弦楽器奏者が使用する、名器といわれる楽器ともなると、その前に所有していた演奏家が偶然手放したことで、やっと手に入れられるわけです。つまり、幸運にも恵まれていないと、いくらお金を積んでも手に入れることができないものといえます。

 イタリア超高級車フェラーリの販売店に行って「最高級車が欲しい」と言ってお金さえ支払えば、在庫がなくとも、少し待てば必ずハンドルを握ることができますが、大手楽器販売店ヤマハに行って「ヴァイオリンのストラディヴァリウスが欲しい」と言ったところで、店員はキョトンとしてしまうに違いありません。その場で5億円積んでも、10億円積んでも、誰も売りに出していなければ、手に入れることすらできないのです。

 もちろん、現在の弦楽器製作者がつくっている素晴らしい弦楽器もありますし、木管楽器や金管楽器、打楽器のように大量生産できる楽器であっても、自動車のように流れ作業で製造するのではなく、そこには経験を積んだ職人の丹念な仕事が入っているので、やはり高額となります。フルートを例に取ると、銀製でも200万円以上はしますし、金製だと400万円、一番高いプラチナ製では600万円くらいすることもあります。

 すべてのオーケストラメンバーが超高額な楽器を使用しているわけではありませんが、楽器によって軽自動車から高級外国車まで値段の違いは幅広いものの、プロが使用する楽器は安くはありません。一般的なオーケストラで、弦楽器52名、木管楽器10名、金管楽器10名、打楽器3名、総勢75名の演奏家が、一人当たり平均500万円の楽器を演奏していたとすると、総額3億7500万円となります。そこに、1000万円くらいする高級ハープを入れると、ますます値段が跳ね上がります。このように、ざっと見積もってもオーケストラは約4億円の音が出ているといえます。

 そんな高額の楽器が集ったオーケストラのステージに迎えたソリストが、世界的に有名なロシアのチェロ奏者ロストロポーヴィチが使用していた、20億円の価値ともいわれる1711年製のストラディヴァリウスのチェロを演奏するとなれば、ステージ上がもの凄いことになります。一般社会の場面でしたら、警備員がステージの周りを囲むことになるかもしれません。

 確かにストラディヴァリウスのような超高額な楽器は音色も素晴らしく、客席の隅々まで音が届くようです。とはいえ、オーケストラは楽器の値段で演奏するのではなく、やはり人間が心を一つにして、作曲家が作曲した音楽を演奏することが一番大事な部分です。そんなときに心を一つにする役割を持っている指揮者の指揮棒は、これまでにも何度も書きましたが、高いものでも4000円程度。安いものならば、数百円で購入できます。

 もちろん、値段によってオーケストラのサウンドが変わるわけではありませんが、もしも「以前、小澤征爾先生が使っていたもので、オーケストラのサウンドが素晴らしくなる」という指揮棒が存在するとしたら、それが「この指揮棒のために働く」ことになっても、僕はどうしても手に入れたくなると思います。

(文=篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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