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知られざる「味の素」の実像…海外売上比率58%、超グローバル企業の卓越経営

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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味の素のHPより

 創業以来、味の素はアミノ酸の基礎研究を重ね、その利用技術に磨きをかけてきた。それによって、同社は食に加えて高付加価値のデジタル部材という異なる領域への参入を実現した。食の分野で味の素は新興国の人口増加や世界的な健康増進などの需要を取り込んでいる。さらに、同社は半導体向けの新しい絶縁材の製造技術を確立した。中長期的に世界のあらゆる産業界で、より多くの半導体が使われるようになるだろう。そうした見方から、味の素の成長が加速すると考える主要投資家は増えている。

 その根底には、経営陣によるコア・コンピタンスの認識と強化がある。歴代のトップは、自社の強みがアミノ酸の基礎研究、その利用技術の確立であることを明確に認識し、次世代に継承してきた。現在、経営陣は強みの向上に向けてさらなる改革を進める考えだ。すでにうま味調味料の分野で世界トップの地位を確立した同社がどのように自己変革を遂げ、さらなる成長を狙うか、より多くの注目が集まるだろう。

世界の胃袋をつかんだ味の素

 よりおいしものを食べたい、より健康になりたいという願いは、世界共通の根源的な欲求だ。昆布だしのうま味成分がグルタミン酸であることを出発点に、味の素は人々の食生活をより豊かにして成長してきた。その結果として味の素は世界トップのドライセイボリー(粉末・キューブ状のうま味調味料と風味調味料)メーカーとしての地位を築いた(出所、2018年12月12日のオンライン会社説明会資料)。

 ポイントは、同社が世界の消費者の声に耳を傾け、より満足度の高い食生活の実現に取り組んだことだ。一例に、同社がタイで供給する「RosDee(ロッディー)」がある。ロッディーは風味調味料の一つでありガパオライスの素などとして使われる。わが国の「ほんだし」の兄弟に位置づけられる商品だ。決算説明資料によるとアジア通貨危機やリーマンショック、コロナ禍などによるタイGDP成長率の落ち込みにもかかわらず、ロッディーの販売は増加基調だ。それに加えて、タイでの味の素の販売も緩やかに増えている。

 味の素はうま味調味料の市場を創造し、世界の胃袋をつかんだといえる。同社は各国の食習慣に合った調味料の開発・供給体制を強化している。1950年代からブラジルでは「Sazón(サゾン)」ブランドのうまみ調味料が販売されてきた。1990年代以降、ベトナムではAji-ngon(アジゴン)というブランドで豚骨ベースのうま味調味料が販売されている。味の素は人口増加を背景に調味料需要が高まり、食生活の多様化が進む新興国にいち早く進出し、先行者利得を手に入れた。その上で、SNSなどデジタル技術を積極的に活用して消費者のニーズをきめ細かく取り込み、より満足度の高い調味料や冷凍食品の販売増加につなげてきた。

 現在では、電子レンジで加熱する容器入りのミール製品や海外での「ギョーザ」の販売を強化している。また、ブラジルではフレキシタリアン(植物性食品を基本としつつ、状況に応じて肉や魚も食べる人)やベジタリアンの需要を取り込むために植物由来のハンバーガーミックスを提供している。その結果として同社は景気に左右されにくい収益体制を整備し、海外売り上げは58%に達した。

ABFのイノベーション

 うま味の創造で磨いたアミノ酸に関する基礎研究の成果を、味の素はデジタル分野に結合した。生み出されたのが、絶縁材である「ABF=味の素ビルドアップフィルム」である。アミノ酸を要素にして、味の素はうま味調味料市場とABFという新しいモノの創造というイノベーションを実現した。うま味調味料に加えて、味の素は高付加価値の半導体部材などの分野で新しい収益の柱を確立しつつある。

 ABFの開発は1970年代までさかのぼる。味の素はアミノ酸という有機化合物の研究で得られたノウハウを食以外の分野に応用することを目指した。その一つが、半導体の基板に用いられる絶縁材だった。もともと半導体基板の絶縁材にはインク状の素材が用いられた。具体的には基盤の穴にインクを流し込み、研磨して絶縁をほどこした。新規参入を目指す味の素はフィルム状の絶縁材の製造技術を実現し、差別化を図った。その結果、半導体メーカーは、インクを充填・研磨する工程を省略することが可能になった。

 ABFはチップの生産性向上に寄与し、需要は急拡大した。台湾積体電路製造(TSMC)や米インテルなどの主要半導体メーカーにとってABFの重要性は一段と高まっている。現在、スマホやパソコン需要の減少、世界的な景気後退の懸念の高まりによって半導体市況は調整しているが、その後も世界経済のデジタル化は加速するだろう。ネット業界ではウェブ2.0からウェブ3.0へのシフトが加速し、拡張現実(AR)など新しいデジタル技術の実装が目指される。クラウドコンピューティング利用やビッグデータの保存と分析のためのより高性能なデータセンタの設営も増えるだろう。5G、さらに高速な通信技術の実現のためにも半導体の性能向上が欠かせない。そのためには、より微細かつ純度の高い絶縁材料のニーズが高まる。

 そうした展開が想定されるなか、味の素のABFは確固たる競争力を築いている。裏返しに、味の素ファインテクノはABFの生産能力を前倒しで引き上げる。2025年度にかけてABFの出荷数量は年率18%と高い伸びで推移すると予想されている。

注目されるアミノ酸の基礎研究強化と新しい利用

 今後、味の素はアミノ酸の新しい利用法を目指し、研究開発体制をさらに強化するだろう。それは味の素の食と高付加価値のデジタル部材事業の加速度的な成長に大きく影響する。まず、食の分野では世界全体で健康の増進を目指す人が増える。日本では物価上昇によって消費者の節約志向が強まっている。その状況下にあっても、小売企業が手掛ける健康志向のプライベートブランド商品への需要は高まっている。コロナ禍の発生によって免疫の向上など健康に気を配る人は一段と増えた。そうした社会のニーズに対応するために、うま味に加えて、睡眠の向上や疲労回復を助けるアミノ酸の利用方法の確立が求められる。基礎研究の強化は欠かせない。

 食以外の事業運営に関しても、アミノ酸の基礎研究の強化が今後の展開に大きく影響すると予想される。2022年9月、半導体などの部材メーカーであるJSRと味の素はバイオ医薬品分野での協業を発表した。それは、味の素にとって新しい素材開発のきっかけになる可能性を持つ。JSRにとっても味の素のもつアミノ酸関連の知見を活かすことによって収益の多角化が進むかもしれない。このように味の素は、強みであるアミノ酸の研究開発を進め、業種の異なる企業との協業強化を目指すことによって、より多くの利害関係者とウィン・ウィンの関係を目指すことができるはずだ。

 過去の事業運営のヒストリーを振り返ると、味の素のトップはアミノ酸に関する基礎研究の積み重ねとその利用技術を強化することが、成長の源泉であるとしっかり認識してきた。その上でより成長期待の高い分野での事業運営体制を強化する考えが次世代に引き継がれ、メルシャンやカルピスは売却された。経営陣は食と健康、ABFの成長を加速させるためのアミノ酸利用技術の向上に一段と集中している。

 同社は資産売却などをさらに進める方針だ。成功体験に固執せず、常に新しい取り組みを進めなければならないという経営陣の決意はこれまでにまして強いといえる。同社の今後の事業運営は、多くの日本企業が自社の強みをしっかりと認識し、ビジネスモデルの変革を進めるうえで示唆に富むものとなるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授:外部執筆者

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
http://tgs.tama.ac.jp/faculty/makabe-akio

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