今年9月9日、漫画家であり農家でもあるTwitterユーザー・うちの子さん(@uchinoko_vege)が呟いた投稿が、3万「いいね」を集めるなど注目を集めている。一連のツイートを要約すると、食品ロス問題の対策としてよく語られる「規格外品の農作物をスーパーなどに積極的に流せば無駄がなくなるのでは?」という認識は、現実に即していないと指摘するものだった。
規格外品の野菜や果物は破棄するか、一部加工業者などに流通させるのが農家では常識。もちろんビジネスとして成立させられるのであれば廃棄しないほうがいいのだろう。しかし、無理に規格品と同じように流通させようとしても、規格外品は偶然発生するものであり安定供給できないうえ、包装作業などに通常より人件費がかかる。それにもかかわらず安値で売らざるを得ないので、結果的に生産者にとってはメリットがなくデメリットばかり――というのだ。
そこで今回は、食品ロス問題に詳しい日本女子大学 家政学部 家政経済学科教授の小林富雄氏に取材。「規格外品を市場に流通させることがSDGs的な取り組みにつながる」というのは間違った考え方で本当に農家を圧迫しているのかなど、食品ロス問題の実態について聞いた。
規格外品の流通コストは農作物の種類によって異なる
まず「食品ロス」という言葉の定義を確認しておこう。
「国の定義では、捨てられる食べ物のうち、まだ食することができる可食分を捨てることを指します。食べられない部分に関しては家畜の餌にしたり、繊維状にしてアパレル関係の素材に転用したりできますが、可食分は食べ残されると捨てるしかないので、SDGsの観点から近年は社会問題として語られるようになりました」(小林氏)
Twitterで話題になったツイート主のような農家は、食品ロス問題でどんな立場なのか。
「そもそも国内の食品ロスで主に問題視されているのは、スーパーやコンビニエンスストアといった小売店での返品や売れ残り、飲食店での食べ残しなどの事業系食品ロス、そして自宅での食べ残しなどの家庭系食品ロスです。2001年の食品リサイクル法では、事業系食品ロスを生み出している食品関連事業者がメインであり、農業などの生産者は注目される機会が少なかったのです。ただ2019年に制定された食品ロス削減推進法により、食品の産地、今回でいえば農家の人たちも食品ロス削減の取り組み範囲に含まれるようになりました」(同)
今回のツイートで注目を集めた「『規格外品を市場に流せば無駄がなくなる』という認識は現実に即していない」という指摘について小林氏はいう。
「ツイートした農家の方がおっしゃっていることは、理解できる部分は多いです。まず、農作物の規格というものは主に農協などが卸売市場などでの評価を高めるために定めているもので、大きく分けて、見た目も味も整っている『A品』、味は変わらないが傷や多少の変形がある『B品』、味が悪いものや味は良くても大きく変形してしまった『規格外品』という、少なくとも3つ以上の区分が設けられています。規格外品を流通させるほうが通常よりも人件費がかかるというのは、おそらく『規格外品』のなかの食べられるものを加工して市場に流す手間のことを言っており、こうした側面は確かにあるでしょう。
今、SDGsに注目が集まっていることで、それをビジネスチャンスとして捉えて、農家の方たちに規格外品を提供してほしいと相談する事業者は増えています。ですが、Twitterの農家の方が指摘しているように、規格外品の処理に時間とコストがかかり過ぎてしまう作物を生産している場合や、安定的に供給できないといったリスクは常につきまといます。
確かに“やるだけ損”と申し出を断る農家の方もいる一方で、規格外品の問題は扱っている作物の種類によって取り組み方が大きく変わるため、ビジネスとして割に合うので事業者と提携する農家の方もいらっしゃいます。例えばラーメン屋と農家が提携してカットした長ネギの従来の規格外品を含めて流通させ、農家にもメリットがあるビジネスとして成立させているケースもあります。このように、結局のところ割りに合わなければこうした事業者と仕事をしなければいいわけで、ネット上で心配されているように、取り組み全体が農家の収入の妨げになっているというのは少々言い過ぎかもしれません」(同)
規格品と規格外品を混ぜる倫理的問題のある販売手法
一部の悪質事業者によって、倫理的に問題視されるような事例も出てきているそうだ。
「一部の悪質な事業者は近年のSDGsブームのうまみを最大限に引き出すため、農家からA品やB品を規格外品として安価に買いたたき、これらを混ぜたうえで消費者に『規格外品セット』として売るといった問題が発生しています。要するに普通に売れるはずのA品、B品も、さも規格外品かのように謳ってセット売りするという看過できない事例もあります。
消費者からすれば『規格外品セット』として売られていれば、すべて規格外品だと思い込むわけですが、そのなかにA品やB品も混ざっているので、『規格外品といっても、きれいな形でちゃんと美味しいものもあるんだ』という誤解を招くでしょう。そして、それが実情に即していない規格外品の過大評価を引き起こしてしまいます。本当はA品なのに、それを見て規格外品にもちゃんとしたものもあるんだと消費者が思い込んでしまうと、規格外品を買ったほうがお得だという認識が広まってしまい、本来売れていた規格品の売り上げが落ちる可能性が危惧されるのです」(同)
実際、一部ではじわじわとA品、B品の出荷価格が下がり農業所得が脅かされかねない事態も起き始めているのだという。
「このようにA品、B品も規格外品のように偽って消費者を騙すような販売手法は問題です。とはいえ、私はA品とB品と規格外品を混ぜてセット販売すること自体は、積極的に行ってもいいと思っています。きちんとA品、B品、規格外品が混ざっているセットだということを公言して販売すれば倫理的な問題はないわけですからね。卵などでは少しずつ規格緩和が進んで、『不揃いパック』を受け入れる消費者が増えています。野菜などでも、正直に規格品と規格外品を区別せずに販売できれば、都市近郊の農地を効率よく使うことができ、安い物流コストで出荷できます。このような柔軟なアイデアで販売をしていくことが、これからの農業における食品ロス問題、ひいては食糧問題解決のひとつの道筋になるかもしれません」(同)
規格外品の農作物を販売するということは、ひとくくりに良い・悪いと判断できるものではなく、野菜や果物の種類や販売手法によってケースが多様に変わってくるようだ。農業の食品ロス問題を考える上で、我々消費者も実情を知り、知見を深めていく必要があるのかもしれない。
(文=A4studio)