8月、オンライン署名サイト「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」にて、大きな話題となった署名活動がある。
「私は最低賃金+40円・手取り9万8千円で働く非正規図書館員です。図書館の今を知り、未来のために署名をいただけませんか?」
月給が10万円にも満たないという、地方の公立図書館で働く20代女性司書の悲痛なる投稿。司書の雇用年限の撤廃や最低賃金の引き上げなどを求める署名を呼びかけるものだ。 図書館を支える司書の多くが非正規雇用であり、なおかつ低賃金など待遇が良くないことを知ってもらいたいという、図書館の未来のための署名活動とのこと。賛同者は計7万630人にまで膨れ上がり、11月7日には要望書と共に文部科学省や総務省に提出したと報告されていた。
文科省は司書の数などは把握しているが、賃金や待遇は調査対象外だという。文科省は要望書を受け、待遇面を含めた調査ができるか検討すると答えており、どのように待遇改善へと向かうのか注目が集まっている。
そこで今回は非正規雇用の図書館司書の冷遇などについて、立教大学コミュニティ福祉学部特任教授の上林陽治氏に話を聞いた。
公立図書館の正規職員、実は司書資格なしの公務員?
今回話題を集めたのは地方の公立図書館に働く非正規職員の訴えだが、公立図書館の雇用事情はどうなっているのか。
「都立や県立、市立の図書館といった公立図書館の職員は公務員になるわけですが、正規職員と非正規職員に分かれます。そして、実は図書館司書の資格がなくても、正規・非正規どちらも図書館に勤務することは可能なんです。また、司書資格を有する職員の半分は非正規で、正規職員は26%に過ぎない。このように正規職員で司書資格の所持者は少なく、逆に非正規職員のほうが司書資格の所持者の割合が高いという、逆転現象が起きている図書館も少なくありません」(上林氏)
図書館司書に憧れややりがいを持ち資格を取った人が正規職員になれず、資格を持たぬ人が正規職員になれているという理不尽とも思える状況は、なぜ起こっているのだろうか。
「公立図書館の正規職員は、その図書館に応募して採用された人材というわけではなく、主に都や県、または市などでもともと採用されていた正規雇用の公務員が配属されているというケースが多いからです。
公立の図書館で、正規職員の司書職の求人が出ることもありますが、競争倍率が非常に高く、100倍前後になるということもざらにあります。要するに、図書館司書としての能力が低いために正規職員になれないのではなく、非常に狭き門なのです。ですから図書館司書に憧れて司書資格も持っている人でも、現実的に正規職員になれる確率は低いので、それでも司書の仕事に就きたいという方が、非正規職員として働いているというケースがほとんどなのです。
しかも先ほども説明したように、そもそも資格がなくても司書として働けるため、非正規で司書資格を所持している人と所持していない人でも仕事内容はほぼ変わらず、賃金面でも、資格所持者のほうがせいぜい時給50円ほど高いといった程度の差しかありません」(同)
非正規職員ではただでさえ低賃金だというのに、司書資格の所持者でも不所持者でも給与面でさほど差がないとなると、モチベーションを維持し続けることも難しいだろう。
自治体の財政のコストカット目的で非正規雇用が増加
公立図書館で正規職員の採用は年々減っているという状況も、非正規雇用増加の一因だという。
「日本全体で、正規の地方公務員はピークだった1994年時点で約328万人いましたが、近年はそこから50万人ほど減っています。どの職種、業種、部門もまんべんなく均等に減らしてきたわけではなく、非権力的な住民サービス部門から削減していくという方針で、図書館などの文化行政部門はそのあおりを強く受け、職員の非正規化が進んでいたのです」(同)
正規雇用の公務員を減らすというのは、自治体の財政難を解消するために必要な対策だというのは理解できるが、公共サービスである図書館運営の人件費は優先度が低いと判断され、正規職員の人員が減らされてきたのだ。
「総務省の『令和2年地方公務員給与実態調査結果』によると、2020年の段階で正規職員の年収は644万円程度だったのに対し、非正規職員の年収はなんとたったの201万円程度と推計されます。もちろん正規職員は週5日で働くところを、非正規職員は週2、3日という方も少なくないでしょうが、いずれにしても非正規職員の賃金は正規職員の3割ほどの賃金ということです。自治体にとっては財政コストを下げられるメリットがありますが、こうした背景があるため図書館の非正規職員として働く人々が生活に困窮してしまうのです」(同)
ちなみに、2021年度の文科省の「社会教育調査」によると、4万3865人の図書館員のうち3万4399人と約8割が女性で、そのうち約8割が非常勤もしくは指定管理者の職員という数字となっている。司書の非正規雇用の多くが女性という現状は、どういった要因で生まれたのだろうか。
「1987年の社会教育調査を見ると、図書館の非正規割合は10%に過ぎません。それが今は8割です。しかも女性が大半を占める、つまり非正規化は図書館員の女性職種化を伴って進展してきたわけです。この背景にあるのが、男性が主たる生計維持者とみなされ男性が稼いで家族を支えるという、日本型雇用システムが関係しているのでしょう。女性のパート労働は家計補助とみなされてきたので、非正規職種化は低賃金の女性職種化してきました。つまりこれまでの非正規雇用は、たとえば夫の扶養内で稼ぎたい女性などを想定して低賃金で雇っていたわけです。しかし、今は夫婦共働きの家庭や経済的に自立したいという女性も増えています。ですから扶養内で稼ぐという層を雇う前提に産業を組み立てること自体が、時代にそぐわなくなってきているのではないでしょうか」(同)
今回の署名運動が、非正規雇用されている司書たちの労働環境改善のきっかけになることを願いたい。
(文=A4studio)