政府や有識者会議の政府方針に関する議論に、すべての“困難を抱えている女性”たちの声が網羅されていないのではないか――。
厚生労働省に設置された「困難な問題を抱える女性への支援に係る基本方針などに関する有識者会議」での議論に対し、障害者女性、高齢者女性、シングルマザー、アイヌ女性、女性依存症者、レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー女性、セックスワーカー女性、元受刑者女性らの有志が1月30日、参議院会館内で院内集会「困難女性支援法のよりよい運用を願うつどい」を開いた。
アジア女性資料センター、岩手レインボーネットワーク、Siente、SWASH、ダルク女性ホーム大阪、DPI女性障害者ネットワーク、Transgender Japan、Broken Rainbow Japan、メノコモシモシ、わくわくシニアシングルズの10団体の代表者もしくは代理人が出席し発言。集会には、社民党党首の福島瑞穂氏、立憲民主党参議院議員の水野素子氏、同川田龍平氏、同党衆議院議員大河原雅子氏ら現役議員のほか、自民、国民民主両党の関係者らも出席した。
有識者会議は「若年女性の性暴力被害に特化」
これまで困窮女性への公的支援の根拠法となっていた売春防止法(売防法)に代わって、複雑・多様化、かつ複合的なものとなっている“困難な問題を抱える女性”に対する法的枠組みを作るため、議員立法されたのが“困難な問題を抱える女性への支援に関する法律”(以下:新法、昨年5月25日公布、来年4月1日施行)だ。
この新法で、政府は全国の自治体が策定する「困難な問題を抱える女性への支援のための施策の実施に関する基本計画の指針となるべきもの」を定めることとされている。この基本方針案について検討することを目的とした有識者会議が昨年11月7日に召集され、今年1月16日に基本方針(案)が示された。20日から、同専門家会議は同方針に対するパブリックコメントを求めている。
集会の出席者らは基本方針(案)にセックスワーカーへの職業差別や、LGBTQ、アイヌ民族、障害者、中高年女性らの視点が欠けていると指摘。「有識者会議は“困難女性”というフレームで議論しているのにも関わらず、“若年女性の性暴力被害”にまるで特化したような発言が目立ち、(方針策定のために行われた困難女性の実情に関する)ヒアリング対象者に非常にも非常に偏りがある」「女性とは“誰のこと”なのか。支援は誰にとって必要なものなのか。その有様は多様なものであることを(多くの女性活動家は)見てきたはずなのに、その声が届いていない」などと、疑問の声が続々と上がった。なお同有識者会議の委員は以下の通りだ。
赤池恵理 全国婦人相談員連絡協議会会長
榎本光宏 東京都福祉保健局少子社会対策部育成支援課課長
大谷 恭子 弁護士/一般社団法人若草プロジェクト代表理事
戒能民江 お茶の水女子大学名誉教授
近藤恵子 NPO法人全国女性シェルターネット理事
髙岸聡子 婦人相談所長全国連絡会議会長
橘ジュン NPO法人BOND プロジェクト代表
仁藤夢乃 一般社団法人Colabo代表
馬場通江 札幌市子ども未来局子ども育成部子ども企画課企画係長
堀千鶴子 城西国際大学福祉総合学部教授
村木太郎 大正大学地域構想研究所教授
横田千代子 全国婦人保護施設等連絡協議会会長
(以上、敬称略)
性産業従事者への差別
アジア女性資料センターの本山央子代表理事は新法で、売防法に基づく女性保護の見直しが図られた点について「性差別撤廃に向けた不可欠で重要な一歩」と評価。一方で、「性的侵害こそが女性の困難の中核にあるという本質的な見方から脱却し、女性であることが脆弱さと結びつく多様な文脈が理解されることが必要」と主張。そのうえで「労働市場および世帯単位の生活保障システムがはらむジェンダーその他の要因による差別や排除という根本的な構造そのものの変革へつなげていく必要がある」と述べた。
「AV出演被害防止・救済法」(AV新法)の成立に伴う、合法・適正な成人向け映像コンテンツ制作に携わる業界関係者や俳優の経済困窮問題や、性産業に所属する女性に対する職業差別是正を求めるSienteの中山美里代表理事は、自身が10代の時、新法でいうところの“若年被害者”であったことを明らかにした。その上で、次のように訴えた。
「“困難女性”の支援では、性的搾取など性的被害が対象となっていますが、犯罪行為や人権が尊重されず、時に暴力的行為があるようなアンダーグラウンドなものと、女性の人権を守り、お仕事の環境を整えて、仕事として行っているような性産業は分けていただきたいです。
新法では、性的被害やDV被害が“困難”とされて、さまざまな支援の対象となっていますが、私たちの団体が活動して行っているような、特定の職業に就くことで受ける差別や偏見といった困難は支援の対象とされていないように感じております。
現在、成人向け映像コンテンツの出演者や制作者、プロダクションの方々や風俗のキャストは家を借りにくいという、生きていく上で大きな“困難”に直面しています。AV新法の施行によって売り上げが落ちてしまった事業者さんもいらっしゃいますが、そういった方々は融資を受けるのが難しい状況です。貯金切り崩して過ごしています。
コロナ禍で来客が減り、売り上げが激減した風俗店に持続化給付金が下りないという事案もありました。転職がしにくかったり、仕事が(周囲に)バレてしまうと地域社会から排除されて孤立してしまったりする実情もあります。仕事に対する理解を得難いことの困難があると考えております」
そのうえで、以下のように2人の現役女優のメッセージを読み上げた。
「自分の意志で女優の仕事をしているのにもかかわらず、“あなたは性的被害者だ”と言われるのは非常に違和感があります。断定された上で、法律を作られてしまったら、この業界に対する差別と誤解を生んでしまいます。そのようにならないことを心から祈ります」(大島未華子氏)
「私は長年、AVという仕事をして生きてきましたが、性被害や搾取をされていると感じたことはありません。この仕事が好きで、この仕事で生きていきたいと自分で選んで頑張っています。勝手に“救わなければいけない対象”とされたり、辞めなければいけない仕事と決めつけらたりするのは、私の人生の夢や思いをすべて否定されているようで、とても悔しく悲しいし、つらくて仕方ありません。またそのような見解を法によってなされることで、世間からの差別的な扱いや目線が今以上に増えることが想像されます。偏った考えからの意見を聞いて、法律の運用をするのではなく、当事者の女性の意見を聞いてより良い運用をしてほしいと思います」(月島さくら氏)
同様にセックスワーカーの活動団体であるSWASHは「性風俗の仕事を差別しない支援団体はどこか教えてほしい」という相談が来ることを挙げ、「性風俗を敵視する婦人相談員支援指針」による相談員教育は、当事者を支援から遠ざけていると指摘した。相談員が、セックスワーカー当事者団体からセックスワーク差別についての研修を受けるよう提案し、「さまざまな属性の当事者を支援員として採用、育成することの重要性」を説いた。また、有識者会議の構成員選びや、国の事業委託先の決定プロセスの透明化も強く求めた。
LGBTQ、障害者、薬物、アイヌ、中高年……遍在する“困難女性”
DPI女性障害者ネットワークは「DVや性被害にあった聴覚障害や視覚障害を持つ女性に対する行政の相談受け入れ体制の不備を挙げ、「(厚労省などの統計で)被害がないのではなく、たどりつけていない」と現状の問題点を指摘した。ダルク女性ホーム大阪は、薬物依存症で、刑務所などの矯正施設から出所した女性に対する“現実的かつ適切な支援の必要性”を訴えた。
また、トランスジェンダー関連の各団体は、有識者会議が示した基本方針でトランスジェンダーの扱いが曖昧模糊とした表現になっている点(「トランスジェンダーの者については……中略……他の支援対象者にも配慮しつつ、可能な限り支援を検討することが望ましい」)について、「トランスジェンダー女性は女性」と強く主張した。例えば、性被害にあった若年のトランスジェンダー女性が公的窓口に相談にいっても「男性なので無理です」と断られている現状を指摘。「困難な女性」の枠組みを狭めず、多様な女性が救済されるよう求めた。
また、アイヌ民族の女性の権利を守る活動を続けるメノコモシモシは、アイヌ民族女性への歴史的、複合的な差別の存在を挙げた。中高年シングル女性の自助グループ、わくわくシニアシングルズは、40歳以上の“シングル女性”の生活実態調査の結果を提示。有効回答のあった2345人のうち、正規雇用は半数に満たず、非正規・自営業者の年収は200万円未満であることを明らかにした。また6割以上の人が「生きている限り・死ぬまで働く」と回答したという結果を示し、「中高年女性は紛れもなく困難を抱えた女性」だと指摘した。
若年女性の被害だけ「ふわっと」強調して報じるメディアの功罪
注目を集めやすい「若年困難女性」を主な取材対象にしがちで、LGBTQや薬物依存者、民族問題、セックスワーカーなど「難しい取材対象」に向き合い、しっかり取り上げてこなかったメディアのあり方も問われた。例えば、就職氷河期から上の中高年女性の“困難な状況”は貧困や格差の取材テーマから見れば、若年女性以上に大きな問題であるはずなのに、メディア露出は高いとは言えない。
集会直後に開かれた記者懇談会で、Sienteの中山氏は次のように語った。
「報道に関するガイドラインのようなものを作っています。AV関連団体に限ってお話しますが、適正AVという、自主規制コンプライアンスを守り、健全な運営をしようと努力している優良な事業者さんと、そうではないアンダーグランドなあり方で撮影をしている人たちというものを、まとめて扱うのではなく、きちんと物事を分けて報道していただきたいなと思っています。
報道する際には、“被害が増えている”とか“このような年齢層で被害が多発している”というようなふわっとした報じ方ではなく、何年に比べて、どの年齢層の人の被害が何パーセント増えたのかを示し、“だから支援が必要なんだ”という形で、具体的にソースを示して報道していただきたいと思います。
また私たちのようなAV事業者について肯定的な記事を書こうとして、(そうした事業者に)批判的な団体の声を記事中で扱おうとした際、批判的な団体から出版社の方にクレームが入り、記事がなかなか思うように進まないという事例もありました。報道機関の皆さんには負けないで報じてほしいです」
DPI女性障害者ネットワークの藤原久美子氏は「困難を抱えるとか、特に障害女性というと、保護の対象とどうしてもとらえられてしまう。そうではなく、ひとりの女性として尊重されるような(新法を)法律にしていきたいという思いがあります。“可哀そうな人を救おう”というような視点ではない、自己決定を尊重したメッセージをしっかり(メディアには)伝えてほしいです」と訴えた。
メノコモシモシの光野智子氏は、かつてテレビ局の番組でアイヌ差別が取り上げられた際、同民族を差別する言葉が面白おかしく放送された事例を挙げ、「よくよく歴史を勉強してください」と指摘した。
またTransgender Japanの畑野とまと氏も以下のようにメディアの取材のあり方に疑問を呈した。
「LGBTQ全体に言えることなのですが、マイノリティーの中のマイノリティーを報道する場合は、事前知識をつけてから取材をしてほしいです。例えば、いまだにトランスジェンダーのことを報じる際、“体は男性、心は女性”という文言が使われますが、このような言い方をしているのはおそらく日本だけです。アイデンティティーというのは“心”という意味ではありません。その人の“個”を形成しているものです。難しいことですが、そこを説明することがジャーナリズムに大事なことだと思います。
2022年1月1日をもって日本では性同一性障害という“疾患”はなくなりました。
でもいまだに多くの報道機関がトランスジェンダーの話をする時に性同一性障害という疾患を持ち出している状況です。すでになくなってしまっている“疾患”を持ち出されるのは困ります。なぜ、その“疾患”がなくなったのかも、(メディア関係者が)調べていただいてほうがいかと思います。面倒くさいことかもしれませんが、ぜひ知識をもって取材していただければと思います」
※編集部注:世界保健機関(WHO)は2022年1月1日、「国際疾病分類」改定版(ICD-11)で性同一性障害を「精神障害」の分類から除外し、「性の健康に関連する状態」という分類の中の「Gender Incongruence(性別不合)」とした。
集会の冒頭、社民党党首の福島みずほ氏は次のように語った。
「困難を抱える支援法、売防法が上から目線ではないですが、さまざまな問題点があり、変えようということで、支援法(新法)が成立いたしました。これはすべての政党が全会一致で成立したものです。この法律が、現場で困難を抱えるさまざまな人たちにしっかり届いて、支援が行われるようにと、思っています。現在、パブリックコメントが募集中です。この法律をみんなで支えて応援していくことで、この社会が変わっていくことになると思います。どうか超党派で成立した、この法律を応援してくださるよう心からお願い申し上げます」
一方、立憲の川田龍平氏は「有識会議に、当事者の人たちの意見がしっかりと織り込まれる形で、困難女性支援法の運用に生かされることが大事だ」と語った。
「ジェンダー平等の実現」「差別や貧困の撲滅」など掲げる国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)には次のような文言がある。
「目標とターゲットがすべての国、すべての人々、及びすべての部分で満たされるよう、誰一人取り残さない」
厚労省の有識者会議の議論は“困難女性”を誰一人取り残さない方向でなされていたのか。新法の基本方針案へのパブリックコメントは2月18日まで募集されている。
(文=Business Journal編集部)