コロナ禍にあってにぎやかになった食のトレンドに「ガチ中華」が挙げられる。これは従来の中国料理とは異なる、日本人の嗜好に迎合しない中国本土そのままの中国料理のこと。これを日本で食べることによって、中国を旅行して現地のグルメを楽しんでいる気分に浸ることができる。
このトレンドを満帆に受けているのが「味坊集団」だ。これはオーナーの梁宝璋氏が展開する飲食事業の総称で、現在10店舗を展開している。梁氏は1963年5月生まれ、中国・黒竜江省チチハルの出身。中国残留邦人で料理上手の母の料理を食べて育つ。青年期は画家として活躍。両親が日本に移住したことをきっかけに梁氏は1995年、家族と共に日本に移住。1997年から東京・竹ノ塚に10席ほどのラーメン店を営む。より繁盛を志して2000年1月、神田駅近くのJR高架下に「神田味坊」を出店。その後「味坊」ブランドで中国東北料理の飲食店を展開する。これらの店舗はオープンキッチンで、全員中国人の料理人が大きな声で中国語を交わしながら調理をしていて「ガチ中華」の臨場感をアピールしている。
味坊集団は10店舗のうち3店舗をコロナ禍真っ盛りの2022年に出店している。まさにコロナ禍にあって商機をつかんだ。そこで味坊集団の沿革から、ヒットの要因と食のトレンドを探ってみたい。
「ガチ中華」でもコンセプトはさまざま
2022年にオープンした「味坊集団」の3店舗の概要は以下の通り。まず4月、東京・学芸大学に「好香味坊」(ハオシャンアジボウ)。同店のコンセプトは「ちょっとした食事」を意味する「小吃」(シャオチー)で、麺、肉まん、蒸し物、揚げ物、ご飯物などをさっと食べられる。中国では路地裏にある小さなお店で、それをローカライズした。店舗は13席でテークアウト需要にも対応している。
次に、6月秋葉原に「香福味坊」(コウフクアジボウ)。同店は朝7時から翌朝5時まで22時間営業。朝は「早点」(ヅアォデイエン)と呼ぶ中国式朝食、ランチはリーズナブルな中華定食、午後は点心や飲茶のティータイム、夜は味坊の個性的な料理を楽しむことができる。また、羊の丸焼き「烤全羊」(カオチュエンヤン)も看板メニューにしている。106席と味坊集団のなかで最も広く、ファンの間で「ガチ中華のテーマパーク」と称されている。
そして8月、代々木上原に「蒸籠味坊」(ジョウリュウアジボウ)。同店は蒸し料理に特化。蒸し料理は「温度が100度を超えないので素材の味を生かした料理ができる」「タンパク質、ビタミンなどの栄養の損失が少ない」などといった利点が多く、これまで脂っこいと思われていた中国料理に対して新しい魅力を発信している。このようにガチ中華といっても、コンセプトがそれぞれ明確だ。
中国駐在経験者が来店してブレーク
味坊集団が注目されるようになった沿革を述べておこう。梁氏は25年前に日本で初めて開いた竹ノ塚のラーメン店でも、中国東北料理の象徴である羊肉料理も出していた。しかし「これを食べるお客は『これが中国料理なのか?』という感じの表情で、おいしいのかそうではないのかという反応はなかった」(梁氏)という。
その3年後に、神田に出店して中国東北料理の専門性を強くした。同店の場所が東京駅や大手町に近いことから中国に駐在経験がある人が多数訪れるようになり「中国とそのまんま同じだ」「なつかしい」というお客が来店するようになった。「羊肉料理や中国東北料理の水餃子が食べられる」と毎日来店するお客もいた。その後、御徒町に出店するが、この店から若い女性客が増えた。日本風に味付けをした料理ではなく、中国東北料理そのままの味を「おいしい」と言う。
神田・御徒町界隈だけで営業していた当時、遠方からのお客が多数見られた。羊肉料理には羊肉好きの人を引き付ける力があることを梁氏は確信した。東京の西方面は三軒茶屋に出店したのが最初だが、ここから代々木八幡、代々木上原といった住宅街にも出店するようになった。
東京の東、西と店舗を展開しているが、客層は変わらない。客単価も3000円から5000円と店舗の使われ方に沿ったもので、東西とも違いがない。これも味坊集団の特徴といえる。
味坊集団に来店するお客のほとんどはワインと羊肉料理を目的としている。店内にはリーチインクーラーに価格を書いたフルボトルワインを入れていて、これらのなかからお客がその日の食事や気分に合ったワインを選んで食事をしている。
羊肉の輸入量がコロナ禍前の2倍に
味坊集団の人気の背景には、近年急速に高まっている「羊肉人気」が挙げられる。梁氏の場合、営業を始めた当初は羊肉の仕入れはとても難しかったという。扱う精肉業者は少なく、スーパーマーケットの精肉売り場では売っていなかった。それが今では普通に売られている。
味坊集団では羊肉をウエールズやアイスランドから輸入して、中国料理店向けの精肉業者に卸すという事業も行っている。取り扱う量は2019年は100tであったが2023年には200tになったという。
都心で店舗を展開するようになってから味坊集団では羊肉串が人気となった。これを最初に食べてからいろいろな羊肉料理を楽しむというパターンが定着している。「香福味坊」ではこれを揚げ物にして、6本500円でメニューに入れている。とても注文しやすい。また羊の丸焼きもアピールしていて宴会の際に選ばれている。
羊肉人気が近年急速に高まっている背景について、羊肉愛好者の集まりである羊齧協会(ひつじかじりきょうかい)代表の菊池一弘氏はこう語る。
「羊肉が愛されている理由の一番は、人間最も近しい家畜だからです。肉、骨、皮、毛とすべて人々に恵みをもたらして捨てるところがない。だから太古の時代から人々は羊を育てて、移動するときには羊の群れを引き連れていった。そして、羊肉は宗教上のタブーはありません。羊肉は近年良質の赤身肉として筋トレする人にとって重宝されています。羊肉は体を温める食べ物で、中国では冬に食べる料理です。冷え性の女性の人におすすめです。このようなさまざまなストーリーが年々愛する人が増えてきているポイントでしょう」
食通ではなく「普通の若者」から愛されている
梁氏は羊肉の料理教室を統括したり、羊肉をアピールする活動も行っているが、料理教室は一般の人よりも料理人に向けて行うことが多かった。羊肉というと西洋料理やエスニック料理が連想されがちだが、日本料理でも新しい食材として注目されるようになった。こういうかたちでの広がりが羊肉人気に拍車をかけているようだ。
「日本では、これまで羊肉は安くて臭みがあっておいしくない肉というイメージがありました。その後40代以上の食通の人が注目するようになった。しかし、最近では20~30代の人たちが『普段あまり見かけないが、特別な時に食べるちょっといい肉』というイメージで受け止めているようです。かつてのマイナスのイメージをまったく引きずっておらず、ポジティブな存在になった」(菊池氏)
羊齧協会では羊肉を愛するイベント『羊フェスタ』の第1回を2014年11月に開催、2022年11月に第8回を開催した(2020年は休会)。ここでは年々来場者の人数が増えてきて、来場する層も変化してきた。第8回は11月5日・6日と中野セントラルパークで開催、2日間で延べ4万人が来場した。菊池氏によると「今回は普通のライトな感覚の20~30代が多くみられた」とのこと。羊肉人気が特別なことではなくなってきていることを実感しているという
味坊集団では『羊フェスタ』に第1回から参加しており例年、羊肉串を販売している。22年の『羊肉フェスタ』ではこれを7800本売り切った。同社の工場で串に刺しているが、この量はほとんど限界とのこと。
「ガチ中華」と「羊肉人気」。味坊集団の人気が高まっている要因は、今日的な食のトレンドが見事に合致しているからといえるだろう。そして、もう一つ。代表、梁氏のおだやかで人を思いやる心情が、社内的に求心力をもたらして、たくさんのお客から愛されている。
(文=千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト)