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イオン、パート時給を大幅値上げの密かな狙い…トップバリュ効果で利益急増の巧妙戦略

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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イオンモールのHPより

 現在、イオンの業績は緩やかに回復している。要因の一つは「トップバリュ」などプライベートブランド(PB)商品の販売増だ。国内では、物価高騰に直面し生活負担の高まりを抑えたい消費者がトップバリュの食品などを買い求めている。海外では、アセアン地域の新興国や中国などで日本企業であるイオンのブランドは高品質だとの評価が高まっているようだ。集合図をイメージするようにして考えると、トップバリュは、国内と海外の小売り事業の成長を支える共通集合に位置づけることができる。

 小売りビジネスの成長のために、商品開発力を磨く。さらに、自社の商品やサービスの売り上げ増を目指し、モバイル決済などの金融サービス、ショッピングモールの運営(不動産デベロッパー事業)を小売りビジネスに結合する。こうしてイオンは成長している。同社の強み(コア・コンピタンス)はPBの創出にあるといえる。業績拡大に向け、商品開発力の強化は欠かせない。イオンは、これまで以上に消費者の要望に耳を傾け、迅速にニーズに対応しなければならない。そのために、収益性の低下した店舗からの撤退、あるいは新しいブランド確立のための海外での買収など、かなり大がかりな改革が進む可能性は高まっている。

緩やかに回復するイオンの収益

 現在のイオンの業績は緩やかに回復している。2023年2月期連結決算にて、売上高(決算説明資料上の表記は営業収益)は前年比4.6%増、9兆1,168億円の過去最高だった。営業利益は同20.3%増の2,097億円だった。なお、2020年2月期の営業利益は2,155億円だった。コロナ禍発生以降の日本をはじめ世界各国では、断続的に移動が制限された。ショッピングモールへの客足は細った。その後、世界全体でインフレも進行した。日本では一時、エネルギー資源や穀物などの価格上昇と、急速な円安進行の掛け算によって物価は大きく上昇した。それによってイオンは、光熱費など店舗運営や原材料、物流などのコスト増加に直面した。加えて、政府からの要請に基づいて人件費が引き上げられている。2月、イオンは約40万人のパート時給を平均7%引き上げる方針を示した。全体として事業環境の厳しさは増している。そのなかで着実に本業のもうけである営業利益が上向いていることは特筆に値する。

 収益回復の背景には、いくつかの要因がある。なかでも、国内の小売事業と、海外事業の2点は重要だ。まず、国内の小売事業において、イオンは食品や光熱費などの上昇によって生活の負担上昇に直面する家計の支持を取り付けた。その象徴がトップバリュ商品の販売増加だ。2019年2月期、7,755億円だったトップバリュの売り上げは、2023年2月期に9,025億円まで増加した。物価が上昇する一方、国内では賃金が伸び悩み気味に推移している。より価格の低いモノを求めつつ、より高い満足感を得たいと思う人は増えた。その状況下、イオンは国内の大手企業と連携してトップバリュ商品の魅力に磨きをかけた。代表商品に「バーリアル」がある。バーリアルはキリンが製造し、国内で生産される希少なホップなどを用いることによって充実した味わいを実現した。しかも安い。トップバリュは、小売企業として人々のより高い満足の実現に寄与するという価値観を提示した。それによって、トップバリュは「廉価版の大手企業の商品」というイメージを一新できたといえる。

高い成長を遂げるアセアン事業

 2点目に、海外事業の成長もイオンの緩やかな業績の回復に寄与した。決算補足資料に掲載されている地域別損益状況を確認すると、イオンは連結ベースの売上高のうち91.6%を国内で獲得している。ただ、徐々にではあるが、イオンは徐々に中国、アセアンの新興国など、より高い経済成長が期待できる市場への進出を進めている。2023年2月期の決算では、アセアンの売上高は前年比29.7%増加の4,470億円、営業利益は同55.4%増の518億円に達した。中国事業も国内事業をペースで成長しているが、収益の規模ではアセアン地域が上回っている。

 アセアン地域におけるイオンの成長の一因としても、トップバリュなど自社ブランドの功績は大きいだろう。イオンが進出しているマレーシアやインドネシアなどの消費者にとって、日本企業の製品に対する人気は高まっている。日本企業が販売する食品や化粧品は、厳格な品質管理の下で生産され、安心、安全だという評価は増えている。加えて、イオンはハラル(イスラム教の教義に従った食品)に対応したトップバリュの食品も供給している。それはアセアン地域の需要獲得に大きく寄与していると考えられる。

 また、徐々にではあるが、イオンは中国の事業運営体制を見直し始めた。6月24日に同社にとって海外第1号店であるイオンモール北京国際商城は営業を終了する。世界最大の消費市場である中国は、依然としてイオンの成長に重要だ。ただ、ゼロコロナ政策などを背景とする個人消費の停滞や、不動産市況の悪化などを背景に、中国が高い経済成長を維持することは難しくなっている。2023年にインドは中国を追い抜いて世界最大の人口大国に成長するとみられる。一方、日本では、人口の減少などによって個人消費が縮小均衡に向かっている。どうしても国内事業の成長ペースは鈍化気味になるだろう。イオンが成長を目指すために、アセアン、さらにはインドなど、より経済成長の期待の高い市場に進出する重要性は一段と高まっている。

徹底強化が必要な商品開発

 成長加速のために、イオンは国内外の需要によりよく合った自社ブランドの商品開発を強化するだろう。2021年9月1日~2022年11月25日にイオンが実施した「WAON POINT」会員の加工食品購入データの分析結果によると、全体の85%がトップバリュの商品を購入した。購入しなかった15%の消費者のうち5%(非購入者の34%)は後にトップバリュの商品を購入した。分析対象となった2,428万人のうち、90%がトップバリュの商品を選択している。それだけトップバリュのブランドは消費者からより強く支持されている。

 新しい自社商品の開発体制を強化することは、成長加速に欠かせない。そのために、家計の事情に精通しているパート従業員などの意見を活かす重要性は高まる。パート従業員の賃上げの背景の一つには、人々の実感をダイレクトに商品開発に反映し、より多くの消費者が欲しい、使いたいと思うPB商品を増やす狙いがあるだろう。加えて、規模の経済効果も追求しなければならない。物流コストなどの削減に向け、イオンが国内の食品、総合スーパー、ドラッグストア・チェーン企業などを買収する展開も考えられる。状況次第では、イオンの買収などがきっかけとなり、国内小売業界の再編機運が高まることも考えられる。

 現地の需要に合わせた商品開発体制の強化は、イオンの海外事業の拡大にも欠かせない。たとえば、インドでは外資規制によって、出資の上限や固有のブランド名称の使用などに規制がかけられている。人々の生活習慣も異なる。そのため、2007年にインド企業と合弁で卸売販売事業を開始したウォルマートは予想したとおりにインド事業を成長させることが難しかった。ただ、2018年にウォルマートはインドのネット通販大手フリップカートを買収し、現地のニーズにより適合したビジネスモデルの確立を急いでいる。成長の加速と収益性向上に向けて、イオンはアセアンやインドなどの消費者の要望に真摯に耳を傾け、これまで以上のスピードで現地企業など利害関係者との関係を強化しなければならない。そのために国内外で店舗の運営体制が見直されるなど、かなりダイナミックな構造改革が進む展開も考えられる。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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