「ドン・キホーテ」の運営企業である株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は今年4月、リテールメディア事業においてファミリーマートと協業すると発表した。リテールメディアとは小売事業者が保有する自社サイトやアプリなどにおける広告プラットフォームを意味するが、訪問客の利用目的が異なるドン・キホーテとコンビニが協業する目的はどこにあるのだろうか。その他にも、PPIHは金融事業をさらに強化する方針を掲げている。小売と金融はまったくの異業種に見えるが、ディスカウントストア事業が主体のPPIHが金融事業を強化する意図はどこにあるのだろうか。今回、PPIHの広報室に取材し、リテールメディア事業強化や金融業強化の目的について聞いた。
リテールメディア事業とは
まずはPPIHの事業構成についておさらいしよう。海外にも進出しているが依然国内がメインであり、2023年6月期における各部門の売上高は次の通りである。ディスカウントストアは「ドン・キホーテ」「MEGAドン・キホーテ」が主であり、国内に486店舗展開している。総合スーパーとしては「アピタ・ピアゴ」などを国内に131店舗展開している。
・全社売上高:1兆9,368億円
・ディスカウントストア売上高(国内):1兆1,333億円
・総合スーパー売上高(国内):4,177億円
今回、PPIHがファミマと協業しようとしているリテールメディアとはどういったものを意味するのか。リテールメディアとは小売を意味する「リテール」と「メディア」が合わさった単語であり、小売事業者が保有する自社サイトやアプリ、デジタルサイネージ(店舗内に設置されたディスプレイ)などを活用した広告プラットフォームを意味する。小売事業者が販促のために活用することもあるが、自社製品が売れるよう商品メーカー側がリテールメディアに広告を出稿することもある。つまりリテールメディアでは小売事業者が広告媒体となることができるのだ。PPIHでは店内放送やアプリ、デジタルサイネージへの広告出稿を随時受け付けており、ファミマでも同様の事業を展開している。
ファミマとの協業で広告の幅と精度が向上する
リテールメディア事業においてファミマと協業することにより何ができるようになるのか。この点についてPPIHの広報室に聞いた。
「これまではmajicaアプリ(編注:国内ドン・キホーテ及びmajica加盟店で使用できる電子マネー)もしくは店内サイネージなどPPIHの『オウンドメディア』を活用した広告配信サービスの展開を行っていましたが、今回のファミマとの協業により広告配信に活用できる購買履歴を持った広告ID数が圧倒的に増え、広告配信の面を外部メディア(例:SNS)に拡大することができました。ドン・キホーテはZ世代のお客様が多く、Z世代の情報源は圧倒的にSNSからになりますので、SNS上に購買履歴を活用したターゲティング精度の高い広告を配信できるようになったことで、『オンライン~オフライン(店頭)一気通貫』でZ世代に訴求できる広告をメーカー様に出稿していただけるようになりました。
また、消費者は日々の生活の中で『曜日』や『買う内容』などで、コンビニとディスカウントストアを使い分けてお買い物をされていると思いますが、今回の提携により、消費者の購買行動が、ファミリーマートとドン・キホーテ横断で見ることができるようになったため、たとえばドン・キホーテでは買わないが、ファミマでは毎日ビールを買っている、といった方にもビール新商品の広告を配信することができるようになり、広告対象商品の売上アップにつながる、メーカー様にもドン・キホーテにもメリットのある広告サービスが展開できています」
ファミマは約2,900万人の広告IDを有する一方、PPIHは約1,100万人の「majica」アプリ会員を有しており、今回の協業によって3千数百万超の広告IDを共有できるようになるようだ。
とはいえ、利用目的が異なるコンビニとドンキでデータを共有しても効果は少ないのではないか。
「おっしゃるとおり、それぞれのお店を利用する理由が異なると思います。だからこそ、データ連携に意味があると考えております。たとえばコンビニでは展開できるSKU(編注:Stock Keeping Unit/在庫管理単位)数が限られているため、全種類のフレーバーを展開できない商品が多いと思います。また定番ではないフレーバーは一定期間を過ぎたら店頭からなくなってしまう。一方ドン・キホーテでは全種類を取り揃えることができる。なので、コンビニでいつも同じ味を購入されているお客様に『このメーカーの商品には、こんな味もありますよ』という情報をお伝えしたり、毎回リピート購入されているお客様には、ドン・キホーテではよりお得な『箱買い』ができますよ、といったような情報をお伝えすることができます。そのように、小売のチャネルをまたいで見えるお客様の趣味嗜好を元に『その情報知りたかった!』というような気づきのある情報提供につながる広告配信を担うことで、消費者にとっても、広告主であるメーカー様にとっても、ドン・キホーテにとっても価値がある広告配信になると思っています」(PPIH広報室)
スナック菓子を例に挙げよう。ドン・キホーテでは全種類を提供しているもののファミマでは一部のフレーバーしか販売できない。この際、ファミマでA味のスナック菓子ばかりを買う消費者がいた場合、「ドン・キホーテではB味も売っていますよ」「ドン・キホーテでは箱買いできますよ」といった広告が打てるようになるという。つまりリテールメディア事業での協業によって、PPIHとファミマの両者が今までよりも多くの層により精度の優れた広告を打てるようになるのだ。
ちなみに、顧客購買行動のデータ利用に関しては、過去にJR東日本がSuicaデータを外部に提供しようとして炎上したことがある。
「個人情報の取得と利用に関しては、従前より、アプリの利用規約やプライバシーポリシーなどで事前に同意を取得し、その範囲内で適切に利用しております。また、オプトアウト導線も整備するなど、個人情報保護法に抵触しないことはもちろん、引き続き消費者に十分配慮した形で事業運営を行ってまいります」(同)
金融事業では自社決済利用層の拡大を目指す
PPIHに関しては近年、リテールメディア事業以外にも金融業に関する報道が見られるようになった。決算資料でも金融事業に関する記載が見られ、中期経営計画では金融事業において営業利益60億円(2025年6月期)という目標を掲げている。金融事業において今後、どのようなサービスを展開していくか。
「基本戦略といたしましては現在約40%の決済比率がある自社決済利用層を25年6月期までに50%超に拡大し、金融の収益機会の拡大とコスト削減を図っていきます。自社決済利用層の拡充に向けた取り組みは、 拡大したmajicaアプリ会員に対してCRM施策を実施し、チャージ、ポイント、クーポンの3つの取り組みを強化していきます。現在準備を進めているmajicaアプリのニューアルに関しては、決済機能の強化(銀行口座チャージ、後払いチャージ、クレジットカード払い)や外部利用といった顧客サービスの充実を図っていくと同時に、当社の強みである店舗や商品と連携した販促を強化していきます」(同)
ドン・キホーテでは自社発行の電子マネーとして「majica」を2014年から発行しているほか、「majica donpen card」「UCSカード」などのクレカを提供しており、これらを使った支払いを自社決済と位置づけている。現状、majicaへのチャージは店舗でのレジ、チャージ機を使った入金もしくは、PPIH系列のクレカによる支払いに限られるが、銀行口座チャージや他のクレジットカードを使った支払いにも対応することで新規顧客の獲得を目指すとしている。現在進めているmajicaアプリのリニューアルで、こうしたサービスが追加されるようだ。確かにmajicaへのチャージ方法が限られている現在は閉塞的に見え、新規顧客を獲得しにくい印象がある。チャージに関して通常の銀行系クレカにも対応できれば、より多くの顧客を得られ、自社決済利用層が増えるかもしれない。
より銀行的な取り組みも
金融事業については電子マネー「majica」関連の取り組みだけでなく、より銀行的なサービスも追加するようだ。中期経営計画には新たな金融収益獲得の一環として「リボ/キャッシングや後払サービスの提供」が記載されている。
「現在、クレジットカード事業に関しては子会社のUCSを通じて発行している『UCSクレジットカード』、クレカ一体型majicaカード『majica donpen card』の会員が300万人強おります。これらのカードの更なる会員拡大、利用サービスの拡充に加え、現在準備を進めているmajicaアプリニューアル後の新たなクレジットカードや後払サービスにより金融収益を拡大していきます」(同)
つまり、現在発行している2種類のクレカに加え、majicaアプリのリニューアルに合わせて新たなクレカが追加されるという。新しいカードの名称や特徴について聞くことはできなかったが、前記の自社決済比率向上に向けた取り組みと併せて実施されるのだろう。後払いサービスに関してはローン事業者のように利息収入を狙っているものとみられる。ちなみに中期経営計画では「投資信託や保険商品などの追加サービス提供」という文言も記載されており、証券事業も視野に入れているようだ。
いずれも小売事業の強化が目的か
以上のようにPPIHはファミマとの協業でリテールメディア事業を強化するほか、金融事業についても新たなチャージ方法や新サービスの追加によって収益拡大を狙う方針を公表している。前者に関してはメーカーからの広告収入というメリットもあるが、やはりドン・キホーテでの販促が主な目的ではないだろうか。後者についていえば、2023年6月期の全社営業利益1,053億円に対し目標としている「金融事業の営業利益60億円」は決して大きな数字ではない。だが、イオンカード保有者がポイント還元を目的にイオンモールで買い物をしたがるように、小売事業者が提供する金融サービスは本業である小売事業の収入を高める効果がある。つまりPPIHの金融事業強化もドン・キホーテの売上増加を期待した施策ではないだろうか。リテールメディアに金融業、一見すると小売業と離れて見えるが、いずれも本業の強化が目的なのかもしれない。
(文=山口伸/ライター)