バブル崩壊後の「失われた30年」から未だに脱却できない日本だが、新興国の追い上げのなかで世界経済から取り残されつつある現状を変える活路は、案外さまざまな企業の中で、誰にも注目されることなく眠っているのかもしれない。
『「見えない資産」が利益を生む: GAFAMも実践する世界基準の知財ミックス』(鈴木健二郎著、ポプラ社刊)は、特許や商標権、ノウハウやブランド力といった、広義の「知財」を組み合わせ、活用することで新たな価値を生み出す「知財ミックス」を推奨。これこそが、日本経済が低迷から脱却するカギだとしている。
日本経済の低迷がここまで長引いた理由もまた「知財」と無関係ではない。「失われた10年」はなぜ「失われた30年」に延びたのか。そして、知財を活用して日本が蘇るために、企業はどんなことをすべきなのか、鈴木さんにお話をうかがった。その後編をお届けする。
※鈴木健二郎さんインタビュー前編を読む(外部サイト「新刊JP」)。
日本企業再興のキーワード「知財ミックス」とは
――今回の本のキーワードとして「知財ミックス」という言葉が使われています。この言葉の定義を改めて教えていただければと思います。
鈴木:この言葉を使ったのは、最終的には「会社それぞれが独自のブランドや世界観を構築しよう」ということを言いたかったんです。
これもアップルの例がわかりやすいのですが、あのリンゴのロゴだとか、製品のデザイン、Macのパソコンの立ち上げ音、AirPodsのサウンドの技術など、ありとあらゆるところに知財が埋め込まれていて、それらがミックスされてアップルの世界観を作っています。この本の「知財ミックス」という言葉は、こうやって特許や商標、デザイン、ノウハウといった、「目に見えない資産」である知財を組み合わせることで独自のブランドを構築し、ファンを自社の世界観で包み込むことで収益を安定化し、価値を生み出し続けていくことを指しています。日本の企業にもこういう発想を持ってほしいと思っています。
――たしかに、一目で「この会社」とわかるブランドを確立している企業は日本には少ない気がします。
鈴木:一つの会社がゲーム機を作っていたりテレビを作っていたりパソコンを作っていたりすることはありますが、買った後で製品についているロゴを見て、「あ! このテレビとこのゲーム機は同じ会社が作っていたんだ」と気がつくだけで、会社自体のファンになってもらうようなブランド力を持っている企業は少ないですよね。
――ただ、自社がこれまでにやってきた事業で得た知見や無形資産といった、広義の「知財」を生かして新規事業を始めることは、すでに多くの企業で行われているかと思います。日本の場合これがなかなか大きな成果に結びつかないという状況にあるようですが、こうした取り組みを成功させるためのアドバイスがありましたらいただきたいです。
鈴木:経営者が組織の構造を変えることが必要だと思います。どういうことかというと、「知財ミックス」をやっていきましょうとなった時、担当部署は「知財部」になると思うのですが、いわゆる伝統的な知財部は会社が持つ特許の管理をする部署なので、知財を組み合わせて新たな価値を創造するという「知財ミックス」の概念からは外れるんです。
「知財ミックス」は「知財」という言葉を使っていますが、やることの内容を考えると「ブランディング」「マーケティング」「広報」「商品企画」あたりが近く、「経営戦略」「事業戦略」とも直結します。知財を活用していくならこういう部署の人を巻き込んだ形で、従来の知財部とは違った「アクティブな知財部」を作るべきだと思います。
――知財ミックスの事例としてアップルが計画するホテルの事例がわかりやすかったです。一方で、アップルほどの強固なブランド力がある企業はごく一部です。知財ミックスを行ううえで企業の持つブランド力はどの程度影響してくるのでしょうか?
鈴木:つまり、昔はモノがあって初めて成立するビジネスが多かったので、研究開発にも膨大な時間がかかりましたし、技術力を磨いて、クオリティを確保して、大量生産の体制を整えてとなると、独自性のあるブランドを短期で確立するのは難しかったわけですが、今は状況が変わっていると思います。
アップルの場合は1980年代に創業した企業で、それなりに歴史があるのですが、Meta(旧Facebook)は2000年代に創業した企業で、ブランド力がないところから急激に台頭しました。テック企業以外でも、たとえば食の世界を見ると、Nestleや味の素のように長い歴史を通じてブランドを作り上げてきた企業がある一方で、インポッシブルフーズのような強力なベンチャーも出てきています。ですから、私は今の時代は昔のように歴史を重ねなければブランド力を築けないとは思いません。
大事なのは会社のビジョンを持って、そこからブレないように知財を活用して新たな事業を興したり、すでにブランド力を持っている会社であればリブランディングを行っていくことだと考えています。それができて初めて会社の世界観に共鳴するコアなファンがついて、安定した収益力も生まれてくる。
――今後日本の企業が知財ミックスを行っていくうえで、必要な人材の種類はどのように変わっていくとお考えですか?
鈴木:私は今、10年後の社会を想像して、バックキャスティング(逆算)によって未来価値を創造できる人材、つまり知財ミックスを進めていける人材を育てるための「BUILD」という人材養成講座に携わっているので、この講座で求められる3つの力についてお話ししましょう。
1つ目は、どういう未来を作りたいのか、日本が世界に対してどんな価値を提供できる国になるべきなのか、といったことを想像して、そこから逆算して今どんな事業や研究開発を行うべきかというテーマを設定する能力です。
2つ目は、自分の想像を起点にして、その想像に説得力を持たせるためのデータを集めて、分析して、自分の説を強化したり検証したりする力です。
3つ目は情報分析に基づいて、「こんな未来が来るから、今からこれをやっておこう」という自分のストーリーを補強し、会社員であれば経営者、スタートアップなら投資家と、しかるべき人に伝えるプレゼンテーション力です。
一人の人間がこの3つの力をすべて持っているならそれに越したことはないのですが、それは欲張りすぎですから、チームの中でこの3つの力をもった人材を揃えるのでもいいと思います。
――最後に、読者となる企業の経営者や新規事業開発の責任者の方々にメッセージをお願いいたします。
鈴木:繰り返しになりますが、日本は新たな価値を生むことができる知財を多く抱える「知財リッチ」な国です。あとはそれをどう活用するかという問題ですから、行動を変えさえすれば状況は変えられると考えています。知財そのものをあまり持っていない国もあるわけで、それと比べると日本には大きなアドバンテージがある。
「失われた30年」ももう半ばで、「失われた40年」になるかならないかの瀬戸際に日本は立っています。でも諦めないで、個人や企業単位でできることを模索していただきたいというのが私からのメッセージです。この本がさまざまな企業が自社に眠っている知財に着目し、それを活用して新たな価値を創出するきっかけになればうれしいですね。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。