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なぜ無印良品はホテル事業に参入するのか…オーバーツーリズム時代の新・地方創生モデル

2026.07.23 06:00 2026.07.22 21:28 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト

なぜ無印良品はホテル事業に参入するのか…オーバーツーリズム時代の新・地方創生モデルの画像1

●この記事のポイント
京都・清水寺参道に2026年5月開業した無印良品の宿「MUJI BASE KYOTO kiyomizu」。全18室、40年営業したホテルを改装し、早朝ガイドツアーなど「アンチ観光」体験を提供する。オーバーツーリズムに悩む京都で、関係人口を育てる異業種発の地方創生モデルとして注目される仕組みを、最新データと専門家の視点から読み解く。

 清水寺へと続く石畳。土産物店が軒を連ねる参道のすぐそばに、2026年5月20日、無印良品を展開する良品計画が新しい宿泊施設をオープンした。その名も「MUJI BASE KYOTO kiyomizu」。全18室、家具や家電、アメニティの約9割を実際に店舗で販売されている無印良品の商品で構成するという、一見すると「無印良品のショールーム」のようなホテルだ。

 だが、このホテルが業界内外で話題になっているのは、内装の統一感だけが理由ではない。日本経済新聞は、このホテルを「アンチ観光」というキーワードで紹介した。観光名所を巡らせるのではなく、あえて「何もない日常」を体験させることで、観光公害(オーバーツーリズム)に一石を投じようという狙いがあるという。

 京都だけの話ではない。訪日外国人の急増によって、日本各地の観光地で「観光客公害」とも呼べる現象が顕在化している。観光消費額という経済指標は伸びる一方で、混雑や交通渋滞、ゴミ問題によって地元住民の生活が圧迫される――そんな歪みが各地で報告されている。なぜ今、生活雑貨を売る小売大手がこの課題に乗り出し、旅行業界からも注目を集めているのか。その背景を読み解いていく。

●目次

観光公害の現場――京都で何が起きているか

 京都市の観光総合調査によれば、2024年の市内観光客数は約5,606万人、宿泊客数は約1,630万人に達し、うち外国人宿泊客数は約821万人と過去最高を記録した。市バスの混雑が常態化し、通勤・通学で利用する住民が乗車できないといった声も報告されている。同時に、外国人観光客が2024年に初めて1,000万人を突破する一方、日本人宿泊客数は減少に転じたとの調査もあり、「日本人の京都離れ」という言葉も聞かれるようになった。

 もっとも、この問題を単純に「インバウンドの増えすぎ」と断じることには異論もある。観光庁の統計では、2024年の日本人国内旅行者数(延べ人数)は5億3,995万人であるのに対し、訪日外国人は3,687万人。全体に占めるインバウンドの比率は6.4%にすぎないという指摘だ。

 一方でインバウンドの消費額は8兆1,257億円と、旅行消費額全体の24.4%を占める。つまり「量」としてはまだ限定的だが、特定のエリア・時間帯に消費と人流が集中することで、局地的な混雑と住民負担が発生しているというのが実態に近い。国も対応に動いており、関係省庁による「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する対策会議」がすでに開催されている。

 観光政策アナリストの湯浅郁夫氏は、次のように話す。

「オーバーツーリズムは総量の問題ではなく、局所集中の問題です。清水寺や嵐山のように、限られた面積・時間帯に観光動線が集中するエリアでは、たとえ全体の観光客数がそこまで多くなくても、住民の生活実感としては“溢れている”状態になる。分散化と滞在の質の転換が同時に必要な段階に来ています」

従来の地方誘致を壊す「関係人口」ビジネスの凄み

 MUJI BASE KYOTO kiyomizuの特徴は、観光客向けの非日常空間を演出するのではなく、住民の生活圏にそのまま溶け込む体験を提供する点にある。館内には京都の老舗コーヒー店「小川珈琲」の清水店が併設され、宿泊者限定のラウンジや朝食として利用できる。目玉企画である「早朝の清水参り」は、毎朝5時40分から7時という、観光客がまだ少ない時間帯に清水寺へ向かう有料ガイドツアーで、MUJI BASEとしては初のガイド付き地域周遊プログラムだ。

 この「観光客が少ない時間・少ない場所」をあえて商品化する発想は、良品計画が繰り返してきた実験の延長線上にある。MUJI BASEは今回で5施設目。2023年8月開業の「MUJI BASE KAMOGAWA」(千葉県鴨川市)を皮切りに、「MUJI BASE TESHIMA」(香川県土庄町、2024年4月)、廃校をリノベーションした「MUJI BASE OIKAWA」(千葉県大多喜町、2024年10月)、「MUJI BASE TESHIMA Ⅱ」(2025年4月)と展開してきた。いずれも空き家や遊休不動産、あるいは閉校・閉館した施設を活用しており、京都・清水の施設も、2025年に閉館した「アメニティーホテル京都」を改装したものだ。派手な新築ではなく、地域に40年以上根付いてきた建物の外観をそのまま引き継いでいる点も共通している。

 コンセプトは「地域文化の体感基地」。良品計画自身が掲げる「地域で暮らしと文化を体験する滞在拠点」という言葉が示す通り、狙いは一度きりの「一見さん」観光客を集めることではない。ワーケーションやデュアルライフ(多拠点生活)が広がる中で、同じ地域を繰り返し訪れる「関係人口」――移住はしないが、その土地と継続的な関わりを持つ人々――を育てることに主眼が置かれている。総務省や国土交通省も近年、人口減少地域の担い手として関係人口の創出を政策的に後押ししており、良品計画の取り組みはこの文脈とも重なる。

 地元との摩擦が起きにくい構造も見逃せない。テーマパーク的に観光地を演出するのではなく、農作業や商店街での買い物、早朝の寺社参りといった、住民の日常の延長にある体験を切り出して商品化しているためだ。良品計画が単なる旅行会社ではなく、全国に店舗網と強固なファン基盤を持つ小売企業だからこそ、自治体や地域の不動産オーナーにとって「組みたい相手」になり得る。実際、京都進出はMUJI BASEとして関西エリア初の展開であり、地域側の受け入れ余地とブランド側の集客力が噛み合った事例といえる。

大手代理店には真似できない「生活圏の輸出」

 JTBをはじめとする大手旅行代理店が得意としてきたのは、名所巡り・豪華な宿泊・名物グルメを組み合わせたパッケージツアーだ。この型は限られた時間で満足度を最大化する上では効率的だが、結果として観光客を同じ名所・同じ時間帯に集中させやすく、オーバーツーリズムを助長する側面がある。

 これに対し、無印良品が持ち込んだのは「普段着のブランド」という強みだ。日用品や衣料品という、生活に密着した商品を扱ってきた企業だからこそ、「旅先での日常体験」にリアリティと安心感を与えられる。宿泊者にとっては「観光地に行く旅」ではなく「無印良品的な暮らしの価値観を体感しに行く旅」になる。これは、名所を消費する従来型の観光とは異なるレイヤーで顧客を獲得する動きであり、旅行業界にとっては、競合というより「そもそも土俵が違う」存在として捉えるべき変化だ。

「パッケージツアーは”何を見るか”を売ってきたが、無印良品が売っているのは”どう過ごすか”。この違いは大きい。旅行会社が同じ土俵で対抗するのは難しく、むしろ自社の着地型観光メニューに、こうしたライフスタイル提案型の宿泊体験をどう組み込むかが問われる」(湯浅氏)

「アンチ観光」は本当にビジネスとして成り立つのか?

 とはいえ、この取り組みが「儲かるビジネス」として成立しているかは別問題だ。MUJI BASE KYOTO kiyomizuの宿泊料金は1泊1室2万600円からで、全18室という小規模施設である。宿泊料や有料ガイドツアーの収益だけで、投下した改装コストを大きく上回る収益を生み出す構造にはなりにくい。

 良品計画が本当に狙っているのは、単体施設の収支ではなく、グループ全体の顧客生涯価値(LTV)の向上だろう。同社は2025年9月、従来の会員アプリ「MUJI passport」を全面刷新し、「MUJIアプリ」として再スタートさせた。マイル制度を廃止し、買い物だけでなく寄付や地域活動支援にもポイントを使える新プログラム「MUJI GOOD PROGRAM」を導入している。MUJI BASEでの滞在体験を通じてブランドへの愛着を深めた顧客が、帰宅後も無印良品の店舗やネットストアで継続的に購買する、あるいは地域の特産品開発・販売に波及する――という、宿泊単体では完結しないエコシステムを設計していると見るのが自然だ。

 一方で、このモデルには明確な限界もある。第一に、展開スピードの遅さだ。空き家や廃校、閉館ホテルを見つけ、地域のキーマンや自治体と泥臭い関係構築を重ねる必要があり、5施設で約3年というペースはお世辞にも速いとは言えない。第二に、スケール化のしにくさだ。均質なチェーン展開を前提とするホテルビジネスとは異なり、1棟ごとに地域性を反映したカスタマイズが必要なため、量産型のビジネスモデルにはなりづらい。短期的な収益インパクトは限定的と見ておくべきだろう。

ライフスタイル企業が変える、日本の「観光の未来」

 無印良品の事例が示すのは、アパレルや家具、食といった強い世界観を持つライフスタイル企業が、観光・宿泊という領域に参入する余地が広がっているということだ。旅行業界が磨いてきた「効率よく名所を回らせる」ノウハウとは別の軸――「どんな暮らしの物語に共感してもらうか」という軸で、旅行者との関係を築く動きは、今後ほかの異業種にも広がる可能性がある。

 単に「モノを売る」「観光客を集める」という発想だけでは、これからの地方創生も自社のブランド価値向上も立ち行かなくなりつつある。地域が抱える課題(オーバーツーリズムや遊休不動産、人口減少)を自社の価値観・世界観と掛け合わせ、一度きりの消費ではなく継続的な関係性を設計すること。それこそが、これからの地方創生とサステナブル経営を両立させる鍵になるはずだ。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)

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公開:2026.07.23 06:00