「今すぐ転職」を勧めない転職支援…リツアンSTC野中久彰社長が仕掛ける新機軸「キャリアリターン」

●この記事のポイント
・SES(システムエンジニアリングサービス)業界には「還元率」という言葉を実態より高く見せる慣習があり、リツアンSTCはこれに一貫して距離を置いてきたと野中久彰社長は語る。
・新施策「キャリアリターン」は、今すぐ転職を考えていない層に照準を当て、登録期間を将来の給与体系へ通算する仕組みを導入した。
・AI時代を見据えた独自の研修ロードマップや、あえて囲い込まない経営哲学から、エンジニアの地位向上を目指す野中氏の構想が浮かび上がる。
生成AIの普及は、エンジニアという職業のあり方そのものを揺さぶり始めている。AIによるコード生成の活用が広がる中、現場のエンジニアたちの間には「このスキルはいつまで通用するのか」という漠然とした不安が広がっている。
一方で、彼らが日々向き合っているのは、もっと足元の問題だ。エンジニア派遣・SES業界には、求人票に躍る「還元率」という言葉が、実態とかけ離れて高く見積もられてきたという構造的な課題がある。還元率とは、エンジニアの契約単価に対し、給与として支払われる割合を示す業界独自の指標だ。忙しい現場のエンジニアにとっては、その数字の内訳まで確認するのが難しいケースもある。
こうした業界の中で、2007年の創業以来「実質給与ベースの還元率」にこだわり続けてきたのが、静岡県掛川市に本社を置く株式会社リツアンSTCだ。同社は今回、新たな施策「キャリアリターン」を打ち出した。今すぐ転職したい人ではなく、「今は動かないが、将来の選択肢は持っておきたい」という層に照準を当てた、業界でも異色のアプローチである。
本稿では、代表取締役の野中久彰氏に、この施策に込めた狙いと、その背景にある業界への問題意識、そしてAI時代を見据えたエンジニア育成の構想を聞いた。
●目次
- 「還元率」という言葉が生まれた場所
- 「今すぐ」ではない人のための市場
- 転職は「不満」ではなく「事件」で動く
- 給与か、スキルか——二つの入口
- AIエンジニアへのロードマップ
- あえて囲い込まない理由
- 「信じてください」とは言わない
- コミュニティという上位概念
「還元率」という言葉が生まれた場所

野中氏がまず語ったのは、SES業界特有の構造だった。技術者派遣は労働者派遣法の適用を受け、マージン率の公開が義務付けられているが、SES業界ではマージン率ではなく「還元率」という独自の言葉が広まったという。単価に対する還元率を90%や80%と謳う求人票は少なくないが、そこには社会保険料などの経費が上乗せされていることが多く、実際にエンジニアの手元に残る割合はそれより低いのが実情だ。
同氏は「還元率80%と言っても、実際は65%ぐらいしかもらえない。100万円に対して65万円みたいな。それがSES業界の闇なんです」と指摘する
リツアンSTCは創業当初から、経費を含めない純粋な給与ベースの還元率を掲げてきたという。同社が7月に始めた今回の施策は、この構造そのものへの注意喚起という意味合いも持たせているという。
「僕たちは、還元率って言葉を2007年の創業当初から使ってきました。それは純粋な意味の、単価に対する給与の還元率です。でも10年ぐらい前から新興のSES企業が出てきて、僕たちが純粋にやっていた還元率にいろんな経費を盛り込んで、同水準に高く見積もってきた。それが業界のスタンダードになってしまった」
「今すぐ」ではない人のための市場
業界の課題意識を土台に生まれたのが「キャリアリターン」だ。世の中には今すぐ転職したい人向けの転職サービスは数多くあるが、「今は転職を考えていないが、将来的には」という層に向けたサービスは手薄だった。野中氏はそこに着目したという。
「今すぐ転職したいとか、来月転職したいっていう方に向けたサービスはたくさんある。ただ、今は転職したくないけども、将来的に転職を考えてみたいなっていう人向けのサービスがなかった。であるならば、そういうサービスを作ってみようかっていうのがスタートなんです」
仕組みの核にあるのは、同社が導入している独自の給与体系だ。通常の派遣・SES企業のマージン率が固定であるのに対し、リツアンSTCは在籍年数が上がるにつれてマージン率を段階的に引き下げ、エンジニア本人の手取りを増やしていく制度を持つ。キャリアリターンは、この仕組みと「登録」を組み合わせた発想から生まれた。
「今日登録しといてくれれば、それをうちの勤続年数としてカウントしてあげる。そうすれば、僕たちが年々マージンを下げていくところに、そのまま適用できるんです」
登録から数年後に入社した場合でも、登録していた期間分がそのまま勤続年数として通算される。会社側から見れば、登録者を早期に優遇する分だけコストを先取りする設計とも言える。それでもこの形にこだわるのは、野中氏なりの人の動き方への理解があるからだ。
転職は「不満」ではなく「事件」で動く
なぜ「今すぐ転職したい人」ではなく、様子見の層に照準を当てたのか。その答えは、野中氏がこの業界で25年見てきた、人が会社を辞める瞬間の観察にあった。
「人が会社を辞めるとき、不満だけでは辞めないんですよね。不満は蓄積されてても、ある程度我慢できるから会社にとどまっている。でも、何かしらの事件というか、きっかけがあって辞めるんです。急に転職を命じられたとか、結婚して実家に帰るとか、親の介護とか、給与形態が見直されたとか」
不満は静かに積み重なっていくが、行動に移すのは常に何らかの出来事がきっかけになる。だからこそ、その「事件」が起きる前の段階で接点を持っておくことに意味があるという。
「今は我慢できるんだったら、そのまま働いててもいい。ただ、そういうきっかけっていうのは必ずいつか起こるんで、その時に第一想起してほしい、という訴求なんです」
給与か、スキルか——二つの入口
キャリアリターンには、「給与・待遇から考える」と「スキル・将来から考える」という、性格の異なる二つの入口が用意されている。エンジニアが抱える悩みを、現在の待遇と将来のキャリアという二つの側面から受け止めるための設計だ。
背景には、AIによる代替への不安がある。特に下流工程のコーディング業務を担うエンジニアほど、AIに置き換えられていくのではないかという懸念が広がっている。そこで同社は、現在の給与という切実な課題と、AI時代を見据えたスキル形成という中長期的な課題の双方から、制度を考えられるようにした。
「これから時期がくれば、スキルや将来を考える人の方が増えていくんじゃないか、とは思っています」
AIエンジニアへのロードマップ
AIによる技術者の代替は、野中氏自身も強く意識している変化だ。単純なコーディングやテスト業務は、すでにAIが担う領域になりつつあるとの見立てを示した。
「昔みたいな人月ビジネス、時間単価で稼ぐようなビジネスは、AIに代替されていく。かなり変わるとは思います」
この変化を見据え、同社は独自のAIエンジニア育成ロードマップを用意しているという。東大松尾研発スタートアップ(AI企業)の講師を迎え、基礎講座からG検定・E資格の取得、さらには国際的なAIコンペティションへの参加までを段階的に組み込んだ内容だ。実践の場として、同社が運営する植物園を使った実地演習も予定しているという。
「AIエンジニアになるためのロードマップは作っています。 松尾研発スタートアップのメンバーに講師になってもらって、資格を取ってもらって、その後は世界のコンペにも参加してもらって、AIスキルを学んでもらう。最後は実際の店舗で実地でやろうと。派遣会社がやっている程度ですが、AI時代でも少しはお役に立てるレベルは持たせてあげたいなと」
あえて囲い込まない理由
キャリアリターンで特に目を引くのは、登録しても入社義務がなく、退会も自由という設計だ。見込み顧客をできる限り囲い込みたくなるのが普通の発想だが、リツアンSTCはあえてその逆を行く。背景には、同社の採用構造そのものがある。
同社は求人広告をほとんど使わず、社員からの紹介、いわゆるリファラル採用が全体の6〜7割を占めるという。残りも、社員個人が発信するSNSやブログの口コミ経由が中心だ。
「あえて僕たちは縛らない方が、会社に囲い込むより、エンジニアさんたちを自由な空間にしてあげた方がいい。もっと言うなら、僕たちは転職エージェント事業もやっているので、その人がどこか転職するときに企業を紹介すれば紹介料をもらえたりもする。あえて自由にしたほうが、口コミが広がるんですよね」
派遣・SES事業と転職エージェント事業を併せ持つからこそ、無理に囲い込まなくても事業として成立する。この構造が、「出入り自由」という一見大胆な設計を支えている。
本社を静岡県掛川市の商店街に置き続けているのも、同じ発想の延長線上にあるという。エンジニアの多くは常駐先に出勤しており、自社オフィスにいる時間は少ない。だからこそ、都心の高い家賃に費用をかけるより、その分を給与に回すべきだという考え方だ。東京・京都の拠点は、地元の大学生にゼミの場として開放しているという。

「信じてください」とは言わない
同社が公開資料などで掲げている「信じてくださいとは言わない」という姿勢について尋ねると、野中氏は自社の立ち位置をこう自己評価した。
「僕たちみたいな、はたから見れば怪しく映りかねない会社は、いくら信じてくれと言っても信じてもらえない。だからできるだけ一次情報をまとめて、AIにでもかけてもらって、うがった目で徹底的に検証してくれと。その上で納得してもらえればいい。何かあれば言ってもらえれば直していきます」
信頼を前提に置くのではなく、検証されることを前提に置く。この姿勢が、結果として顧客との距離を縮めているという。
コミュニティという上位概念
最後に、5年後、10年後を見据えた展望を聞いたが、同社は意外なことに上場を目指さない方針を明確にしているという。
「上場したら、僕たちがやりたいことが株主の利益によって曇ってしまうと思うので、上場はしない。その上でやりたいのは、ある意味で中世のギルドのような、エンジニアさんたちのコミュニティを作ることです」
個人では弱くても、コミュニティとして情報を共有し合えば、会社側のフィルターがかかっていない生の情報がエンジニア同士で行き交うようになる、という発想だ。
「僕たちは最終的には、そのコミュニティを上位概念にして、リツアンはそのコミュニティのための手段、という位置づけになるのが理想です」
エンジニアの正当な評価が業界全体で長年後回しにされてきたことは、かつて日本の半導体産業が国際競争力を失った一因でもあったと野中氏は指摘する。
「今この2026年でも、還元率とか耳障りのいい言葉でエンジニアを囲っていくのを、この時代だからこそ、もっと正当に報われる仕組みにしないといけない。労働対価がちゃんと報われるようになれば、あとはエンジニア自身が伸びていくと思うんです」
「今すぐ転職を」ではなく、「必要になったときに、自分で選べる状態を」——キャリアリターンという施策名に込められているのは、性急さとは対極にある考え方だ。エンジニアの評価やキャリア形成をめぐる議論に対し、一つの選択肢を提示する試みといえそうだ。
(取材・文=昼間たかし)
【リツアン・キャリアリターン採用】
キャリアリターン採用
※本稿はPR記事です。





