隊内でのパワハラやセクハラをめぐる裁判が相次ぎ、労働環境に問題があるとしてイメージ悪化が懸念される自衛隊。一方で元自衛官からは「一度もハラスメント的な行為やイジメを受けたことがない」「その気になれば、かなりお金を貯められる」「仕事は思われているほどはキツくない」といった声も聞かれる。就職先、勤務先としてみた自衛隊の実像とは。現役・元自衛官などへの取材をもとに追ってみたい。
自衛隊内におけるハラスメントやイジメが問題となるケースは、過去に何度も起きてきた。最近の例としては、2015年に陸上自衛隊西部方面隊(熊本市)の男性陸士長(当時22歳)が自殺した問題で、陸士長は教官からパワハラを受けて適応障害を発症したことが原因で自殺したとして両親が国などに損害賠償を求めて提訴し、今年10月、福岡高裁は控訴審判決で教官の安全配慮義務違反などがあったとして国に6722万円の賠償を命じた。北海道にある陸上自衛隊の演習場で元女性隊員が上司ら男性3人からわいせつな行為をされたとして、この3人が起訴されていた裁判では、昨年12月、福島地裁は3人の行為は強制わいせつ罪にあたると判断して懲役2年、執行猶予4年を言い渡した。
以前からこうした自衛隊内での上官などによるハラスメントやイジメが問題化するケースはなくならないが、元自衛官はいう。
「こればかりは隊や上官の資質次第というしかない。もちろん上下関係や上官による指導、叱責は厳しいが、私個人としてはパワハラやイジメを受けたことはない。現役の自衛官は20万人以上もおり、問題のある人間がゼロということはあり得ず、運悪くパワハラやイジメをする上官にあたってしまうというケースは絶対にないとはいえない」
元自衛官で3等陸曹だったプロレスラー・ティラノ伍長さんはいう。
「私個人はパワハラやイジメを受けたと感じたことはないですが、本当にごく一部にそういうことをする人はいるかもしれません。上官と部下の信頼関係があることが大前提となりますが、任務のなかでは非常に危険な状態になることも想定されるため、いざというときに備えて指導や規律が厳しくなるのは当然です」
元自衛官YouTuberの主夫男・太郎さんはいう。
「自衛隊はまだまだ組織体質が古くて男社会なので、上官が強い口調や言葉で怒鳴ったり怒ったりといった、一般企業であればパワハラやイジメだとされる行為が普通に行われている部分はあります。ただ、自衛隊の業務というのは、一つのミスで多くの隊員の命が失われるリスクが常につきまとっており、そうした特殊性ゆえに、ミスに対して強く怒るといったことが、やむを得ない面があることも事実です。私自身も上官から強く怒られたことは多々ありましたが、イジメやパワハラを受けたと感じたことはなかったです」(10月8日付当サイト記事より)
24時間ずっとプライベートはない
一般的には、自衛官は毎日厳しい訓練に明け暮れるなど、その業務は過酷だというイメージが強いが、実際にはどうなのか。
「朝6時起床で朝食と掃除があり、8時から17時までが就業時間です。私は車両整備や後方支援を行う武器科に所属し、主に車両整備を行っていました。駐屯地内には数百両もの車両があり、緊急で入って来る車両もあるので、それなりにきつかったですが、慣れる面もあります」
多くの隊員は駐屯地や基地内の寮で集団生活をしており、敷地の外に出るには許可を得る必要があり、駐屯地や基地は市街地から離れた場所にあることが多いこともあり、平日は終業後も多くの隊員とともに過ごすことになる。数人が一部屋で生活するのが一般的であり、プライベートがないとしてストレスを感じる自衛官もいるという。
「私は後期教育の営内班長だったので、終業後も業務記録を書いたり、部下からさまざまな相談にのったりしなければならず、さらに筋力づくりのためにトレーニングをしたりと、気分的には24時間ずっとプライベートはないという感じでした。部下との信頼関係構築も重要な仕事なので、そのような生活がツライとはあまり感じませんでした。土日も班員たちと一緒にジムに行ったり、河原でバーベキューをやったりと、できるだけ隊員同士で一緒に行動していました」(ティラノ伍長さん)
20~24歳の平均年収は約374万円
自衛官の給与はどうなっているのか。防衛省の公式サイトの「自衛隊帯広地方協力本部」のページによれば、自衛官の平均年収、および民間企業の平均年収は以下のとおり。
・20~24歳:約374万円(参考:民間企業の全国平均年収 293.2万円)
・25~29歳:約428万円(同 382.8万円)
・30~34歳:約440万円(同 434.2万円)
・35~39歳:約509万円(同 471.2万円)
・40~44歳:約599万円(同 502.4万円)
・45~49歳:約637万円(同 522.8万円)
・50歳~:約652万円(同 577.4万円)
事実上の初任給である自衛官採用後の月給は以下のとおり。
・自衛官候補生(2等陸士任官後=3カ月経過後):15万7100円(19万8800円)
・一般曹候補生:20万3600円
・幹部候補生 防大卒・一般大卒:24万3500円
・幹部候補生 大学院卒:25万8600円
賞与(ボーナス)は夏・冬それぞれ給料の2.235カ月分で、金額は以下のとおり。
・一般曹候補生:(夏)約46万8800円、(冬)約46万8800円 ※採用2年目
・幹部候補生 防大卒・一般大卒:(夏)約65万8300万円、(冬)約65万8300万円 ※概ね採用2年目の幹部任官後
このほか、前述のとおり駐屯地・基地に住むと家賃、食費、水道・光熱費が無料のほか、ケガ・病気時は自衛隊病院や医務室を利用すると費用はほとんどかからず、格安の掛金で加入でき有利な保障を受けられる保険、共済組合が運営する民間企業よりも高利率の貯金事業なども利用できる。
「家賃や食費などがかからない点などを考えると、実質的な給与としては一部の民間企業よりは良いかもしれません。節約して貯金を貯めようとすれば、結構貯められるとは思います。私個人としては、仕事の内容に給与の金額が見合っていないと感じたことはありませんが、自衛隊も人手不足であるのなら、もう少し上げれば人を集めることができるのでないかとも感じます」(ティラノ伍長さん)
人手不足が顕著
内部からみて、自衛隊という組織として問題点や改善すべき点は何か。
「人手不足は顕著です。私は班長として16人の部下を見ていましたが、本来は4人くらいを1人の班長がみるというのが一般的です。これだと、一人ひとりの隊員とじっくりと向き合って育てていくというのは難しくなってきます」(ティラノ伍長さん)
「人が足りないといっている割には、足切り制度が残っている点は疑問を感じます。たとえば私がいたころは、陸士長は2任期しかなれず、その間に陸曹に昇進できなければ退職して他に再就職しなければなりませんでした。私も、このまま上のほうの階層に順当に昇進していける自信がなかったことも自衛官をやめた理由の一つですが、そのあたりの制度はもう少し柔軟にしてもよいのではないでしょうか」(主夫男・太郎さん/10月8日付当サイト記事より)
2024年3月末の自衛隊の定員は陸上自衛隊が15万245人、海上自衛隊が4万5414人、航空自衛隊が4万6976人、統合幕僚監部などが4519人。充足率は90.4%で現員は22万3511人に上る。23年度の自衛官などの採用数は、計画数1万9598人に対し実績は9959人(前年度比約1800人減)。陸・海・空曹自衛官を養成する「一般曹候補生」の採用数は4969人(計画数7230人)。教育を経て3カ月後に2等陸・海・空士(任期制自衛官)に任官する「自衛官候補生」は3221人(計画数1万628人)となっている。
最後に、自衛官という職業の魅力についてティラノ伍長さんに聞いた。
「私は16年の熊本地震の際に現地に派遣されて生活支援に従事しましたが、やはり自分の仕事が国の役に立っているということをダイレクトに実感できるというのは、自衛官としてやりがいを感じられるところです」
(文=Business Journal編集部、協力=ティラノ伍長/フリープロレスラー、元陸上自衛隊)