元自衛艦隊司令官・元海将が、情報(インテリジェンス)担当の上級現役士官に何の目的でブリーフィングを頼んだのか――。
海上自衛隊の酒井良・海上幕僚長(海幕長)は26日、防衛省で開かれた緊急会見で、安全保障上の特定秘密が漏えいしたと発表した。防衛省は同日、元海自情報業務群司令で、現・海自幹部学校に所属する井上高志一等海佐を懲戒免職とした。特定秘密保護法では、政府が安全保障に関わる情報のうち「外交」「防衛」「スパイ防止」「テロ防止」の4分野で特に秘匿する必要があるものを指定する。漏えい情報は同法に抵触したという。
会見によると、井上元一佐は2020年3月、自衛艦隊司令官を務めた元海将に“日本の安全保障情勢に関するブリーフィング”を実施。その際、防衛省が収集した情報や自衛隊の運用に関する情報のうち“特定秘密にあたるもの”を漏らしたのだという。内容は特定秘密なので不明。
ブリーフィングは、元海将が井上元一佐らに依頼し、20年2~3月に計3回実施されたという。同年3月に漏えいの疑いに関する情報提供があり、防衛省が調査していたのだという。酒井海幕長は「元海将から外部への漏えいは確認されていない」とした。
原因は現役士官の情報保全意識の欠如?
酒井海幕長は、特定秘密漏えいの原因に関し次のように説明した。
「井上一佐は情報業務に4年余りの経験を有し、情報業務に関する知識経験は豊富にある。一等海佐、情報部隊の指揮官という観点からも強い情報保全意識を求められております。
元自衛艦隊司令官が特定情報などにアクセスする権限を有していないことも認識しており、自分が漏えいした情報が特定情報に該当することも認識しております。これらの条件がそろいながらも、情報漏えいをしてしまったということは、井上一佐の情報保全意識、順法精神の欠如が一番の大きな原因、背景であろうと考えおります」(発言ママ、以下同)
また、酒井海幕長はOBと現役自衛官の“情報交換”について次のように説明した。
「OB、特に自衛隊の要職等に就かれた方は相当の見識・経験などをお持ちになっております。退職された後に、ある程度自由な立場で防衛政策、海上自衛隊の政策についてご発言いただくことは海上自衛隊にとりましても有益と考えております。
他方、今回の事案のような、現役の“秘”の情報を取り扱うことのできる隊員との接点やその情報に関しましては、アクセス権がないという認識を十分にお持ちいただいて、そのうえでの現役自衛官へのサポート、ご支援などいただければ一番良い関係になろうかと思っております。
また現役自衛官にとりましても、OBとなる退職自衛官のお力を得ながらも、OBに対して開示できる情報がどういうものか、しっかり認識しながら、逆にOBに迷惑をかけることがないように、しっかり現役とOBの間の線引きをつけることが大事だろうと思っております」
ブリーフィングは何のために行われたのか
井上元一佐とこの元海将の間には強い信頼関係があったともいう。しかし、「信頼関係」があったというのは、部外者であるOBに現役上級士官がブリーフィングする理由になるのだろうか。別の海上自衛隊OBは語る。
「上下関係が絶対の組織ですから、退職後も隊内で築かれた人間関係は続きます。入隊時の先輩後輩、退職時の階級はもちろん、同期であっても“どちらが先任か”は意識され続けるものです。ただ個人的な付き合いをしていて、“秘”に触れるような案件の説明を、寄りにもよって情報担当士官に特別に求めるということは、まずありえません。後輩と世間話をしているのとは訳が違います。つまり元海将に、当時の海自の現況について現役の人間にブリーフィングしてもらう必要があったのは間違いないでしょう」
では、OBが現役自衛官からのブリーフィングを必要とする時とは、どのようなケースが考えられ得るのか。
「マスコミから専門的なインタビュー取材を受けた時か、どこかの講演会に呼ばれた時でしょうね。マスコミや聴衆に対しては、“秘”にあたる部分を端折ってしゃべらない。けれど、“秘”の部分も含めて現役自衛官から話を聞いておくということは、いかにもありえそうな話だと思います」
政府は今月、来年度予算案に「敵基地攻撃能力」として活用する米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入費用を計上した。その矢先の不祥事発覚だ。酒井海幕長の会見でも、「特定秘密漏えいが米国からの武器調達に与える影響」や「同盟国に対する日本の信義への影響」を指摘する質問も出た。
一方で今回の事案の発表と処分で、海自OBの言論やメディアへの露出が委縮することを危惧する指摘も挙がっていた。
「米国からの武器調達は、いろいろな意味で繊細さが求められます。海自ではかつてイージス艦情報の機密漏えい事件が発覚し、米国製最新鋭ステルス制空戦闘機F‐22の空自導入計画に深刻な影響を与えた経緯があります。
海自だけではありませんが、元高官で講演会やマスコミに露出する方も最近増えているイメージがあります。現役自衛官に対する綱紀粛正はもちろん、今回の処分は防衛省による自衛隊OBに対する“けん制球”としての意義も大きいと思います」(前述の海自OB)
(文=Business Journal編集部)