被害者が告白、男性幹部自衛官が女性隊員に性的暴行…自衛隊、組織的な問題が浮き彫り
「二度と私のような性暴力の被害者を、自衛隊から出したくないんです」――。
筆者にこう打ち明けてくれた元自衛官で20代女性のAさんは、昨年7月に北海道の矢臼別演習場での訓練中に、40代の男性幹部自衛官(以下、B)から性的暴力を受けた。この幹部自衛官は強制性交等罪で起訴され、実刑5年の判決が今年2月に下されている。Aさんは今年3月に退官したが、「男性隊員が大多数の自衛隊では性犯罪事案に対する理解がまったくないと言ってよく、このままでは被害は繰り返されるばかりだ」と再発防止のため、思い出すのさえ辛い記憶を筆者に語ってくれた(事件説明における階級は当時)。
男性幹部自衛官、演習場内で性的暴行、「性的欲求を満たすためにやった」
この事件の概要は、すでに今年2月に自衛隊が発表している。陸上自衛隊北部方面隊第7師団第7特科連隊に所属していたBが、昨年7月26日、訓練で訪れていた矢臼別演習場で、同連隊に所属していたAさんに性的暴行を加えた。同月中にAさんが隊に報告したことで事態が発覚し、Bは昨年11月、自衛隊内の警察である「警務隊」に逮捕され、昨年12月に強制性交等罪で起訴された。今年2月25日に実刑5年の判決が下り、懲戒免職処分を受け、現在、服役中だ。
Bは自衛隊の調査に「自己の性的欲求を満たすために暴行してしまった」などと動機について話している。Aさんが記録していたメモや証言をもとに、実際にどのような犯行が行われたのか、明らかにする。なお、以下の内容は、Aさんが隊の調査でも証言しているものであり、公判でも事実認定されたものである。
男性自衛官、階級差で逆らえない部下の女性隊員に犯行
事件は、昨年7月18日から31日までに矢臼別演習場で実施された訓練中の26日夜に起きた。この時、8月に異動になる隊員の送別会と隊員の士気高揚を目的としたバーベキュー形式の宴会が宿営地内で開かれていた。野外で新型コロナウイルスの感染拡大防止対策を行った上で実施され、飲酒も許されていた。消灯時間が23時のため、22時半すぎに会はお開きとなり、Aさんは同僚と片付けをしていた。
その際、Bに話し掛けられた。Aさんは先輩女性隊員と隊内でいざこざがあり、その件を聞いたBが「先輩と仲直りしないのか」と聞いてきたのだ。当時1等陸士だったAさんは、3等陸尉だったBとの面識がまったくなかった。「一般企業でいえば新人と部長くらい違う」(自衛官)ため、関わりがなかったのはむしろ自然だろう。一方のBは「隊内での働きが印象に残っていた」などと話しており、Aさんの存在はそれ以前から知っていたという。
Aさんは幹部と話す機会もほとんどなかったため失礼があってはならないと思い、回答を曖昧にし、その場を立ち去ろうとしたが、Bに呼び止められた。Bはおもむろに「空挺団に興味はないか」などと今後の昇任について話し始めたが、消灯時間が迫っていたこともあり、女性隊員専用の宿泊テントに戻ろうとした。
その時、いきなりBにお姫様抱っこされた。Bが酔っていることを認識し、「下ろしてください」と伝えたが、そのまますぐ近くの喫煙所まで連れて行かれた。その際、23時の消灯時間となり、街灯以外の電気がすべて消えており、月明かりで凝視してやっと相手の顔の輪郭が認識できる程度だったという。
Bがタバコを吸い終わったタイミングで「テントに戻ります」と伝えたところ、「主任の俺と話していたと言えば怒られない。人目が気になるならアンビ(自衛隊の専用車両)に行こう」と言われた。階級差もあり、強く断ることができずにアンビに連れて行かれた。当初は再び今後のキャリアについて話し始めたBだが、話がそれて「彼氏はいないのか」と言われたため、Aさんは「そういう話になるのであれば帰ります」と伝えた。その時に怖いなという実感もあったという。以下はAさん。
「男女2人きり、上官とはいえ酔っている。階級差で断れない。消灯を過ぎていて助けが呼べない。テントはすぐ近くにあるとはいえ、助けを求めたとしても、そばの発電機の音で消される。運良く見つけてもらえたとしても陸士と幹部、立場的にも不利になるのは私だと思いました」
そこで、「明日の訓練も早いのでテントに戻ります」と切り出したAさんだったが、Bは「ハグして解散にしよう」と答えた。「本当にハグだけですか」と聞いたところ、「本当だよ。俺は奥さんも子供もいるし。俺は主任だよ」と言われ、Aさんはテントに戻りたい一心でしぶしぶハグをしたが、Bはハグではとどまらず、力づくでAさんへの犯行に及んだ。
犯行直後の反応は被害者それぞれ
犯行を受けたAさんはテントに戻り、演習に参加していない同期の女性隊員にLINEで被害を受けた旨を連絡。その時間が令和2年7月27日0時01分で、現場に残された体液とともに、これがのちのち裁判での決定的証拠となる。その後、翌朝の訓練に参加し、28日は夜間まで忙しかったのもあり、すぐには報告できなかった。Aさんは「演習は31日まであるので、この期間で警務隊が介入してくれば、駐屯地への帰隊が遅れてしまうかもしれないとの懸念があった。とにかく早く帰りたかった」と当時の心境を振り返る。
Aさんが被害を受けた直後に訓練に参加していることや、帰隊時期のことまで考えて行動していることに違和感を覚える読者もいると推察する。しかし、痴漢も含めた性暴力の被害者の反応は、直後に泣き落ちて体が動かなくなる方もいれば、数日後に冷静になって振り返ってから改めて恐怖を感じる方などさまざまである。Aさんは「平気で」「普段通りに」訓練に参加したわけではないことは、特に自衛隊関係者には、ここで強調しておきたい。
犯行直後にもかかわらず、酔った男性幹部自衛官が待ち伏せて被害者を再び訪れる
Aさんの悲劇は、まだこれで終わったわけではない。29日夜には所属する中隊での飲食をともなう慰労会が開かれた。パワハラ・セクハラ相談員の3等陸曹に場所を変えて相談し、訓練が終わったら中隊長に報告したいと伝えた。すぐに報告したほうがいいと言われたが、先ほどの通り、警務隊の介入によって駐屯地への帰隊が遅れることを懸念し、その日の報告は見送った。
その後、なんとその慰労会には出席していないはずのBが待ち伏せしており、作戦室として設置されたテントに連れて行かれた。Bはまた酔っている様子で、そこでも同じような昇任やキャリアについての話をされた。
帰りが遅いと心配した同期から連絡があり、AさんはLINEで「さくせんしつ」「はやくきて」と送った。陸士長の先輩からも電話があったが、Bには「俺といるって言えば大丈夫」と言われ、電話越しで雰囲気を察した先輩は電話を切った。少し前にBから被害に遭ったAさんは恐怖でいっぱいで逃げることもできなかったが、20分ほどしたあとにLINEを送った同期が駆けつけてくれたため、中隊に戻ることができた。Aさんは、またいつBが来るかわからず、早めに女性隊員専用の宿泊用のテントに戻り就寝した。
男性幹部自衛官、泥酔状態で女性専用テントに侵入
30日午前1時ごろ、同じテントで寝ていた同僚に起こされると、なんとそこに泥酔したBがいた。このテントは女性隊員しかおらず、当然侵入するなどもってのほかだが、また昇任やキャリアについての話を始めたが、しばらくして出ていった。
とりあえず、その日は寝ることにしたAさんたちだが、その後、テントの外から誰かが歩く音がし、音のほうへ目をやると、テントをまくって手が伸びて来た。BがAさんの寝具を外から触ってきてのだ。それを見た同僚は上官に報告し、Bを連れて行ってもらった。
再び寝直し起床後、夜中の件を改めて隊に報告した。演習終了まであと1日だったが、女性専用のテントにまで侵入してくるBを放置していては他の女性隊員にも危害を加える可能性があると判断し、中隊長に報告、女性隊員はテント内隔離されることになった。Bも隔離されることになった。30日の夕方から警務隊が到着し31日以降、昨年11月下旬ごろまで聴取が続くことになる。
加害男性隊員、階級を利用した卑劣な犯行、泥酔状態も自衛官として失格
この事件でBは何回も「俺は主任だ」と自分がAさんの上司であることを誇示した上で、関係を迫っており、パワーハラスメントの要素もあることは強調したい。自衛隊は階級社会であり、民間企業などに比べてより上下関係が組織の人間を強く束縛する。しかも演習場という特殊な場所での犯行であり、住宅地や繁華街などと違い、Aさんには助けを呼びにくくする心理が働いたと考えられる。
また、いつ何時でも生命に関わる行為に従事する可能性のある自衛官である以上、慰労会のたびに泥酔状態になること自体、論外である。このBは酒に酔うと女性に言い寄る性質があるように見受けられるが、こういう男性隊員が自衛隊に存在し続ける限り、第二第三のAさんが生まれることは避けられないだろう。
個人の性質の問題でなく、防衛省、陸上自衛隊の組織全体の問題
処分について第7特科連隊長の竹内肇一等陸佐は今年2月に「今回このような事案が発生し被害者の方には深くお詫び申し上げる。本人の自覚の欠如によるものであり判明した事実に基づき処分した。今後このようなことの無いよう隊員指導を徹底していく」と報道機関に向けたコメントを出している。
しかし、この事件は「本人の自覚の欠如によるもの」といったB本人の性質だけに帰するものではない。筆者の取材によると、Bは事件以前にも自衛隊内でセクハラ事案を起こしており、性的暴行を女性隊員に及ぼす可能性が高い人間であることは、防衛省も陸上自衛隊の幹部も把握していたものと考えられる。にもかかわらず、野放しにしていた以上、Aさんの被害は組織全体の責任問題として取り上げるべきである。
女性隊員に対する性暴力に対して超男性社会の自衛隊がいかに甘く、不十分な対応しかしなかったか、Aさんがいわれのない誹謗中傷にいかに苦しんだか、次回、詳述する。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)