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DeepSeek、ファーウェイ製AIチップ向けツールを無償公開…それでも日本企業が簡単に乗れない理由

2026.10.08 05:55 2026.10.07 18:11 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント

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●この記事のポイント
DeepSeekは2026年9月30日、ファーウェイ製AIチップ「Ascend」向けに、TileLangやDeepGEMMなどの開発基盤をオープンソース化した。エヌビディアの強みであるCUDAの壁にソフトで挑む動きだが、日本企業には米BIS指針や経済安保上の制約がある。推論コストが膨らむなか、ベンダーを乗り換えられる設計とリスク管理の3策を示す。

 9月30日、中国のAI開発企業DeepSeekが、ファーウェイ(華為技術)のAI半導体「Ascend(昇騰)」向けの開発基盤一式をオープンソースとして公開した。演算処理の最小単位である「カーネル」を記述する高水準言語「TileLang」のAscend版に加え、行列演算ライブラリ「DeepGEMM」、分散通信ライブラリ「DeepEP」、長文処理を効率化する注意機構ライブラリ「FlashMLA」など。いずれも同社がこれまでエヌビディア向けに公開してきたものと1対1で対応する構成だ。

 米国の輸出規制で最先端GPUを調達しにくい中国が、ハードの性能差をソフトウェアで埋めにかかっている。米中対立の一幕に見えるが、GPUコストの重さに頭を抱える日本企業にとっても無関係ではない。かといって「安い選択肢が増えた」と単純に喜べる話でもない。何が起きているのか、日本企業は何を備えるべきかを整理したい。ただし日本企業には、Ascendの使用を規制違反のおそれがあるとする米商務省の指針(2025年5月)や、データ管理・経済安保上の制約があり、安さだけで乗り換えられる話ではない。

●目次

エヌビディアの強さは「チップ」より「CUDA」にある

 エヌビディアの勢いに陰りは見えない。8月26日に発表した2027年度第2四半期(2026年5〜7月)決算は、売上高962億ドル(前年同期比106%増)、うちデータセンター部門が890億ドル(同117%増)。粗利益率は75%に達した。

 この強さの土台にあるのが、2007年から積み上げてきた開発基盤「CUDA」だ。PyTorchをはじめ主要なAIフレームワークはCUDA上で最も効率よく動くよう磨かれ、ライブラリも技術者もCUDAを前提に育ってきた。AMDやIntelが性能の高いチップを出しても、既存コードの移植と技術者の学び直しが壁になる。チップを売っているようで、実際に売っているのはエコシステムだと評される理由である。

「チップ単体の性能比較だけを見ていると読み違えてしまいます。企業がエヌビディアから離れにくいのは、十数年分のコード資産と、それを書ける人材がCUDAにひも付いているからです。競合が本当に崩すべきポイントはそこにあります」(半導体アナリスト・岩井裕介氏)

 今回の発表が照準を合わせたのも、この“ソフトの壁”だ。DeepSeekの説明によれば、TileLangのAscend版はAscendの低レベル命令を包み込み、性能を落とさずに高水準言語で書けるようにしたもの。同社が学習で使うTileLangの演算子には、すべてAscend上で対応する高性能実装がそろったという。主要コンポーネントの演算・通信性能も、複数のテストでハードウェアの上限に近づいたとしている。ファーウェイとは、Ascend 950を128基束ねた「スーパーノード」構成での共同最適化も進めた。

 押さえておきたいのは、TileLangがDeepSeekの自社言語ではない点だ。北京大学の研究者を中心に開発されたオープンソースプロジェクトで、DeepSeekはV4系モデルの演算子の大半をこれで実装する最大級の利用者という位置づけにある。特定企業の囲い込みではなく、開かれた言語を軸に据えたことは、エコシステムづくりとしては理にかなっている。

 一方で、チップ単体の差はなお大きい。Ascendは、米政府もファーウェイ自身も、エヌビディアの最先端品に少なくとも1世代遅れるとみている。だからファーウェイは、大量のチップを高速な相互接続で束ねるシステム設計で補う道を選んだ。9月の「HUAWEI CONNECT 2026」では、Ascend 950搭載のスーパーノードが商用利用段階に入ったと発表している。米国の対中輸出規制も追い風となり、ファーウェイは約500億ドル規模とされる中国国内のAIチップ市場で、およそ半分を握るまでになった。

 もっとも、性能の数字はいまのところ当事者の自己申告だ。第三者が市場で調達したAscendで同じ結果を再現できるか。評価が定まるのはそこからになる。なお、DeepSeekは推論向けの自社チップを開発中とも報じられており、中国勢も単一ベンダーへの依存を避けようとしている点は見落とせない。

企業を悩ませる「推論コスト」と、ハード抽象化の流れ

 視点を企業側に移す。PwCが2026年1月に公表した世界CEO意識調査(95カ国・地域、4454人)では、過去12カ月でAIによる売上増もコスト減も実現できていないと答えたCEOが56%に上った。生成AIへの投資意欲は旺盛でも、成果の回収はまだ道半ばというのが実態だ。

 重くのしかかるのが推論コストである。デロイトは、2026年にはAI計算量の3分の2を推論が占めると見込む。学習は一度で終わるが、推論は使われるほど費用が積み上がる。

「PoC(概念実証)では気にならなかった従量課金が、全社展開した途端に跳ね上がるというケースが、非常に多く見受けられます。高性能GPUが要らない処理まで同じ基盤で回しているケースは珍しくありません」(同)

 ここで効いてくるのが、ハードの違いをソフト側で吸収する「抽象化」の流れだ。OpenAIが主導するカーネル記述言語「Triton」、AMDの「ROCm」、そして今回のTileLang。いずれも「CUDAで直接書かなくても性能を引き出せる」方向を目指している。グーグルのTPUやAWSのTrainiumなど、クラウド大手の独自チップも広がった。

 ただし、「AIコストが一気に何分の1になる」と考えるのは早計だ。移植や検証の工数、運用ノウハウ、サポート体制まで含めれば、乗り換えが割に合うかは処理の中身次第で変わる。確実に言えるのは、「すべてを最高性能のGPUで回す」以外の選択肢が、技術的には現実味を帯びてきたということだ。

日本企業が直面する「コスト」と「地政学」の板挟み

 では、日本企業がAscendを使えばいいのかといえば、そう簡単ではない。

 第一に、米国の輸出管理規則(EAR)がある。米商務省産業安全保障局(BIS)は2025年5月、Ascend 910B/910C/910Dについて、米国の技術を用いて開発・製造された可能性が高く、使用すれば規制違反のおそれがあり、執行措置の対象になりうるとの指針を出した。950系が明示されているわけではないが、同じ論理が適用される余地は残る。逆に中国側は、外国の制裁措置に協力する企業を反外国制裁法でけん制する立場をとる。どちらに付いても法的リスクを抱えかねない構図だ。

 第二に、データの扱いがある。個人情報保護委員会は2025年2月、DeepSeekのサービスで取得されたデータが中国国内のサーバーに保存され、中国の法令が適用される点について情報提供を行い、デジタル庁も政府機関に注意を促した。ただし、これはDeepSeekが提供するクラウドサービスの話であり、公開されたモデルやソフトを自社環境で動かす場合とはリスクの性質が異なる。両者を混同せずに評価する必要がある。

 第三に、経済安全保障推進法の基幹インフラ制度だ。電力や金融、通信など指定された事業者は、重要設備の導入時に国への事前届出が求められる。調達の自由度は、業種によってそもそも違う。

「日本の外為法だけでなく、米国規制の域外適用も意識しなければなりません。海外子会社や委託先のデータセンターで何が動いているのか、把握できていない企業は意外に多いものです」(同)

 世界は「米国主導の高コスト圏」と「中国主導の低コスト圏」に割れるのか。現時点ではそう単純ではない。Huaweiは中東や東南アジアへの輸出を探っているが、提示しているのは旧世代の910Bを数千個規模にとどまると報じられた。一方で湾岸諸国は、NVIDIAやAMDのチップを複数年で100万個超調達する契約を結んでいる。ハードの調達網は分断が進む一方、オープンなモデルやソフトは国境をまたいで使われ続ける。分断は「二極化」というより「層ごとに分かれていく」形で進むと見るのが妥当だろう。日本企業にとっては、アジアの取引先や委託先がどの技術基盤の上で動いているかが、今後の確認事項に加わることになる。

IT責任者・経営層が今取るべき3つのアクション

1. ワークロードを棚卸しし、インフラを使い分ける 大規模な学習や高度な推論と、定型的な推論や社内検索とでは、必要な計算資源がまるで違う。処理ごとに必要な性能とコストを洗い出し、小型モデルや別系統のチップで足りるものは切り分ける。最初の一歩はここだ。

2. 「いつでも移れる」設計にしておく CUDAに直接依存するコードを増やさず、PyTorchなどの標準的な層や推論エンジン、カーネル記述言語を介した構成を基本にする。モデルも差し替え可能にしておく。仮にNVIDIA環境を使い続けるとしても、移行できる状態にあること自体がクラウド事業者との価格交渉力になる。

3. 地政学リスクを調達基準に組み込む コストと性能に加え、チップの出自、輸出管理上の位置づけ、データの保存場所を調達の評価項目に入れる。IT部門だけで判断せず、法務や経済安全保障の担当と組む体制をつくり、規制の変化に合わせて定期的に見直す。

「NVIDIA独占の終焉」と言い切るには、まだ材料が足りない。今回変わったのは、ハードの選択肢を広げるソフトの層が厚みを増したことだ。日本企業に問われているのは「どのチップを買うか」より、「いつでも乗り換えられる設計になっているか」だろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント)

【主な参照データ・出典】
DeepSeek公式発表(2026年9月30日)/IT之家、華爾街見聞の報道
Reuters「DeepSeek partners with Huawei to develop chip programming tools」(2026年9月30日)
Reuters「China’s DeepSeek developing its own AI chip, sources say」(2026年7月7日)
NVIDIA 2027年度第2四半期決算発表(2026年8月26日、SEC提出資料)
TechNode「Huawei NPO-based Ascend 960 supernode」(HUAWEI CONNECT 2026、2026年9月17日)
PwC「第29回 世界CEO意識調査」(2026年1月19日)
CIO.com「AI predictions for 2026」(デロイト予測の引用)
米商務省BIS ガイダンス(2025年5月13日)/O’Melveny解説
個人情報保護委員会「DeepSeekに関する情報提供」(2025年2月3日)、デジタル庁 注意喚起(2025年2月6日)
Bloomberg「Huawei Seeks AI Chip Clients in Middle East, Southeast Asia」(2025年7月10日)

BusinessJournal編集部

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公開:2026.10.08 05:55