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1日の遅れが数千億円の損失に…半導体装置の「性能競争」は終わりへ、東京エレクトロンの選択

2026.07.26 05:55 2026.07.25 00:03 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント

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●この記事のポイント
東京エレクトロンが半導体製造装置の「立ち上げ期間半減」を発表。河合利樹社長がロボット活用やAI(プロセスインフォマティクス)導入を表明。ASML・AMAT・ラムリサーチとの性能競争が限界に近づく中、TSMC熊本工場(投資額2.7兆円規模)のような巨大工場で「導入スピード」が新たな差別化軸になる構造を解説する。

 半導体製造装置の世界大手、東京エレクトロン(TEL)が新たな一手を打ち出した。河合利樹社長は日本経済新聞の取材に対し、新しいモデルから順次、装置を工場に導入してから稼働させるまでの「立ち上げ時間」を半減させたいという方針を明らかにした。生産工程へのロボット活用などを通じて実現を目指すという。

 一見すると、これは製造現場の効率化という「地味な話」に映るかもしれない。しかし、その裏側を読み解くと、米アプライドマテリアルズ(AMAT)、米ラムリサーチ、そしてオランダASMLという世界の巨頭と競い合うTELが、勝負の土俵そのものを変えようとしていることが見えてくる。半導体の微細化がハードウェアの性能だけでは差がつきにくい局面に入るなかで、なぜ「時間」がここまで重要な武器になり得るのか。その構造を整理する。

●目次

巨大工場の1日の遅れが意味するもの

 半導体の生産拠点を新設するコストは年々膨らんでいる。象徴的なのがTSMCの熊本第2工場だ。当初は約1.9兆円規模とされていた投資額が、AI向け半導体需要の急増を受けて2.7兆円規模へ拡大し、さらに最先端の2ナノメートル世代への対応を検討する案では投資規模が3.9兆円に達するとの試算も報じられている。1棟の工場に数兆円規模の資金が投じられる時代において、装置の稼働開始が数週間、数か月遅れることの機会損失は、単なる「工程の遅延」では済まされない規模になる。

 半導体市場自体も拡大を続けている。国際団体SEMIの分析に基づけば、世界の半導体市場は2030年に1兆ドル規模に達すると見込まれており、生成AI向けサーバーや先端デバイス向けの投資需要は当面衰える気配がない。TELの河合社長自身も2026年に入り、市場拡大が想定より前倒しで進んでいるとの認識を示し、研究開発や設備投資のペースを「目標を上回るペースで」引き上げていると語っている。

 こうした状況下で、ファウンドリ各社が最も恐れているのは「装置は納品されたのに、稼働までに時間がかかり生産ラインが遊んでしまう」事態だ。河合社長は「毎月のように受注台数が増えている」とし、今後2年間で主要顧客のほぼすべてが新たな製造拠点の立ち上げを予定していることにも言及している。顧客が今もっとも欲しいのは「わずかに性能が高い装置」ではなく、「一日でも早く工場を動かしてくれる装置」なのである。

性能の差別化が難しくなる中での新基準

 半導体製造装置の世界には、圧倒的な力を持つ企業がひしめく。露光装置市場ではASMLが最先端のEUV(極端紫外線)露光技術を事実上独占し、成膜・エッチング分野ではAMATとラムリサーチが総合力を誇る。2024年の装置売上高ランキングでは、1位ASML、2位AMAT、3位ラムリサーチに次いでTELが4位につけており、5位のKLAまでを含めた上位5社が業界の大半のシェアを握る構図だ。時価総額で見てもASMLは約65兆円、ラムリサーチとAMATがそれぞれ30兆円台に対し、TELは約15兆円と規模の差は小さくない。

 一方でTELは、フォトレジストの塗布・現像装置(コータ/デベロッパ)において世界シェア約9割を握るなど、特定領域では圧倒的な優位を持つ。ただし、ナノメートル単位の微細化技術が物理的な限界に近づくにつれ、装置単体の「性能」だけで他社を突き放し続けるのは年々難しくなっている。露光技術という別次元の独占力を持つASMLや、総合力で押すAMATと正面から性能競争を続けるのではなく、TELは「導入・立ち上げの速さ」という、これまで各社があまり主戦場にしてこなかった評価軸を前面に押し出した格好だ。

 なお、装置単体の性能や価格だけでなく、納入後のサポート体制や改造・アップグレードといった継続的なサービス事業の比重も年々高まっている。TELは新規装置販売に加え、既存装置の改造・アップグレード事業でも安定した収益基盤を築いており、こうした「装置を売って終わりにしない」姿勢の延長線上に、今回の立ち上げ時間半減という取り組みも位置づけられる。装置メーカー各社が新規受注の獲得競争だけでなく、顧客の稼働率をいかに高め続けるかという視点に軸足を移しつつあることの一例といえるだろう。

「職人技」からの脱却をどう実現するのか

 半導体製造装置は従来、現場に搬入した後、経験豊富なエンジニアが超精密なチューニングを重ねて初めて本稼働にこぎ着ける「職人技」の世界だった。TELが目指す立ち上げ時間の半減は、この工程そのものを作り変える取り組みだ。

 具体策として公表されているものには、次のような要素がある。第一に、生産工程や物流工程へのロボット活用だ。岩手県の拠点では部材や部品の物流を集約・自動化し、生産効率を従来比1.5倍に高める計画が進む。第二に、AIとデータを活用した「プロセスインフォマティクス」の導入である。宮城県の新開発棟では、この仕組みを使って新装置の開発期間や立ち上げ期間そのものを短縮し、将来的には生産能力を3倍に高め、年間およそ100億円のコスト削減効果を狙うとされる。河合社長は「今後もエンジニアは必要だが、これまでと同じやり方ではエンジニアの数が足りなくなる」とし、データ活用による省人化と早期化を進める狙いを説明している。

 装置に搭載したセンサーによる自己診断や、拡張現実(AR)・仮想現実(VR)を用いたメンテナンスの効率化もすでに一部で導入が進んでいる。これらを組み合わせることで、現場のベテラン技術者の勘に依存していた工程を、再現性のあるデジタルプロセスへと置き換えようとしているわけだ。

「半導体装置の世界では、これまで性能や微細化技術そのものが最大の差別化要因とされてきました。しかし装置単体の性能差が縮まりつつある今、顧客であるファウンドリにとっては、稼働開始までのリードタイムを短縮できるかどうかが投資判断そのものを左右する要素になりつつあります。TELの取り組みは、ハードウェアの提供から『稼働までの時間』を含めたサービス全体の提供へと価値の重心を移す試みと捉えられるでしょう」(半導体アナリストで経済コンサルタントの岩井裕介氏)

業界標準を変える賭けになるか

 この戦略が奏功すれば、顧客であるファウンドリの装置選定における判断基準そのものが変わる可能性がある。「TELの装置を選べば、他社より早く工場を稼働できる」という評価が定着すれば、価格や単体性能とは別の軸での競争優位が生まれる。世界的に半導体エンジニアの人材不足が深刻化するなかで、現地での立ち上げ作業を省力化できる仕組みは、顧客にとって切実な課題への直接的な回答にもなる。

 もっとも、この動きが業界標準として定着するかどうかは、AMATやラムリサーチが同様の取り組みをどこまで加速させるかにも左右される。実際、TELの2026年3月期決算では、売上高が2兆4435億円と2期連続で過去最高を更新した一方、研究開発費の増加(前期比11.1%増の2778億円)などが響き、営業利益は6249億円と前期比10.4%の減益となった。立ち上げ時間の短縮や生産能力増強のための投資が、短期的には利益を圧迫する構図も見て取れる。2027年3月期上期の業績予想では売上高が前年同期比33.1%増の1兆5700億円になる見通しが示されており、AI向け需要を追い風にした成長投資が続くとみられるが、投資回収のペースや競合の対応次第で戦略の評価は変わり得る点には留意が必要だ。

「装置産業における競争優位は、かつては微細化の世代が一つ進むごとに刷新されてきました。しかし先端プロセスの開発コストが跳ね上がり、性能面での差別化が年々難しくなるなかで、次の競争軸は『顧客が投資したお金をいかに早く生産・回収に結びつけられるか』に移りつつあります。立ち上げ期間の短縮は地味に見えますが、顧客企業の投資回収計画そのものに直接影響する指標であり、装置選定における優先順位を左右し得る取り組みだと考えます」(同)

「時間」を武器にする発想の転換

 日本企業はしばしば「技術で勝ってビジネスで負ける」と評されてきた。優れた技術を持ちながら、それを収益や市場での優位性に結びつける仕組みづくりで後れを取る、という文脈で語られることが多い言葉だ。

 TELが今回打ち出した「立ち上げ時間の半減」という方針は、性能そのものではなく、顧客が抱える「時間」という切実な課題を解決することで競争優位を築こうとする試みだと整理できる。半導体産業全体がAI需要を背景に拡大を続けるなかで、装置の性能だけでなく、それをいかに早く顧客の現場で価値に変えられるかが問われる時代に入りつつある。TELの取り組みが実際にどこまでの成果を上げるかは、今後の決算や顧客からの評価を通じて検証されていくことになるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント)

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公開:2026.07.26 05:55