人間の20分の1から始まる家事ロボット…「AI住宅」は3年でどこまで進化するか

●この記事のポイント
・住宅スタートアップMWが、AI・ロボティクス・建築を融合した次世代住宅「Living Home」を初公開した。累計30億円を調達し、家庭内OSや家事ロボットを開発。2028年の販売開始を目指す。家が住人を理解し、家事まで担う「フィジカルAI住宅」はどこまで実現しているのか。発表会の実演から、その構想と現在地を追う。
生成AIの進化は、いまやソフトウェアの外側にある「物理世界」へと広がりつつある。ロボットや建築、センサーが融合し、人間の身体的な作業をAIが代替する。こうした技術領域は「フィジカルAI」と呼ばれ、国内でも経済産業省が主導する国家プロジェクトの対象になるなど、急速に注目を集めている。
そのフィジカルAI領域で「住宅」という最も生活に密着した空間に挑むスタートアップが、株式会社MW(ムウ)だ。2024年2月、クラウドワークス元副社長・取締役の成田修造氏らが共同創業し、建築・AI・ロボティクスを垂直統合した次世代住宅「Living Home(生きた家)」の開発を、約2年半にわたり非公開で進めてきた。2026年6月にはシードラウンドで累計30億円を調達し、経済産業省とNEDOが主導する生成AIの国家プロジェクト「GENIAC」にも、家庭用AIロボット企業として唯一採択されている。
9月10日、東京・豊洲で開かれた発表会では、その構想と実機が初めて一般に公開された。本稿では、成田氏らが語った「家の再発明」というビジョンと、実際に披露されたデモンストレーションの様子を、見たままに記録する。
●目次
- 雨の豊洲、パイプ椅子とぬかるみの会場
- 「家に命を宿す」──成田修造が語るLiving Homeの構想
- 買い物からタオル畳みまで、実機デモの一部始終
- 種明かし──「今日のデモはテレオペレーションです」
- 理想と現在地のあいだで
雨の豊洲、パイプ椅子とぬかるみの会場

9月10日午後、指定された会場に足を踏み入れた記者を迎えたのは、パイプ椅子が並ぶ露天のぬかるんだ地面と、一週間降り続いた雨がつくった小さな水たまりだった。
この日の会場がなぜ屋外になったのか。成田氏は開口一番、こう説明した。
「本当に足元が悪くなってしまって、なんでこれを外でやるのかということなんですが、トレーラーハウスがあります。これ12トンあります。12トンの建物を中に入れると床が壊れてしまうということで、ガーデンプレイスでやろうとしたら1000万円追加でかかると言われまして、それはさすがに無理だということで、外の会場を選んだんです。」
重量12トンのトレーラーハウスを持ち込む苦肉の策だったというが、誤算はもう一つあった。
「早速、轍という名の穴を開けてしまいまして、もうそこに今、池ができあがっているぐらい穴を開けるという、そんなハプニングがありました。」
最前列の記者に「傘をたたんでください」と声をかけるスタッフ自身は、レインコートに身を包んでいた。「知覚し、判断し、行動する」家を謳う企業が、この日最初に向き合ったのは、天候という最も原始的な環境変数だった。
「家に命を宿す」──成田修造が語るLiving Homeの構想
成田氏は、なぜ住宅なのかという問いから語り始めた。人生の多くの時間を過ごすインフラでありながら、住宅産業は硬直化し、標準化された似たような家ばかりが供給されてきた。共同代表の大野暉氏が110カ国を旅して見てきた建築との対比も踏まえ、「産業の硬直化」と「顧客としての感覚」を融合させれば再発明の余地があると考えた、という。
成田氏が繰り返し使ったのは「生きた家」という表現だ。
「僕らは、知覚、そして知性、そして最後に身体、この3つの要素を持ったもの、これは生命と言えるだろうと思ってまして、家自体にこの3つの要素を組み込んでいこうというのを今考えている」
センサーと独自開発の音声AIで住人の状態を知覚し、AIが状況を判断し、最終的にはロボットの「身体」が行動する。この一連のソフトウェアを同社は「ムーインテリジェンス」と名付け、家庭内OSとして位置づける。既にアーバン・オーシャン・マウンテンの3シリーズで20件超のプロジェクトが進行し、目黒の物件は販売初日に完売したという。価格帯は現状2億〜4億円で、タワーマンションからの住み替え層や海外移住者を主な顧客に想定していると、質疑応答で成田氏は明かした。
買い物からタオル畳みまで、実機デモの一部始終
プレゼンテーションの終盤、同社でAI・ロボット開発を率いる浅谷聡氏(社内通称「マスター」)が登壇し、約15分間のライブデモンストレーションが始まった。
まず天井のレールを移動する運搬ロボット「カーゴロボット」が、買い物袋をキッチンまで運搬。磁力での着脱を経て、上半身型のマニピュレーションロボット「ワークロボット」が荷物を受け取り、冷蔵庫への収納作業に移った。醤油、人参、ペットボトルの水を、指先のカメラを頼りに一つずつ格納していく。狭いキッチン空間で、ロボットの「背骨」にあたる可動機構を上下させながら作業する様子が披露された。
続く洗濯パートでは、乾燥済みという想定のフェイスタオルとTシャツを、ロボットが作動音と共に広げてしわを伸ばし、折りたたんでいく作業を見せた。浅谷氏はこの作業の難しさを、こう説明した。
「ロボットがこういう柔らかい布の製品を折りたたむというのは、実はすごく難しいタスクになるんですね。衣服のような布製品は非常に柔らかくて、毎回状況が変わってしまう。その変わった状態をうまく認識して、それに合わせて行動を変えて折りたたんでいかないといけない」
実際の作業には相応の時間がかかり、畳み終えたタオルとTシャツを浅谷氏が持ち上げて見せた仕上がりは、決して折り目のくっきりしたものではなかった。それでも、作業を終えたロボットが天井のパントリー収納スペースへと自ら「格納姿勢」で戻っていく様子は、成田氏が語った「仕事をしていない間は隠れている」という設計思想を、確かに体現していた。
種明かし──「今日のデモはテレオペレーションです」

デモ終了後、成田氏はスマートフォンで初期の開発映像を示しながら、こう振り返った。
「最初にやった時はもうネジが全然うまくグリップできないとか、ペットボトルすらもう落としてしまうみたいな状況から開発をして、今この状況になってるんですけど、その状態からここに来るまでで3カ月です。今この速度も1カ月前と比べても倍ぐらいの速度に改善しています」
その上で成田氏は、現時点の限界にも率直に触れた。
「ポイントは、これがまだ入口ということです。今、このロボットの速度というのは、人間の20分の1なんですね。20分の1を3年で10倍、つまり人間の2分の1の速度まで上げるというのが今の僕らの計画です。」
速度を上げるために必要なのが学習データだという。同社は「日本最大級のフィジカルAIデータファクトリー」を開設し、人間がロボットと同一の関節構成を持つ専用デバイスを操作して家事動作のデータを収集していると説明した。現在20台、来月以降は50台に増やし、年間5万〜10万時間分のデータ収集を目指すという。
質疑応答では、この日の実演が学習済みAIによる自律制御だったのかを問う質問が出た。これに対し、浅谷氏はこう明言した。
「今日のデモンストレーションは、実はテレオペレーションをしておりまして、遠くでロボットを操縦している人が実はいます。」
つまり、この日会場で披露されたタオル畳みは、AIの自律判断による動作ではなく、人間の手による遠隔操作だった。会社側はこれを隠していたわけではなく、デモ終了後、質問に応じる形で自ら明かしている。あくまで現段階は、将来の自律化に向けたデータ収集の一環という位置づけだ。ロボット付き住宅のデモは2027年、販売開始は2028年を目標としている。
理想と現在地のあいだで
「家が知覚し、判断し、自律的に行動する」成田氏が繰り返し語ったコンセプトと、この日会場で実際に見えたものの間には、まだ埋まっていない距離がある。目玉のロボットは人間が操縦し、その所要時間と仕上がりは、家事から人間を解放する未来にはまだ遠い。一方で、発表会は一週間続いた雨の影響を受け、露天のぬかるんだ会場で行われた。「環境を知覚し、判断する」という同社の壮大なビジョンとは対照的に、この日の足元にはまだ現実的な課題も残されていた。
もっとも、成田氏はこの日の実演を「最初の入口」だと繰り返し断っていた。3カ月で速度が倍増したという開発の勢いもあり、30億円の調達とGENIAC採択という追い風の中にあるのも確かだ。理想と現在地の落差をどう埋めていくのか。その答え合わせは、2027年に予定される「ロボット付き住宅」のデモを待つことになる。
ただ、この住宅を単なる「家事ロボット付きの高級住宅」として見るだけでは、少し物足りない。
Living Homeが売ろうとしているのは、現在完成している機能だけではない。「いずれ家が住人を理解し、考え、家事まで引き受ける」という未来そのものだ。この構図は、ここ十数年、アメリカのテック企業が繰り返してきたものによく似ている。最初に便利で魅力的な未来を提示し、利用者をサービスの中へ呼び込み、そこからソフトウェア、データ、決済、AIへと生活の領域を広げていく。
違うのは、今回はスマートフォンの月額サービスではなく、住宅だということだ。2億円、3億円という「一生の買い物」に、AI、センサー、ロボット、家庭内OSまで最初から組み込まれる。一度そこに住み始めれば、スマホのアプリを削除するようには乗り換えられない。将来、ソフトウェアの更新やクラウド、保守、ロボットの機能追加がどのような契約になるのかは、まだ明らかではない。だからこそ問うべきなのは、「ロボットがいつ人間並みにタオルを畳めるのか」だけではない。その家が本当に完成した時、住人は住宅を所有するのか、それとも住宅を動かすシステムの利用者になるのか。
雨の豊洲で見えたのは、まだ不器用にタオルを畳むロボットだった。しかしMWが掲げる構想が本当に実現するなら、その先にあるのは家事の自動化だけではない。住宅そのものが、AIやソフトウェアによって継続的に機能を更新していく「プラットフォーム」へと変わる可能性まで見えてくる。
(取材・文=昼間たかし)











