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ヒト型ロボットのパイオニア=日本、フィジカルAI開発で世界に勝つ…産学連携でデータセット開発

2025.07.31 2025.07.30 21:39 IT
ヒト型ロボットのパイオニア=日本、フィジカルAI開発で世界に勝つ…産学連携でデータセット開発の画像1
提供:AIロボット協会

●この記事のポイント
・AIとロボット技術の融合によるロボットデータエコシステム構築を目指す一般社団法人AIロボット協会が設立
・28社の企業(2025年6月現在)が参画し、基盤モデル開発に必要なデータの収集・保管・管理・公開などを推進
・20年ほど前にヒト型ロボットをつくった経験は日本のアドバンテージ

 開発基盤モデル「Cosmos」やロボット向け開発環境「Isaac」を運用する米エヌビディア、ロボット工学向けAIモデル「Gemini Robotics」を運用する米Google(グーグル)などが先行しているとされるフィジカルAI(物理AI)をめぐる開発競争が激化している。そうしたなか、世界で稼働する産業用ロボットの約4分の1があるといわれるロボット大国・日本でも、AIとロボット技術の融合によるロボットデータエコシステム構築を目指す一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)が設立された。AIロボットの開発促進のための取り組みとして、基盤モデル開発に必要なデータの収集・保管・管理・公開、基盤モデル・個別モデルの開発・運用・公開などを推進する。トヨタ自動車や三菱電機、NECなど28社の企業が参画するが、AIRoAの取り組みや目指すべき方向性などについて、理事長で早稲田大学 理工学術院 教授の尾形哲也氏に取材した。

●目次

AIRoA設立の背景・目的

 AIRoAのロードマップとしては、2025年にベースとなるデータセットと基盤モデルを開発・公開し、26~29年に基盤モデルの改良と社会実装を行う。そして30年以降のAIロボット開発のコミュニティ活性化につなげる計画だ。

 まず、AIRoA設立の背景・目的について、尾形哲也氏は次のように説明する。

「アメリカ、中国を軸に生成AIが出てきて、その生成AIの使われ方はLLM、AIエージェント、フィジカルAIという流れになっています。これはロボット開発の研究者からすると、『突然AIがロボットの動作生成の領域に入ってきた』という受け止め方なのです。もともと画像認識などでAIは通常に使われてはいましたが、ロボット制御の部分に関するAI研究が、ここ数年、もっといえばこの1年で急激に増えてきており、まさに過渡期を迎えています。従来のロボットの動作生成開発では、基本的には人間が考えた制御プランニングに基づきロボットを動かすという発想でした。それに対しグーグルや中国勢などが開発をリードするフィジカルAIは、ロボットの運動生成、二足・四足で歩いたり跳ねたりといった動作を、『End to End』という発想で最初から最後まで、入力から出力までをすべて機械学習だけでやるというかたちです。これは従来のロボット研究の世界にとっては青天の霹靂といえる事態です。しかも、米国、中国ではそれがあっという間に実装され、ビジネス化が検討されている状況になっているわけです。

 実は日本はヒト型ロボットの開発は20年ほど前に十分にやってきたという経緯があります。例えばホンダのASIMOは走ったし、サッカーボールも蹴ったし、階段も上りましたが、当時は結局、ビジネスにはならないという共通コンセンサスにいたりました。それが今では海外では生成AIを活用するかたちでグーグルやテスラ、OpenAI、中国企業が積極的に開発を進め始めているなか、日本はどうしても踏み切れないところがあるわけです。

 日本は現在でもロボットの生産台数も稼働率も世界一で、世界の産業用ロボットの約4分の1は日本で稼働しています。日本のロボット研究の世界には『日本はすでに勝っているし、生成AIを活用する必要はない』という考えもあるわけですが、世界ではどんどん汎用型ロボットの開発が進んで実用化への期待が高まるなかで、日本だけが取り組まなくてよいのかという危機感を持っている人も、産業界やアカデミアにたくさんいます。特に若いスタートアップのなかには、その領域に大きな可能性を感じているところがたくさんあるわけです。

 そうしたなかで必要になってくるのが、データセットと基盤モデルの整備です。特にロボット向けAIの開発に必要なデータは、インターネット上で入手できるものだけでは不十分であり、体をどう動かすのかというデータが必要になってきます。海外の有力テック企業はそうしたデータを遠隔操縦で大規模予算で集めています。これに日本の一企業や一大学が対抗しようとしても無理です。そもそも日本ではそういうデータセットという概念が今のところはない状況にあります。AIRoAではデータを集めるのに加えて、アカデミアと企業がチームを組んで、公開してもいいよというデータを提供いただき、公開・共有してAIモデル(ロボット基盤モデル)をつくっていこうという取り組みです」

日本はAIロボットとの親和性が高い

 現状では後れを取っているとはいえ、日本では有益なデータが多く集まる可能性があるという。

「日本は20年ほど前にヒト型ロボットをつくって、その時は確かにビジネスという面では失敗したといえるかもしれませんが、かなり貴重な経験を積んでいるともいえます。1960年代以降、日本は無数のロボットを開発・利用してきており、現在のフィジカルAIの流れは非常に日本に向いているはずなのです。過去の経験をバックグラウンドにしながら、産業界・アカデミアに蓄積されたデータを集約して日本全体で活用していけば、いい流れになっていくと考えています」(尾形氏)

 データ駆動型ロボットが普及すると、日本の産業界にどのようなメリットが生じるのか。

「すでに配膳ロボットや案内ロボット、警備ロボット、工事ロボットがありますが、これらは実は本来は1台で兼ねることができるものです。ロボットというのは、工場で使われる産業用ロボット以外でも用途の幅がかなり広い。そして、生成AIは汎用のAIなので、翻訳や要約、テキスト生成などさまざまな作業を頼めます。そこで、このような多機能ロボットに汎用AIモデルを適用することで、1台でさまざまなことができるようになると期待できるのです。普及台数が増えてほどほどの価格になってくれば、広い領域で使われるようになると考えられます。

 本来ロボットというのは定義的には汎用機械であり、プログラムによって、移動やマニピュレーションなどさまざまな作業について適用できるものです。その制御プログラムの部分が汎用的な生成AIに置き換わるわけです。料理や洗濯、掃除、介護現場で必要な作業を、ある程度でもしてくれるようになれば、活用分野はそれなりに多くなってくると思います。このような汎用型ロボットの開発とAI基盤モデルの構築は同時に取り組んでいく必要があり、この2つがうまくかみ合わさることによって、広い領域でアプリケーション化が進むでしょう。

 産業用ロボットも現場で名前をつけて使ったり、ペットロボットがこれだけ流行ったりしている国は珍しいのです。日本はロボットとの親和性が非常に高く、AIロボットも文化として早くかつ広く定着する可能性は高いと思います。すでにAIRoAは国の支援を受けていますが、今後も日本がAIロボットを世界でもっとも開発しやすい国になるように制度設計して頂ければと思っています」(尾形氏)

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=尾形哲也/AIロボット協会理事長)