なぜ”オワコン”と呼ばれたパジェロなのか?三菱自が仕掛ける逆転のグローバル戦略

●この記事のポイント
三菱自動車が7年ぶりに復活させた新型「パジェロ」は、2.4Lディーゼル4WDでタイ生産を皮切りに2027年度以降、世界約100カ国へ展開する。BYDなど中国EVがシェア25%超に迫るタイ市場で、ダカール・ラリー通算12勝の耐久実績を武器に、脱・都市部の新興国需要を狙う三菱の逆転グローバル戦略を読み解く。
三菱自動車が2026年9月2日、フラッグシップSUV「パジェロ」の新型を世界初公開した。国内では2019年の生産終了から7年ぶり、海外向けを含めても約5年ぶりの復活となる。2026年度にタイで生産を開始し、日本・オーストラリアに投入。2027年度以降は、ASEANや中南米、中東を中心に世界約100カ国へ順次展開する計画だ(欧州・北米は対象に含まれていない)。
「EVシフト」が世界の共通言語になったこの時代に、なぜ昭和・平成の記憶とともに語られがちな大型クロスカントリーSUVを、しかも新開発の2.4Lクリーンディーゼルエンジン一本で世に問うのか——。この疑問への答えは、単なる「懐かしの名車の復活」では説明できない。むしろそこには、価格とスペックの土俵ではもはや中国メーカーに正面から勝てないという冷静な現状認識と、それでも生き残るための緻密な逆張り戦略が透けて見える。
●目次
スペック競争からの撤退、「レガシー」という防壁
BYDや長城汽車(GWM)に代表される中国EV・ハイブリッド勢は、圧倒的な低価格と最新のデジタル装備で新興国市場を席巻している。タイでは2024年、BYDの主力EV「ATTO3」が2022年末比で約3割、「ドルフィン」も2024年6月に約2割の値下げに踏み切った。同じ「価格と装備の掛け算」で戦えば、体力で劣る日系メーカーに勝ち目は薄い。
三菱自動車が2026年5月に公表した中長期ビジョンは、この現実を前提に商品戦略を「ASEAN商品群」と「オフロード商品群」の二本柱に絞り込み、「中国ブランドに代表される競合ブランドとは別次元の特徴を磨く」と明記した。その象徴が、通算12回というダカール・ラリー総合優勝実績を持つパジェロというIP(知的財産)である。砂漠やジャングルを走り抜いた40年超の実績は、広告費では一朝一夕に築けない参入障壁だ。新型もラダーフレームに「スーパーセレクト4WD-II」と「S-AWC」を組み合わせ、最低地上高230mmという悪路走破性を正面から打ち出している。
もう一つの強みは、電子制御の塊であるEVが新興国の地方部で故障した際の「直しやすさ」だ。三菱は数十年かけてタイをはじめとする各国に販売・整備網を築いてきた。岸浦恵介社長兼COOは新型パジェロを「上質に進化した、あらゆるシーンで頼れるプレステージなクロスカントリーSUV」と位置づけ、単発モデルではなく「ブランドをけん引するフラッグシップ」に育てる方針を示している。
「新興国の地方都市や郊外では、修理拠点や部品供給網の有無が乗用車選びを左右する。中国EVメーカーが急速に生産能力を拡大している一方で、現地サービス網の成熟度では日系メーカーに一日の長がある。パジェロが打ち出す耐久性と整備性は、価格では測れない“所有後の安心感”を訴求する戦略として理にかなっている」(自動車アナリスト・荻野博文氏)
「全車EV化」の死角を突く、脱・都市部のニッチ戦略
先進国や中国都市部ではEV普及が加速する一方、中南米、中東、アフリカ、東南アジアの地方部では急速充電インフラの整備が需要の伸びに追いついていない。タイでも2025年のBEV生産は前年比644.9%増の約7万台に達したが、これは都市部の販売動向が中心で、地方の充電網整備の遅れは依然として指摘されている。
三菱の戦略は、こうした「メガトレンドの死角」を狙うグローバルニッチである。先進国市場を追わず、都市部を外れた新興国市場に的を絞る。新型パジェロは発売時点でディーゼル専用だが、これは電動化を放棄したというより、悪路耐久用途では信頼性の高い内燃機関を残しつつ、Outlander PHEVなどですでに実績のあるプラグインハイブリッド技術を他の主力車種群に振り分ける「使い分け」戦略と見るのが妥当だ。
ゼロから新市場を開拓するのではなく、姉妹車であるピックアップトラック「トライトン」(2023年に約20年ぶりにラダーフレームを刷新)で培った開発基盤と既存の販売網に新型パジェロを乗せることで、低コストかつスピーディーな横展開を狙う。三菱の2025年度グローバル販売79万7000台のうち、ASEANは約24万5000台(約31%)を占める既に成熟した市場であり、ゼロからの開拓ではない点も現実的だ。初年度のパジェロ世界販売は1万台規模とみられ、まずは着実な立ち上がりを優先する構えだ。
主戦場タイ、”地産地消”と信頼のリアル
かつて「アジアのデトロイト」と呼ばれ、日系メーカーが市場の8割超を握っていたタイは、いま構造変化の渦中にある。タイの新車登録に占める日系ブランドのシェアは、2022年の85.4%から2025年1〜10月には69.8%、2026年上半期には約59%まで低下した。PwCの調査では中国ブランドのシェアが2025年の約11%から2026年上半期には15.7%まで急伸し、xEV(電動車)比率は32%に達している。GWMの「タンク300」に至っては前年比1146%増という急成長を記録した。
こうしたなか、三菱がタイを単なる販売市場としてだけでなく、右ハンドル・新興国向けSUVの生産・輸出拠点として位置づける意味は大きい。タイは三菱にとって最大の海外生産拠点であり、地産地消による部材調達コストの抑制と、周辺国への輸出網構築を同時に狙える。
中国勢の攻勢はタイに限った話ではない。三菱の伝統的な強み市場であるオーストラリアでも、2025年の年間新車販売台数は三菱が6万1198台(前年比17.9%減)だったのに対し、GWMは5万2809台(同23.4%増)、BYDは5万2415台(同156.2%増)と急伸しており、日系の牙城とされてきた市場でも構図は着実に塗り替わりつつある。新興国の地方部だけでなく、成熟市場の周縁でも中国勢の存在感は増しており、パジェロ復活はタイ一国のための戦術ではなく、こうした広域的な競争構造の変化への対応という側面も持つ。
中国EVの急拡大には、同時に軋みも生じている。急速な値下げ競争は既存オーナーの不満を招き、タイの消費者保護委員会には価格下落や中古車価値の急落を巡る苦情が寄せられている。実際、タイ市場は所得層によって選好が分かれる「K字型」の様相を見せており、低所得層が価格重視で中国EVに流入する一方、富裕層は資産価値や再販実績を重視してメルセデス・ベンツやBMW、テスラなど資産価値の裏付けがあるブランドを選ぶ傾向が指摘されている。三菱が狙うのは、この構図のどちらでもない中間層以上の実用ユーザー、すなわち耐久性と維持のしやすさを重視する層だ。
さらに東南アジア特有のリスクとして、雨季の冠水がある。タイ南部では2025年11月、25年ぶり規模とされる記録的豪雨洪水が発生し、死者145人に上る甚大な被害が出た。冠水した道路の走行そのものは車種を問わずリスクを伴い、EVが即座に危険というわけではないが、最低地上高230mmの高床4WDが持つ渡河・悪路走破の物理的な余裕は、地方の生活道路事情において依然として現実的な価値を持つ。
「タイの中国EVシフトはBEVだけでなく大型SUVセグメントにも及んでおり、価格と装備で見劣りしない製品が増えている。三菱が同じ土俵で戦うのは得策ではない。地方インフラの現実に即した耐久性と、値崩れしにくい中古車市場での信頼という“見えない資産”をどう可視化して伝えるかが、今後の成否を分けるだろう」(同)
日本企業が中国勢の猛攻から学ぶべきこと
「最新であること」が常に勝利を意味するわけではない。ハイテク化が急速に進む市場だからこそ、耐久性や整備のしやすさといったアナログな信頼価値が再評価される余地がある。三菱の戦略は、巨大な資本力を持つ中国メーカーと同じ土俵で戦うのではなく、自社の強み(4WD技術とブランドの歴史)を、相手が手薄な市場(インフラ未整備地域)に絞り込んで一点突破を図る、いわば弱者の戦略に近い。
もっとも、この戦略にリスクがないわけではない。ディーゼル専用という選択は環境規制の強い市場からの撤退を意味し、成長市場を絞り込むことは裏を返せば規模の追求を諦めることでもある。初年度の世界販売目標が1万台規模にとどまる点も、賭けの大きさに比して当面の規模はまだ小さいことを示している。それでも、自社が「古い」と見なされがちな強み(レガシー)を、新興国の現場ニーズに合わせて再定義し直すという手法は、自動車業界に限らず、成熟した技術資産を持つ製造業全体に応用しうる生存戦略として注目に値する。中国勢の攻勢にどう向き合うかという問いに対し、三菱自動車の「悪路」からの逆転劇は、一つの実験的な答えを示そうとしている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)
【主な参照データ・出典】
三菱自動車、新型クロスカントリーSUV『パジェロ』を世界初披露(公式リリース)
正念場を迎える「アジアのデトロイト」(タイ)(JETRO)
【2026年タイ市場】「価格」に逃げる日系企業は淘汰される(WITHTHAI)











