住友生命の「保険選びAI」は何を変える?2028年ルール改正が迫る“推奨理由”の可視化

●この記事のポイント
住友生命は2026年9月、アイリックコーポレーション・Finatextと共同で、乗合保険代理店向けのAI提案システムの開発を発表した。2027年度に本格展開する予定だ。背景には、2028年3月施行の比較推奨ルール改正(「ハ方式」廃止)がある。営業職員経由の加入は56.7%と今も最大で、問われているのは推奨理由の透明性だ。
「保険はAIに選んでもらったほうが、営業担当者に勧められるより安心できる」。そう感じる人は、おそらく少なくない。熱心に説明されるほど「この商品、手数料が高いのでは」と身構えてしまう。保険の販売現場には、そんな“説得の逆説”が昔からある。
住友生命保険が9月28日に発表したAIによる保険提案システムは、この不信に応えようとする試みに見える。ただ、見出しから受ける印象と中身には少し距離がある。何が始まろうとしているのか、制度と業界構造から整理してみたい。
●目次
- AIが担うのは「説得」ではなく「理由の整理」
- 背景にあるのは「推奨理由」を問う新ルール
- 営業職員は本当に「信用されていない」のか
- 顧客と代理店、それぞれのメリットと課題
- 他社への波及と、これからの競争軸
- AIが映し出す「営業の本当の仕事」
AIが担うのは「説得」ではなく「理由の整理」
住友生命は9月28日、出資先のアイリックコーポレーション、Finatextと共同で、乗合保険代理店向けのデジタル支援ソリューションの開発を始めたと発表した。2027年度の本格展開を目指す。日本経済新聞は、顧客の意向把握から提案、契約までをまとめて支援するAIの開発は保険業界で初めてだと報じている。
流れはこうだ。まず対話型の画面で、顧客のライフステージや家族構成、保障ニーズ、将来の資金計画を整理する。次にAIエージェントが対話の内容や加入中の契約を分析し、追加で聞くべき項目、必要保障額の目安、商品候補とその選定理由を示す。商品データにはアイリックの比較システム「ASシステム」のデータベースを使い、やり取りの履歴や検討の経緯は「証跡」として記録される。
押さえておきたい点が二つある。対象は住友生命自身の営業職員ではなく、複数社の商品を扱う乗合代理店であること。そして発表資料に「最終的な提案・説明は保険募集人が行う」と明記されていることだ。AIが人に取って代わる話ではない。
背景にあるのは「推奨理由」を問う新ルール
なぜ今なのか。最大の要因は規制の変化である。
2025年5月に成立した改正保険業法は、自動車修理業者による保険金不正請求問題などで露呈した代理店ガバナンスの問題を受けたものだ。これに関連して金融庁は2026年8月28日、乗合代理店の比較推奨販売に関する内閣府令と監督指針の改正を確定させた。施行・適用は2028年3月1日。パブリックコメントには133の個人・団体から759件もの意見が寄せられ、業界の関心の高さがうかがえる。
改正の柱は、いわゆる「ハ方式」の廃止だ。これまでは顧客の意向とは別に、代理店独自の方針で商品を絞り込んで推奨するやり方も認められていた。今後は、顧客の意向に沿って商品を選び、その理由を説明する方式に一本化される。推奨の基準も、手数料水準や販売目標といった代理店側の事情ではなく、保障内容や保険料など商品そのものに関わる事項であることが求められる。金融庁は、施行日を待たずに速やかに体制を整えることが望ましいとの考えも示した。
「これまでは推奨の“結論”が見られていましたが、今後は“過程”が問われます。意向をどう聞き取り、なぜその商品に絞ったのか。第三者が後から検証できる形で残っていなければ、説明したことにならない。手作業でそこまで記録するのは現場にとって相当な負担で、システム化の需要は確実に生まれます」(ファイナンシャルプランナー・荒井友美氏)
冒頭の“説得の逆説”に引きつけて言えば、新ルールは顧客の疑念に「話のうまさ」ではなく「記録された理由」で答えるよう求めている。AIの出番はまさにそこにある。
営業職員は本当に「信用されていない」のか
では、人の営業はもう信頼されていないのか。データを見ると、話はそう単純ではない。
生命保険文化センターの2024年度「生命保険に関する全国実態調査」によると、直近に加入した民間生命保険の加入チャネルは、営業職員が56.7%と最大で、保険代理店は15.7%だった。第一生命経済研究所の分析では、営業職員経由の割合は2018年の54%を底に反転している。営業職員経由の加入者で「満足している」と答えた人も、2009年の20.6%から2024年には35.1%に上がった。満足理由で伸びたのは、定期的な訪問や相談への素早い対応といった、加入後のフォローだ。
顧客は人による営業そのものを拒んでいるわけではない。引っかかっているのは「この推奨は誰の都合で決まったのか」が見えないことだ。そう捉えたほうが実態に近い。
住友生命のAI活用も、今回いきなり始まったものではない。2022年にはエクサウィザーズと共同開発した「AIぴったり保険診断」の実証実験を行い、価値観や嗜好性まで反映した保険提案を試した。2024年11月には全営業職員約3万人を対象に、AIを使った顧客情報管理・育成システムの運用を始めている。2026〜28年度の3年間ではAI関連に200億円を投じる方針だ。今回の取り組みは、自社チャネルで積み上げた知見を代理店チャネルへ広げる一手とみるのが自然だろう。
一点、注目したいのは立ち位置だ。自社商品を持つ生保が、他社商品も並べる比較の仕組みづくりに加わる。開発方針では、特定の保険会社や商品を優先しない中立性と透明性を最優先に掲げている。保険会社から代理店への過度な便宜供与や出向者による販売支援が厳しく制限されるなか、「人やお金」ではなく「中立なインフラ」で代理店と関わる新しい形とも読める。その中立性が運用のなかでどう担保され、外部からどう検証できるのかは、今後の情報開示を見ていく必要がある。
顧客と代理店、それぞれのメリットと課題
公表資料や制度の趣旨から整理すると、次のようになる。
●顧客にとって期待できる点
推奨理由が記録として残り、比較の過程が見えやすくなる。自分では言葉にしにくいニーズを、追加質問で掘り起こしてもらえる
●顧客にとっての課題・留意点
AIが何を根拠に候補を選んだかを、顧客がどこまで確認できるかは未公表。感情面の不安や個別事情への対応は人の力量に残る
●代理店・募集人にとって期待できる点
経験の浅い募集人でも一定水準の提案ができる。証跡づくりや各社への照会の手間が減り、監査対応にも使える
●代理店・募集人にとっての課題・留意点
AIの出力をなぞるだけになると、ヒアリング力が育たない恐れ。システム導入・運用のコスト負担
これは顧客側によっては歓迎すべき変化なのかーー。大枠では歓迎してよい変化だと考えられる。推奨の理由が記録として残り、後から検証される仕組みは、顧客にとって純粋にプラスだからだ。
ただし条件がある。一つは、AIの出力が入力された意向に左右されること。自分の希望をうまく言葉にできない人ほど、募集人の聞き取りの質が結果を決める。もう一つは、AIが示した選定理由がどこまで顧客に見える形で渡されるのか、現時点では明らかになっていないことだ。そして保険の価値が本当に試されるのは、加入時ではなく給付の請求時や人生の節目である。そこで頼れる相手がいるかどうかは、AIでは代替しにくい。
「AIを使った提案を受けたら、『なぜこの商品なのか』と『ほかの候補はなぜ外れたのか』の両方を聞いてみてください。きちんと答えられる募集人なら信頼していい。答えられないなら、AIを入れても中身は以前と変わっていないということです」(同)
他社への波及と、これからの競争軸
2028年3月という期限がある以上、乗合代理店向けの支援システムをめぐる競争はすでに始まっている。保険代理店向けシステムを手がけるhokanは、2026年9月から比較推奨の運用を支援するサービスを始めた。大手生保でも、明治安田生命が2024年度からの中期計画で、生成AIを使った営業職員向けの提案活動支援アプリを導入するなど、AIの活用は広がっている。
今後数年で、意向の整理や証跡管理にAIを使うことは、業界の標準装備に近づいていくとみられる。そうなれば、ツールそのものでは差がつきにくい。
「似たようなAIが行き渡れば、勝負はツールの外に移ります。AIが出した候補を、顧客自身の言葉で説明し直せるかどうか。結局は募集人の教育と、手数料に左右されない評価制度をつくれるかにかかってくるでしょう」(同)
AIが映し出す「営業の本当の仕事」
今回の取り組みは、AIが営業担当者を置き換える話ではない。推奨の理由を見える形で残す道具を、制度の変化に合わせて整える話だ。
説明や比較の整理をAIが引き受ければ、人の側に残るのは、迷いを聞き取ること、不安に付き合うこと、決断を急がせないことだろう。データが示すとおり、顧客が営業職員に評価してきたのも、もともとそうした部分だった。
「AIのほうが信用できる」という感覚の正体は、AIへの信頼というより、理由の見えない推奨への不信なのかもしれない。新ルールの施行まで、あと1年5カ月。その不信を解く主役は、AIではなく、AIを使いこなす人の側にある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荒井友美/ファイナンシャルプランナー)
【主な参照データ・出典】
住友生命・アイリックコーポレーション・Finatext 共同発表「乗合保険代理店向けデジタル支援ソリューションの共同開発について」(2026年9月28日)
Finatext プレスリリース(PR TIMES、2026年9月28日)
金融庁「令和7年保険業法改正に係る内閣府令等及び『保険会社向けの総合的な監督指針』等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等の公表について」(2026年8月28日)
第一生命経済研究所「生命保険営業職員チャネルは本当に衰退しているのか?」(2026年3月)
インプレス IT Leaders「住友生命、AI活用の顧客情報管理・営業職員育成システムを構築」(2024年9月)











