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ASML株急落は「過剰反応」か…中国製DUV露光装置「年5台」の実力を検証

2026.07.31 06:00 2026.07.30 22:59 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント

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●この記事のポイント
オランダASMLの株価が2026年7月27日に約9%急落。上海の政府系企業「上海愛生娜電子技術集団」が液浸DUV露光装置の量産を開始し、2026年5台→2027年20台の出荷を計画と報道。ASML(年130台)との規模差は26倍で市場の反応は過剰との分析も。MATCH法案や日本の半導体部材メーカーへの影響も解説。

 半導体製造装置の絶対王者として知られるオランダのASMLホールディングの株価が7月27日、アムステルダム市場で一時9%超急落した。きっかけは、米テクノロジーメディア「The Information」が関係者2人の証言として報じた「中国の政府系企業が液浸型ArF DUV(深紫外線)露光装置の量産を開始した」というニュースだった。同日、ASMインターナショナルやBEセミコンダクター、米国市場でもアプライド・マテリアルズやKLA、ラムリサーチなど、半導体装置関連銘柄が軒並み売られた。

 だが、株価が瞬時に「悲鳴」を上げた一方で、そのニュースが意味する実際の脅威の大きさについては、市場関係者の間でも評価が分かれている。本稿では、報道の実態を数字で冷静に読み解いたうえで、露光装置という「産業のブラックボックス」がなぜこれほどまでに模倣困難なのか、そして日本の半導体サプライチェーンにとって何を意味するのかを整理する。

●目次

株価急落は過剰反応だったのか

 報道によれば、量産を開始したのは上海に本社を置く政府系企業「上海愛生娜電子技術集団(Shanghai Aishengna Electronic Technology Group)」。新興スタートアップの上海宇量昇科技(Shanghai Yuliangsheng Technology)と、中国の老舗装置メーカーであるSMEE(上海微電子装備)の開発チームを結集して発足したとされる。同社は2026年内に約5台の液浸DUV露光装置を製造し、中芯国際集成電路製造(SMIC)、華虹半導体、長鑫存儲技術(CXMT)といった中国大手半導体メーカーに納入する計画だ。2027年の生産目標は約20台とされる。

 一方のASMLは、2026年7月15日の決算説明会で、クリストフ・フーケCEOが2026年の液浸DUV露光装置の出荷計画を約130台と説明している。これは2025年の131台とほぼ同水準であり、さらに2027年には生産能力を30%積み増し、2028年も追加で30%拡張する方針を示した。単純計算では2027年のASMLの出荷能力は約169台に達する見込みだ。

 台数だけで比較すると、2026年時点の規模差は130台対5台で約26倍、2027年でも169台対20台で約8.5倍という開きがある。実際、複数の証券アナリストもこの数字を根拠に市場の反応を「行き過ぎ」と評価した。財経新聞の報道によれば、ODDO BHFの株式調査責任者ステファン・ウリ氏は、中国製装置が当面はDUV生産の中でも技術要求の低い領域に限られるとみて「割り引いて受け止めるべきだ」との見解を示し、DGA Albright Stonebridge Groupのポール・トリオロ氏も「最低限の性能を備えた少数の装置を国内供給できることと、世界規模で稼働する装置群を運用し真の競争力を持つことはまったく別問題だ」と指摘している。バンク・オブ・アメリカやJPモルガン、BNPパリバも同様に、中国の20台という規模がASMLの売上高に与える影響は数%程度にとどまるとの試算を示した。

では、なぜ市場はここまで反応したのか

 数字上の脅威が限定的であるにもかかわらず株価が急落した背景には、地政学リスクへの心理的な反応があるとみられる。米国議会では現在、中国の半導体ファウンドリ向けにDUV露光装置を輸出したり、既存装置の保守サービスを提供したりすることを事実上禁じる「MATCH法案」の審議が進んでいる。仮にこの法案が成立し、ASML製装置のアフターサービスまで停止されれば、中国側は代替の調達網を持たない限り、既存の生産ラインの維持すら難しくなる。

 そうした状況下で、中国が予想を上回るスピードで「自給自足」の足がかりを築いたという事実は、投資家にとって「今すぐの脅威」ではなく「数年後に見込んでいた顧客基盤が消失するリスク」を前倒しで織り込ませる材料になった。実際、ASMLの中国向け売上高比率は、今回の量産報道が出るよりも数カ月前から、2025年の33%から2026年第2四半期には約14%へと静かに縮小を続けていた。株価が真っ先に反応した一方で、収益構造の変化はすでに進行していたともいえる。

「装置が動いた」ことと「商用生産で稼ぐ」ことの間にある高い壁

 本稿の核心はここにある。半導体露光装置の世界では、「試作機が完成し稼働した」という事実と、「商用の半導体量産ラインで採算に見合う歩留まりを安定的に出せる」という事実の間には、長く険しい距離がある。

 第一の壁は、歩留まり(良品率)とオーバーレイ精度である。液浸DUV装置は、微細化を実現するために同じウエハーに何度も露光を重ねる「マルチパターニング」という手法を用いる。この工程ではナノメートル単位の位置ズレが致命的な不良につながるため、量産ラインで安定した良品率を確保するには、装置単体の性能だけでなく、化学材料や検査工程との「すり合わせ」に長い時間を要する。BigGoファイナンスの報道でも、中国製装置は主要部品の国産化を進めているものの、総合的な性能面ではなお既存の主力機に後れを取っているとされる。

 第二の壁は、蓄積データとエコシステムの差である。ASMLの競争優位は、装置そのものの技術力だけでなく、TSMCをはじめとする世界の主要ファウンドリと30年近くかけて積み上げてきた稼働実績データや運用ノウハウにある。新規参入する中国製装置がこうした「信頼性の実績」を獲得するには、相応の年月を要するとみられる。独立系シンクタンクのAI Futures Projectが2026年6月に公表した分析では、中国の液浸DUVが商業規模に到達する時期を2030年代半ばと見積もっており、ASMLの液浸露光装置における世界シェア(98.7%)の高さもあわせて示されている。

 第三の壁は、コアサプライチェーンのボトルネックである。光源、超精密レンズ、精密ステージといった中核部材を完全に内製できているわけではなく、一部の重要部品は依然として輸入に依存しているとの指摘もある。装置の心臓部にあたる部材の安定調達は、量産スケジュールを大きく左右する要素だ。

こうした構造を踏まえれば、「装置が完成した」という報道は中国の半導体国産化における歴史的な一歩ではあるものの、それが直ちにASMLの牙城を崩す競合登場を意味するわけではない、という冷静な評価が業界の主流だと言える。

「露光装置の量産化で本当に問われるのは機械の性能そのものより、量産ラインに組み込んでからの歩留まり改善スピードだ。ここで結果を出すまでには通常、数年単位の実証期間が必要になる」(半導体アナリスト・岩井裕介氏)

日本の半導体産業への影響──「特需」と「顧客消失」の両面

 中国のDUV国産化の動きは、日本の半導体関連企業にとって短期的な追い風と中長期的なリスクという、相反する二つの側面を持つ。

 ポジティブ面としては、部材・素材メーカーへの短期的な特需が挙げられる。露光装置本体が中国製に置き換わったとしても、そこで使われる高純度の光学部材、精密ミラー、超精密ステージ、フォトレジスト(感光材)といった周辺部材については、キヤノン、AGC、HOYA、東京応化工業といった日本企業の技術に依存せざるを得ない構造が当面続くとみられる。中国製装置の試作・増産が進めば、こうした部材メーカーには受注増の追い風が吹く可能性がある。

 一方、ネガティブ面として中長期的な構造リスクも見過ごせない。中国が28nm~14nmクラスの成熟プロセス(車載半導体や家電向けなど)を国産装置で量産できるようになれば、将来的に安価な中国製半導体が市場に流入し、価格競争の激化を招くリスクがある。また、米国の輸出規制がさらに厳格化すれば、中国は最終的に「日本製部材すら排除した完全内製」を目指す可能性があり、長期的には日本企業にとっての顧客喪失リスクにもつながりかねない。

「装置本体の国産化が進んでも、精密部材や材料まで自前で賄えるようになるには、また別次元の技術蓄積が必要になる。日本企業にとっては当面、部材供給での存在感を維持しつつ、次の技術世代でどう関係を築き直すかが課題になるだろう」(同)

過剰反応の裏にある、歴史的な転換点

 今回の「ASML株急落」は、台数ベースの規模比較で見る限り、市場の反応がやや先走ったものだったと評価できる。ASMLの2026年の液浸DUV出荷計画130台に対し、中国側の生産計画はわずか5台。2027年でも169台対20台という規模差が残り、複数の証券アナリストも今回の反応を「行き過ぎ」と分析している。

 とはいえ、中国が半導体製造の「最難関」とされる露光装置の量産に着手したという事実そのものは、歴史的な転換点であることに変わりはない。米国の対中輸出規制が今後さらに強化される可能性がある中で、日本企業は目先の部材特需の恩恵を享受しつつも、中国勢による成熟プロセス半導体市場での存在感拡大と、将来的な完全内製化に向けた顧客基盤の縮小という「二重のリスク」に、いまから備えておく必要があるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント)

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公開:2026.07.31 06:00