核燃料再処理の技術が廃液を資産に変える日…JAEAが示す資源小国ニッポンの逆転策

──日本原子力研究開発機構(JAEA)の分離技術が示す、レガシー産業の”隠れアセット”活用法
●この記事のポイント
日本原子力研究開発機構(JAEA)が2025年12月に発表した「イオン対抽出法」は、パラジウム・ルテニウム・ロジウムの都市鉱山リサイクル効率をルテニウムで従来比10倍に高める新技術。核燃料再処理由来の精密分離技術を産業廃液のレアアース回収に転用し、企業のB/Sを負債から資産へ変える可能性を解説する。
2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故以降、日本では新設の原子力発電所がおよそ15年にわたってゼロという状況が続いてきた。廃炉や既存プラントの安全審査対応が技術継承の場にはなってきたものの、「原子力分野に進んでも新設プロジェクトに携われるとは限らない」という空気は長く業界に漂い、優秀な理工系人材が他分野へ流出する懸念が繰り返し指摘されてきた。もっとも直近では潮目も変わりつつある。日立製作所は2025〜27年度の原子力部門採用人数を2021〜24年度比で1.7倍に引き上げる計画を明らかにしており、GX(グリーントランスフォーメーション)政策や再稼働の進展を背景に、人材需要はむしろ拡大局面にある(Business Insider Japan、2026年報道)。とはいえ、核燃料再処理という極めて特殊な工程で培われてきた「微量の元素を高純度で選び出す」分離化学のノウハウそのものが、これまで原子力の外側で広く活用されてきたとは言い難い。
一方、製造業の現場では、メッキ工程や電子部品製造などから発生する産業廃液が長年、頭の痛い存在であり続けてきた。処理には専門業者への委託費用がかかり、漏洩や不適正処理が発覚すれば環境リスクとして企業価値を毀損しかねない。貸借対照表(B/S)上は資産を生まない「コストとリスクの塊」として扱われてきたのが実情だ。
この2つの一見無関係な課題、すなわち「活躍の場を狭められがちな原子力分野の高度人材・技術」と「コストとリスクでしかなかった産業廃液」を掛け合わせる動きが、JAEAから相次いで発表されている。JAEAは2025年12月18日、白金族元素(パラジウム、ルテニウム、ロジウム)を塩酸中でイオン同士のペアとして抽出・分離する新手法を発表し、自動車の排ガス浄化触媒や電子部品といった「都市鉱山」からの効率的なリサイクルに道を開くとした(JAEA プレスリリース)。さらに日本経済新聞は2026年7月、核燃料再処理のために磨き上げられた分離技術を応用し、都市鉱山に眠るレアアースを回収する取り組みを報じている。これらは単なる技術ニュースにとどまらず、「人材の負債」と「資産の負債」を同時に解消しうるビジネスモデルの萌芽として読み解くことができる。
●目次
「放射性物質を分離する技術」は究極の精密分離ノウハウ
核燃料の再処理では、使用済み燃料に含まれるウランやプルトニウムをはじめ、パラジウムやロジウムといった白金族元素、さらには希少な元素までを、高濃度の硝酸溶液という過酷な条件下で選択的に取り出す技術が求められる。JAEAはこの分野で数十年にわたり研究を積み重ねてきた。例えば高レベル放射性廃液からロジウムを回収する研究では、正負両方の電荷を持つ特殊なイオン交換樹脂(AMP03)を用い、リンや硫黄を含まないために焼却時に完全にガス化でき二次廃棄物を最小化できる手法が報告されている(JAEA 原子力機構研究開発レビュー、2016年)。
この「危険物質を扱うために磨かれたハイスペックな知見」を、そのまま需要が急拡大するハイテク産業向けのレアメタル・レアアース回収に転用する動きが具体化している。2025年12月発表のイオン対抽出法はその代表例で、ルテニウムの抽出効率が従来法の10倍に達し、複数の技術を組み合わせる必要がないシンプルな工程で白金族元素を取り出せるという(JAEA、共同研究:佐々木祐二博士、熊谷友多グループリーダーら、横浜国立大学・大阪大学との共同研究)。
さらに遡れば、2021年にはJAEA発ベンチャー「株式会社エマルションフローテクノロジーズ」が認定されている。同社が事業化する「エマルションフロー(EF)法」は、従来の混合・静置・分離という3工程を「送液」という単一工程に統合する溶媒抽出技術で、生産能力は従来比10倍以上、装置サイズは10分の1以下、ランニングコストは80%削減、純度は99.99%以上を実現するとされる。もともと原子力の分離工学から生まれたこの技術は、リチウムイオン電池からコバルト・ニッケル・リチウムを回収する「水平リサイクル」に応用され、EVやハイブリッド車の普及に伴うレアメタル需要の増大に応える事業として展開されている(JAEA プレスリリース、2021年)。
ここから得られるビジネスへの示唆は明快だ。レガシー産業や「先細り」と目される分野にこそ、他産業を変えうる「過剰スペックのコア技術」が眠っている可能性がある。「自社の技術はもう時代遅れだ」と結論づける前に、脱炭素・EV・半導体といった需要急増市場へノウハウを再配置(ピボット)できないか、点検する価値は大きい。
コストを払って捨てる「オフバランスの負債」から「棚卸資産」へ
この技術転用が経営に与えるインパクトは、単なる環境対応にとどまらない。産業廃液の位置づけを財務諸表上で読み替えると、次のような変化が想定される。

もちろん、この転換が机上の空論で終わらないためには前提条件がある。JAEAの12月発表でも「スケールアップや実試料への適用試験を進め、応用面での課題を一つずつ洗い出して取り組んでいく」と述べられている通り、実際の廃液は組成が複雑で、回収率や処理能力、コストの検証には相応の時間を要する。過度な期待は禁物であり、現時点では研究開発段階の技術であることには留意が必要だ。
それでも方向性としては、外部から高価なレアアース・レアメタルを調達する際の価格変動リスクや供給途絶リスクを、自社の廃液から抽出することで低減しつつ、原材料費の削減と産業廃棄物処理コストの削減という二重の効果を狙えるロジックは、資源小国である日本の製造業にとって無視できない論点だろう。
この文脈は、レアアースを巡る地政学リスクの高まりとも無縁ではない。中国は2025年4月、サマリウムやジスプロシウムなど永久磁石向けレアアース7品目の輸出管理を強化し、日本向けレアアース磁石の輸出量は同年5月に25.7トンと近年で最低水準まで落ち込んだ(ジェトロ、2026年報道)。その後、許可取得企業の増加により7月以降は回復基調にあるとされるが、該非判定の難しさや許認可取得の長期化、税関検査の遅延など、企業が直面する構造的な課題は残る。政府もレアアースの再利用促進計画を2026年4月にも策定する方向で検討していると報じられており、国内資源循環への関心は今後さらに高まる可能性が高い。
社内に眠る「隠れアセット」をどう掘り起こすか
JAEAの事例は、原子力や化学の専門家だけの話ではない。自社の事業に置き換えて考えるための問いとして、以下の3点が有効だろう。
第一に、技術・人材の観点である。自社で「当たり前」「過去のもの」とされている専門性の中に、異業界が喉から手が出るほど欲しがる技術が眠っていないか。長年同じ用途にしか使ってこなかった技術ほど、視点を変えると高いポテンシャルを秘めていることがある。
第二に、コスト要因の観点である。毎期コストを払って処分・維持している「負の資産」――廃棄物、休眠データ、稼働していない設備――を、他社の資材や原料として転換できないか。廃棄物処理の委託先を替える発想ではなく、廃棄物そのものを資産化する発想への転換が問われる。
第三に、事業開発の観点である。ゼロから新規事業を立ち上げるのではなく、「自社と他社の既存資産の組み合わせ(新結合)」によって新しい価値を生み出せないか。JAEAのケースも、原子力分野の分離技術という既存資産と、製造業が抱える廃液処理という既存の課題を組み合わせた結果として生まれている。
エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏は、次のように指摘する。
「原子力の分離技術は、規制や安全性の要求水準が極めて高い環境で磨かれてきたぶん、汎用産業のニーズに対してはオーバースペックに見えることが多い。しかし裏を返せば、それだけ再現性や選択性の精度が高いということでもある。重要なのは技術の移植先を見つけるマッチング機能であり、企業単独では気づきにくい。産学官の橋渡し役の存在が普及のカギを握るだろう」。
また、製造業の資源戦略に携わる証券アナリストは財務面の意義について、「レアアース価格は地政学リスクによって乱高下しやすく、調達コストの予見可能性が低いことが製造業にとって大きな悩みの種だった。自社の廃液から一定量を賄えるようになれば、原材料費の変動リスクをヘッジする効果も期待できる。ただし現時点では実証段階の技術が多く、投資判断としては回収率とコストの実績値を見極める必要がある」と冷静な見方を示す。
資源小国・日本が勝つための「逆転のイノベーション」
海外の鉱山権益を新たに獲得しに行くという発想だけが、資源戦略のすべてではない。国内に既に存在する技術と、これまで負債としてしか扱われてこなかった廃棄物を組み合わせることで、新たな資源を生み出す道が現実味を帯びつつある。
もちろん、JAEAが示した技術群はまだ研究開発段階にあるものが多く、実用化・事業化には回収率の向上、放射線管理を含む安全性の確保、処理量の拡大、コスト低減といった課題を一つずつクリアしていく必要がある。過度な楽観は禁物だが、「オールドテクノロジーの再評価」と「ネガティブ資産のマネタイズ」という視点そのものは、成熟した日本企業が持続的な成長戦略を描くうえで、業種を問わず参考になる示唆を含んでいるのではないか。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田代隆盛/エネルギー研究・政策アナリスト
)
【主な参考データ・出典】
・日本原子力研究開発機構「原子力技術で実現!白金族元素を『イオンのペア』で抽出・分離 ―都市鉱山からの効率的な白金族元素リサイクルに活路―」(2025年12月18日)
・日本原子力研究開発機構「限りあるレアメタル資源を、未来につなぐ ―原子力機構発ベンチャー企業 株式会社エマルションフローテクノロジーズを認定―」(2021年6月)
・日本原子力研究開発機構 研究開発成果「高レベル廃液から有用レアメタルを回収」(2016年)
・日本経済新聞「『都市鉱山』に眠るレアアース、核燃料の再処理技術で回収 原子力機構」(2026年)
・日本経済新聞「レアアースの再利用促進、政府が4月にも計画策定 中国依存を軽減」(2026年)
・ジェトロ「中国のレアアース輸出管理(1)日本への磁石輸出に大きな影響」(2026年)
・Business Insider Japan「原発新設なき15年、日本に原子力技術は残っているのか。採用回復も『技術』と『人』だけでは解決できない課題」(2026年)











