日本発ペロブスカイト太陽電池、再生可能エネに革命…日本で原発20基分に普及

●この記事のポイント
・政府は2025年度からペロブスカイト太陽電池の国内市場を立ち上げ、2040年には原発20基分に相当する20ギガワットまで普及させる目標を正式に発表した
・原料を輸入に頼らず量産可能であるという経済安全保障上の理由からも、ペロブスカイト太陽電池の社会的意義は大きく、原料価格でも優位性がある
・積水化学は今年中に屋外耐久性20年相当を、発電効率については2030年18%を目指している
日本が生んだ技術であり、薄くて軽くて曲げられるため従来のシリコン太陽光パネルが設置できない場所にも設置できる次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」。昨年11月、政府は2025年度から国内市場を立ち上げ、2040年には原発20基分に相当する20ギガワットまで普及させる目標を正式に発表した。もともと政府は2030年までに普及させる方針を打ち出していたが、より具体的な目標が策定された格好だ。2040年には世界の市場規模が2兆円以上に拡大する(富士経済による)と予測されており、注目が高まっているが、社会的にどのような意義のある技術なのか。また、普及に向けた課題とは何か。専門家への取材をもとに追ってみたい。
●目次
ペロブスカイト太陽電池とは、ペロブスカイト構造を持つ材料で作られた太陽電池のこと。メガソーラーや住宅屋根などに設置されている現在の太陽光パネルのほとんどは「シリコン太陽電池」と呼ばれるもので、発電層がシリコンでできている。
シリコン型は耐久性に優れ、変換効率(照射された太陽光のエネルギーを電力に変換できる割合)も高いのだが、太陽電池に屋外で耐久性を持たせるためのガラスの重みやパネルを保護するフレームによる重量もあるため、設置場所が限られている。日本は既に平地面積当たりの太陽光発電の導入量が主要国トップで、新たに太陽光パネルを設置できる適地が少なくなっている。今後どのように設置場所を確保するかが課題となっていた。ペロブスカイト太陽電池は日本が生んだ技術だが、中国が猛追している。
薄くて軽く柔軟な日本のペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト太陽電池の特長は、ペロブスカイト結晶が有機溶剤に溶けるので、その液体を「塗る」もしくは「印刷する」ことで太陽電池パネルを製造できるということだ。「塗る太陽電池」なので、薄いフィルム状のものに液体を塗れば、超薄型でしなやかに曲げられるフィルム状の太陽電池ができる。
ペロブスカイト太陽電池には、基板にフィルムを使うものとガラスを使うものの2種類があり、今注目されているのは日本で開発が進むフィルム型だ。重さは従来のシリコン型に比べて10分の1で、建物の屋上や壁面、自動車の屋根など様々な場所に貼り付けられる。フィルム型は主に積水化学工業が開発を進めている。
そうした特長について、有機系太陽電池技術研究組合(RATO)理事を務める東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授に話を聞いた。RATOではペロブスカイト太陽電池の発電システムに必要なエンジニアリング技術(構成材料の評価、モジュール設計、システム構築、新規用途等)を研究開発している。
「ペロブスカイト太陽電池の発電層原料の重量比は約60%がヨウ素で鉛が約30%、その他有機物部分が10%以下なので、“ヨウ素太陽電池”と呼んでもいいほど。ヨウ素の生産量で日本は世界2位、シェアも3割くらいある。資源少国の日本にこんな資源はなかなかない。シリコン太陽電池で本当に困ったのは、太陽電池用原料シリコンの調達であり資源的に日本が優位性を発揮できなかったが、ペロブスカイト太陽電池にはこのような問題がない」
原料を輸入に頼らず量産可能であるという経済安全保障上の理由からも、ペロブスカイト太陽電池の社会的意義は大きい。そして、原料価格でも優位性がある。
「例えば、1MWのシリコン太陽電池を作るのに必要な原料のシリコンは、シリコンの結晶をすごく薄く作って削りカスを減らしても、最低2トンは必要。シリコン価格は高騰したり下落したり大変で、高いときは600万円、安くなると100万円くらい。原料に結構なコストがかかる。それに対し、ペロブスカイト太陽電池は1MW作るのに、たった16kgのヨウ素で済む」
ヨウ素の国際価格、2023年は1kgあたり61ドルだったので、16kgだと976ドル≒14万1520円(1ドル145円換算の場合)だ。ヨウ素の価格優位性は歴然としている。瀬川教授の研究室では現在、ヨウ素メーカーと共同で太陽電池グレードになる高性能のヨウ素を含む材料についても研究開発している。
日本のトップバッターは積水化学工業
実は、中国では一足先にペロブスカイト太陽電池の量産化が進められている。しかし、中国で作られているのは主としてガラス基板タイプのもので、タンデム型(シリコン太陽電池と組み合わせたもの)に用いるのが主流。現状、世界でシリコン型を製造しているのは、ほとんどが中国メーカーだからだ。
しかし、瀬川教授は「中国のペロブスカイト太陽電池は既存のシリコン型より重い」とエンジニアリングの点からも日本に大きな優位性があることを指摘する。
ペロブスカイト太陽電池の課題は発電効率と耐久性だと言われてきた。しかし、積水化学は既に発電効率15%を達成し、屋外耐久性も10年相当を確認している。今年中に屋外耐久性20年相当を目標に掲げており、発電効率については2030年18%を目指している。
実用化について同社は、共同実証研究を3月18日から開始したと発表した。1年の実証期間後に本格的に事業化され、生産ラインは2027年度に量産開始の予定だ。今現在、最大規模で設置されているのは、大阪関西万博のバスターミナルの屋根上である。
パナソニックは2026年にも実用化の方針を明らかにしており、窓の中に埋め込むような建材と一体化したタイプを試験販売する予定。アイシンは3月31日、愛知県安城市の本社工場で社内実証を開始した。区分とすれば、パナソニックもアイシンもガラス型だが、アイシンは薄ガラスを用いた独自のフィルム構造による高い耐久性を特徴としていて、見た目や重さはフィルム型と間違えそうなほどである。
日本メーカーによる国内での製品化と量産化は2年以内ということになるが、気になるのは発売価格だ。
「太陽電池の価格はパネルだけで決まるものではない。既存の太陽電池は一般的には電気店で購入するが、それを屋根に据え付けるには2~3人必要。場合によってはクレーンも使う。実は施工費とパネル代でどちらが高いかと言えば、施工費の方がよほど高い。その点、ペロブスカイト型は軽いので、1人で簡単に施工できる。なので、kWh(キロワットアワー)コストで考えるべき」(瀬川教授)
現在、太陽電池パネルの屋根への施工費は、新築住宅の場合は1kWあたり約26~28万円、既存住宅の場合は約28~30万円が相場だ。よって、一般的な4〜5kWのシステムで150〜200万円程度になってしまう。自治体からかなりの補助金があるので100万円以下にはなるが、やはり高額だ。
フィルム状のペロブスカイト型で施工費がどの程度になるのか、今後が楽しみだ。
シリコン型で問題が顕在化した環境汚染とリサイクル
XなどのSNSを見ると、廃棄されたメガソーラーパネルなどの写真がたくさん投稿されている。あれはすべて現在流通しているシリコン型パネルだが、アンチ再生可能エネルギー派でなくても環境汚染は気になるところだ。ペロブスカイト型は大丈夫なのだろうか。
「ペロブスカイト型も鉛が3割入っているので、適切な管理は必須。現在のシリコン太陽電池はリサイクルが難しいのだが、ペロブスカイト層ははきれいに極性溶媒に溶けるので、そういう意味では鉛含有部分は完全に取り除くことができる。それに加えてもともと鉛の使用量が少ないので、仮にパネルが壊れて地面に染み込んだとしても、日本の環境基準を超えるほどにはならずそれほど心配する必要はない。一方、ヨウ素はX線造影剤や偏光フィルムなどに使われる貴重な資源でもあるので、こちらの回収と再利用も進めるべきであろう」(瀬川教授)
ペロブスカイト型の原料はヨウ素が6割なので、ヨウ素の環境への影響にも注意を払う必要があるが、まずは簡単には壊れないペロブスカイト太陽電池作るということが必要だろう。
(文=横山渉/ジャーナリスト)