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阪神の尼崎・二軍球場、なぜゼロカーボンで脱炭素?阪神電鉄と久米設計の決断

2025.06.10 2025.06.09 16:46 企業
阪神の尼崎・二軍球場、なぜゼロカーボンで脱炭素?阪神電鉄と久米設計の決断の画像1
日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎(提供:久米設計)

●この記事のポイント
・兵庫県尼崎市にオープンした阪神タイガースの二軍球場、野球施設として初めて「ZEB認証」を取得
・断熱性能の向上のためにエネルギー消費を抑える建築資材を使用
・エネルギー消費量が少ないZEBは、ライフラインが途絶した場合でも建物機能を低下させない強靭性を持つ

 今年3月、兵庫県尼崎市にオープンしたゼロカーボンベースボールパーク。市民向けの軟式野球場が併設されたこの公園内には、阪神タイガースの二軍球場である「日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎」がある。このスタジアムは野球施設として初めて、エネルギー効率に優れている建築物の評価制度である「ZEB認証」(※)を取得した(同じ敷地内にある室内練習場・選手寮を含む。今回は、同施設の設計を担当した久米設計 大阪支社の佐藤行彦氏、および環境技術本部の横山大毅ダイレクターの両名に、本プロジェクトの取組みや脱炭社会の実現に向けた今後の取り組みについて話を聞いた。

※ZEB認証:Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称。建物で消費する年間エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物の認証制度。

●目次

──どういったきっかけでカーボンニュートラルを実現する野球場を建設するプロジェクトが始まったのでしょうか。

元々、当社は九州の筑後にある福岡ソフトバンクホークスの二軍球場を手掛けていました。その情報が伝わってタイガースの親会社である阪神電鉄から声をかけていただきました。

プロジェクトの開始当初はZEB認証取得の予定はありませんでした。ところがプロジェクトが始まった以降の2022年に、環境省が2050年のカーボンニュートラル実現に向けて「脱炭素先行地域」の募集を地方公共団体向けに開始したのです。推進のための交付金を受けられることもあり、尼崎市からの提案を受けて新たにZEB認証取得に向けた活動が始まりました。阪神電鉄の社内でもカーボンニュートラルに対する関心が高かったので、積極的に取り組んでいくことになりました。

──野球施設として初めてZEB認証を取得するために、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。

建築物には断熱性能の向上のためにエネルギー消費を抑える建築資材を使用しています。例えば今回の室内練習場は非常に大きな施設ですが、そこにはサンドイッチパネルという断熱材を挟んだ外壁材を使いました。さらに建物の大きさを有効活用するために、屋根の全面に太陽光発電パネルを設置しました。その他にも、屋根を二重構造にして断熱材を挟んだり、特殊な金属膜をコーティングしたLow-E複層ガラスを採用したりして建物内に極力熱を入れないような工夫をしています。

設備面ではLED照明や人感センサーなどの調光設備を採用して、つけっぱなしにならないようにして電力を抑える等の工夫をしています。他にも高効率型の空調機器や換気機器を積極的に採用しました。全体の割合としては設備面のウェートが大きいですね。

コスト上昇を抑える仕様に

──認証取得にチャレンジする上で何か困難だったことはありましたか。

ZEBへの対応を考慮するとどうしてもコストが上昇してしまうので、どの部分でコストを抑えた仕様にするかの判断が難しかったですね。阪神電鉄と何度も細かく調整を繰り返したのですが、やはりその部分が一番大変だったと思います。

ZEB認証には4つの種類がありますが、今回、スタジアムについては「ZEB Oriented」、室内練習場・選手寮については「Nearly ZEB」を取得しました。その中でも認証を受けるに際して、「太陽光発電パネルの設置」が一番のポイントになったと思います。かなり大掛かりな設備でしたので、阪神電鉄に導入する決断をしていただいた点は大きかったですね。

──実際に施設を利用する阪神タイガースの選手や公園の利用者からはどんな声が挙がっていますか

プロ野球12球団の中でも、二軍の施設としてはこのスタジアムが最も大きなものになります。ですので、選手からは練習環境が整って嬉しいという声があったと聞いています。

私自身も一利用者として何度か訪れていますが、歩いていると近隣住民の方が井戸端会議をしていて、「何かちょっといい場所ができたね」という声が聞こえてきたのは嬉しかったです。

タイガース練習場では選手を間近に観ることができるので、選手目当ての野球ファンが大勢来ています。その一方で近隣の方が公園内を散歩しています。普段はあまり野球に興味がない方も、公園に来たことをきっかけに野球を身近に感じてもらえたら嬉しいですね。

また公園内にはカーボンニュートラル関するバナーを掲示していたり、分別を意識づけするメッセージを入れたゴミ箱を設置したりしています。環境に少しでも興味を持っていただけると、今回のプロジェクトの意義があるのではないかと思っています。ぜひ多くの方に来ていただきたいと思います。

停電が発生した場合でも数週間自立できるような建物

──脱炭素社会の実現に向けて今後どのような取り組みをしていくのでしょうか。

カーボンニュートラルに関しては、今後は必須の取り組みであると考えています。当社では2030年までにCO2排出量を50%削減し、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しています。これを達成していくための今後の取り組みについて、「カーボンニュートラルチャレンジ」というステートメントにまとめて昨年4月にホームページで公開しました。

単純にCO2排出削減だけでなく、私たちの様々な生活がもっと良くなることを考えています。具体的には、環境に加えて防災の視点を建物の設計に取り入れています。災害から守ってくれるしっかりとした建築を作っていく取り組みをしていきます。

まずは絶対に建物が壊れないことが必須ですが、例えば災害によって停電が発生した場合でも数週間自立できるような建物を作ることを目指しています。これらについては「LCB」(Life Continuity Building)という当社独自の設計基準による建築を続けており、すでに20件以上の実績があります。

エネルギー消費量が少ないZEBは、ライフラインが途絶した場合でも建物機能を低下させない強靭性を持つと考えています。ですので、これからも積極的にZEBを推進していきます。今後は国が掲げている「2030年以降の新築建築物でZEB水準の省エネ性能を確保する」という目標に対応するために、基本的には全ての建物でZEB水準の達成に取り組んでいく予定です。さらに既存建築物の改修案件についても、ZEBに適合したリフォームに取り組んでいきたいと考えています。

カーボンニュートラルへの対応は避けて通ることはできない

今回、地域の公園の中にあるプロ野球二軍チームの施設において、ZEB認証が取得されたことは非常に意義のあることではないだろうか。これからの社会では、カーボンニュートラルへの対応は避けて通ることはできない。したがって、このように気軽に訪れることができて、カーボンニュートラルを意識できる施設の存在は大きいと思われる。今後は野球場だけに留まらず、より多くのスポーツ施設に展開されることを期待したい。

(文=伊藤伸幸/中小企業診断士、ライター)

伊藤伸幸/経営コンサルタント、中小企業診断士、ビジネスライター

伊藤伸幸/経営コンサルタント、中小企業診断士、ビジネスライター

1966年愛知県生まれ。関西大学社会学部卒。新卒で精密機器メーカーに就職し、営業職を経験後、商品企画、経営企画、事業企画など30年近く企画系の業務に従事。中小企業診断士の資格取得後は、経営ビジョン・戦略策定、重点施策管理、提案書作成など、企業が成長していくために必要となる一連の言語化作業のサポートを中心に活動している。得意分野は事業戦略、方針管理、マーケティング、ビジネスライティング全般。
いとう戦略ライティング事務所の公式サイト

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