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「電気運搬船」実用化へ、洋上風力発電の障害を解消…余剰の再エネ廃棄も解消

文=横山渉/ジャーナリスト
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電気運搬船「X」の完成イメージ図(海上パワーグリッドの公式サイトより)

 7月に請求される家庭向け電気料金(6月使用分)が、大手電力10社すべてで値上がりする。これは、政府が物価高対策として続けていた補助金(激変緩和措置)が、5月使用分でいったん終了したことが主な要因だ。しかし、岸田文雄首相は突然、電気・ガス料金の負担軽減策を8月から再開すると表明した。これを受け、6月28日に経済産業省は、8月から3カ月間の電気・ガス料金の負担軽減措置の詳細を発表した。8月と9月の使用分は補助を手厚くし、標準的な家庭の場合、月額で電気とガスあわせて2125円の負担減になるとしている。電気代軽減策が政権の人気取りの手段になっているとの批判は多い。

 さて、2022年度の日本の電源構成比率は、火力発電が70%以上を占めており(天然ガス33.7%、石炭30.8%、石油8.2%)、次いで太陽光(9.2%)、水力(7.6%)、原発(5.6%)、バイオマス(3.7%)、風力(0.9%)、地熱(0.3%)となっている。日本の電力は、ほとんどが輸入のLNG(液化天然ガス)と石炭に極度に依存しているため、国際的なエネルギー情勢(ロシアや中東)と円安の影響がそのまま日本の電気料金に直結する。もちろん、現在の円安水準が是正されれば、電気代は安くなるが、国のエネルギー政策が行政任せで良いわけがない。

 電力を輸入化石燃料依存から脱却させるには、国内の資源に頼るほかはなく、方法は主に2つ。原子力発電か再生可能エネルギー(再エネ)だ。目先の電気代高騰を抑えるために、老朽化した原発を再稼働させるのも2~3年の短期スパンならアリだが、決して未来思考とはいえない。サステナブル(持続可能)ではないからだ。

 再エネ、とくに太陽光と風力の問題点は出力の不安定さで、九州電力ほか大手電力会社は出力抑制という形で大量の再エネを捨てている。しかし、そうした欠点も蓄電池さえあれば解決する。環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長も筆者の取材に「出力抑制の問題を短期的に解決する方法は蓄電池だ」と答えている。

高騰する電気代、電気運搬船は解決策の1つに

 蓄電池事業を手がけるベンチャー企業「パワーエックス」(Power X)は、再エネでつくった電気を蓄電して海上輸送する「電気運搬船」を考案した。化石燃料の時代だったこの数百年、船で石油・石炭・LNGを運んでいたが、電気運搬船は電気で動き、電気を運ぶ。例えば、九州のように太陽光や風力などで発電した電気が余っている地域で、コンテナ型の蓄電池に充電を行って船に積載し、電気が足りない地域まで輸送するということが可能になる。

 同社は2025年に建造を開始して、26年中に実用試験を行うとしている。電気の輸送を目的とした船は世界初だ。また、4月23日に、電気運搬船の開発と販売を手がける子会社として「海上パワーグリッド」を設立した。同社では初号船を「X」と呼んでおり、船の長さは140メートル、幅が18.6メートル、デッキに96個のコンテナ型船舶用電池を搭載する。電気容量は240MWh。これはかなり大きな蓄電所が海に浮いている形だ。左舷側にある8カ所のコネクタにケーブルを接続すると、3時間で充放電できる。蓄電池は独自設計のモジュールで、6000サイクル以上の長寿命をもつ。

 政府は3月12日、洋上風力発電の設置場所を現行の領海内から排他的経済水域(EEZ)に拡大する再生可能エネルギー海域利用法の改正案を閣議決定した。同社が電気運搬船に着目した理由について、社長室コーポレートコミュニケーション担当の大津虎太郎氏はこう説明する。

「洋上風力がEEZまで設置できるようになるが、日本はEEZでも水深300メートル以内の場所は10%程度だといわれる。浮体式の洋上風車も水深300メートル以上のところはあまり実績がない。陸から離れれば離れるほど風が強くなるので、沖合のほうが条件は良い。しかし、海底ケーブルがネックになっており、改善が必要だ。海底ケーブルの条件にしばられない電気運搬船ならば、どこにでも風車が設置できる」

 従来の海底ケーブルによる送電システムは、海底掘削等の設置コストや環境負荷が問題視されている。水深が浅く地震が少ないヨーロッパでさえ、海底ケーブルは年平均7~8回壊れるという話もあり、復旧までに約80日もかかるという。電気運搬船は、海の底に設置する海底ケーブルに比べ、地震や津波などの影響を受けにくいとされる。船で送電することで、送電システムの破損リスクを低減することもできる。また、大規模な災害時には、電気運搬船が停電の起きた被災地へ駆けつけ、電力供給支援を行うことも期待される。

港湾自治体や送配電事業者と覚書を結ぶ

「瀬戸内海みたいな波が穏やかな海域や近距離では、推進機関を持たないバージ船をタグボートで引っ張るような形も考えている」(大津氏)

 電気運搬船とバージ船をうまく併用することで、運用効率と経済性の向上を図るとしている。九州はとくに離島が多いので、再エネが進んでいない地域はバージ船で余っている電気を離島に届けるモデルが成り立つ。パワーエックスは昨年5月、九州電力と電気運搬船を利用した海上送電事業における覚書を締結している。

 また、昨年7月には室蘭市と、「電気運搬船及び蓄電池の開発及びその利活用による室蘭港のカーボンニュートラル形成及び地域の振興に向けた包括連携協定」を締結した。電気運搬船について、室蘭港を北海道の拠点として利用することについて協議を進めている。

 北海道には、約930ギガワット(GW)という膨大な再エネのポテンシャルがあるものの、北海道にはそこまでの電力需要はなく、本州への送電能力が不足している。将来的にどこまで送電能力が強化されるのか見込みはなく、再エネを捨てるような事態も予想される。

 同社が運搬船を着岸して充放電する場所として有効だと考えているのは、火力発電所の跡地。石炭の引き上げ港が併設されているところだ。例えば、横浜市のみなとみらいエリアでは電力需要が増えており、変電所や変圧所の新設が計画されているという。同社は今年4月、横浜市と東京電力パワーグリッドとの間で、横浜港におけるグリーン電力供給拠点の構築を検討する覚書を締結した。電気運搬船は、海を越えて新たな送電ネットワークを構築し、再エネの貯蔵・供給・利用を推進する可能性を秘めている。将来にわたって蓄電池のさらなる技術的進化が必要だ。

(文=横山渉/ジャーナリスト)

横山渉/フリージャーナリスト

横山渉/フリージャーナリスト

産経新聞社、日刊工業新聞社、複数の出版社を経て独立。企業取材を得意とし、経済誌を中心に執筆。取材テーマは、政治・経済、環境・エネルギー、健康・医療など。著書に「ニッポンの暴言」(三才ブックス)、「あなたもなれる!コンサルタント独立開業ガイド」(ぱる出版)ほか。

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