漫画家の収入源といえば、従来は商業誌である漫画雑誌連載の原稿料、単行本による印税収入が主だったが、インターネットの普及により収入源は多様化。現在ではSNS発信、電子書籍、広告制作などで稼ぐ新世代の漫画家が増えてきており、出版社に依存せずとも生計を立てられるようになってきているようだ。そこで今回は約50万人のX(旧Twitter)のフォロワーを抱え、絵日記漫画を投稿し続けるウェブ漫画家の「ぬこー様ちゃん」に、新世代の漫画家の稼ぎ方やマインドについて聞いた。
※情報は1月12日現在のものです。
電子書籍が2年弱で売上7000万円
ぬこー様ちゃん氏は、Xや自身のlivedoorブログ「ぬこー様ちゃんの大好き絵日記」で、自身の体験談をもとにした絵日記漫画をほぼ毎日投稿し続けている。「エンタメと恋愛は似てる」「人はなぜ騙されるのか」といった身近な体験をまとめたエッセイ漫画をはじめ、作家業を続けられなかった人の共通点を語る「作家廃業した人の共通点」なども人気。また、収入面のアドバイスを行った「雑なアドバイスから毎月90万円収入が増えた話」など、クリエイター向けのコラム漫画も投稿もあり、内容は多岐にわたる。
ちなみに作品内に登場するぬこー様ちゃん氏は、ボブカットのかわいらしい女の子だが、実際は元水泳選手でコーチを務めたこともある屈強な40代男性とのことで、本人いわく「打ち切られたショックで美少女になった」そう。その自虐的でコミカルな姿勢は、多くの読者から愛されており、Xに投稿した漫画には「いいね」が殺到し、“万バズ”を記録することも珍しくない。
「現在の活動のメインはネットになっておりまして、商業誌での連載はほとんど持っていません。主な収入源はXでの広告収入や、Amazonの電子書籍サービス『Kindleインディーズ』で、多方面にビジネスを展開しています」(ぬこー様ちゃん氏)
具体的にどのように収益が発生しているのだろうか。
「Xはリプライ欄に表示される広告の収益を投稿主に分配してくれる仕組みです。私は毎日18時に絵日記漫画を投稿していますが、一定のインプレッション数を稼げているので、月十数万円程度の収入が発生しています。Kindleインディーズでは、過去に描いた絵日記漫画を電子書籍にまとめて配信しています。ダウンロード自体は無料なのですが、実は1回ダウンロードされるごとに10円前後の収益がクリエイターに分配されているんです。私は2022年2月から開始しましたが、これまでで600万ダウンロードを突破していますので、この2年弱の間に7000万円ほど稼ぐことができました。近年では一番の稼ぎ口となっています」(同)
無料の電子書籍が年間3000万円以上もの売上になっているとは驚きだ。ぬこー様ちゃん氏の場合、それ以外にもウェブ漫画家として複数の収入源を確保できているという。
「Kindleインディーズの紹介ページにAmazonへのリンクを入れておいて、アフィリエイト収入が発生するように設定しています。またブログの活動に関しては、現在、広告単価が低くなってしまっているものの、livedoor経由で企業案件の依頼は多いので、こまめに更新を継続中です。ほかにもグッズ販売や講師活動、商業誌連載などを依頼されることもあり、さまざまな稼ぎ口がありますね。ひとつの収入源に頼らない稼ぎ方は、ウェブ漫画家の強みだと考えています」(同)
ウェブ漫画だからこその強みがある
今でこそ漫画家の収入源は多様になったものの、昔は今ほど自由な選択肢がなかったとぬこー様ちゃん氏は振り返る。
「私が20代だった2000年代はインターネットの普及期でして、出版社以外は漫画家の活動場所がほとんどありませんでした。一部の漫画家のなかには、個人で活動する人もいましたが少数派だった印象です」(同)
多くの漫画家にとって出版社に依存せざるをえなかった2000年代だが、なかには個人サイトを立ち上げて漫画を発信する漫画家も現れた。たとえば、商業連載でリメイクされ、アニメ化もされた『ワンパンマン』(原作:ONE)や『ホリミヤ』(原作:HERO)は、もともとはウェブ漫画として発表され話題を集めていた作品だ。その後、2010年代にはSNSが普及し、徐々にXで漫画を投稿するアカウントが増え始める。そして、SNSで本格的に収益が見込めるようになったのは、2018年頃なのだとか。
「この頃から『pixivFANBOX』『Skeb』といったクリエイターへの定額支援サービスが始まったんです。これはユーザーが月数百円ほどクリエイターに課金することで、クリエイターが提供する独自のコンテンツを楽しむことができる仕組みになっており、漫画家にとっては安定して収入を得られる手段となりました。これらのサービスは、メディアとしてしっかり機能しているので、作品の発信方法がかなり変化してきたと感じます」(同)
定額支援サービスの追い風に乗り、続々と個人で稼ぐ漫画家が増えてきたという。
「しかし、売れるために作家自身のセンスと技術が問われるのは、商業誌の漫画家と基本的には変わりません。さらにいうと、自分の発信するコンテンツを多くのユーザーに知ってもらうよう、育てていく必要もあります。そのためにはネットの漫画のメリットや、ネットでどのように読まれているかをしっかり把握しなくてはいけません。
現在は短い時間に楽しめるスナックコンテンツ全盛の時代。『TikTok』や『YouTubeショート』など、短時間で満足できるコンテンツが求められていますが、漫画でもそれは同じ。4ページぐらいで手早く読むことができる漫画が読者にウケるんです。しかも更新スピードも速いので読者にも飽きられにくく、またリプライなどで読者の反応が直に反映されるのでフィードバックの回数も多い。つまり、ウェブ漫画は消費されやすく、フィードバックを活かし、読者に合わせて作風を変更していくといった工夫が重要なのです」(同)
対して、たとえば商業誌の週刊連載は掲載が週1回で、かつ1話あたりのボリュームが十数ページ。当然、月刊連載なら掲載はたった月1回で、1話当たりのページ数はさらに増える。
「読者が1話を読むのにそれなりの時間がかかりますし、編集部や編集者との兼ね合いもあって漫画家独断で作風を変えづらい。したがって消費しやすさ、機転の利かせやすさは、ウェブ漫画のほうに利があると考えています。じっくりコンテンツを育てて、一定以上の収入が得られるフェーズに入れば、個人でも食っていけるんです」(同)
いずれは世界進出も夢ではない?
商業誌などに連載せずに個人漫画家として活動していくうえで、自分で仕事を切り拓いていく必要性を強く訴えるぬこー様ちゃん氏。
「さまざまな作家さんを見ていると、作ること(漫画を描くこと)ばかりに熱中している方々が多い印象です。それはもちろん素晴らしいことなのですが、ただ作るだけでは読者に見てもらえません。がんばって作った作品をきちんと多くの読者に読んでもらって、お金がもらえるような仕組みとして発信し、地に足を付けることはクリエイターとして大事なことです。
一方で商業誌に連載するという従来のスタイルで活躍される先生方のように、漫画だけを描いて、掲載や宣伝などは出版社に任せるほうが向いている作家さんもいるでしょう。漫画志望者のなかには、商業誌信仰が強くて、SNSをやらない方もいるようです。ただ私の肌感覚で恐縮ですが、ほとんどの漫画家志望者は商業誌連載には向いていないといえます。自分だけで作品をプロモーションしたいこともあるでしょうし、何なら編集者とぶつかって衝突が起きることも考えられるので、黙々と創作に打ち込めるタイプではないと商業誌の漫画家は難しい。自分だけでどんな販路にするか、どうやってPRしようか、と考え、行動してきちんと結果が出せれば、嬉しいですし自分の努力も報われるので、個人のほうが肌に合う漫画家志望者は多いのではないでしょうか」(同)
従来の漫画家像とは異なるものの、自分で作品を売り込んでいく姿は、さながら実業家のようだ。漫画を描くだけではなく、ビジネスパーソンとしてコンテンツの魅力を発信していくことも、これからの漫画家に必要なスキルになるのかもしれない。
「現代の読者は、漫画家が商業誌連載をしていたという肩書きではなく、『今何をしているのか』に興味があります。毎日漫画を投稿して作品を知ってもらうことは大切ですが、それ以上に作家の中身も知ってもらう必要があるかと思います。雑誌という看板がない分、やはり作家のことをキャラクターとして親しんでもらわないと継続的に読んでくれる読者は現れません。自分自身をタレントのように認知してもらうことが大切になるでしょう。
余談ですが、これからは日本国内だけではなく、海外も大きなマーケットになると信じています。漫画は従来、言語の壁が大きく、大手出版社を除き海外進出は難しかったのですが、翻訳ツールの発達などにより、いずれ容易になるでしょう。そうすれば漫画家の活躍の場は、よりいっそう広がるはず。自分でマーケットの流れを掴み、収入源を確立すれば、ワールドワイドな漫画家として活動していけると私は確信しています」(同)
(取材・文=中田椋/A4studio、協力=ぬこー様ちゃん/漫画家)