ロケットナウ「送料無料・店頭同価格」の狂気…韓国クーパンが日本で仕掛ける戦略

●この記事のポイント
韓国EC大手クーパン(NYSE:CPNG、2025年12月期売上高345億ドル)の日本法人が展開する「ロケットナウ」が2026年6月30日に46都道府県へ拡大。送料・サービス料無料、タクシーアプリ「GO」との提携も開始し、ウーバーイーツ・出前館を追う戦略と収益構造、リスクを解説する。
フードデリバリー「ロケットナウ(Rocket Now)」が6月30日、対応エリアを一気に拡大した。これまで17都道府県だった対応地域に28道府県を追加し、未対応は福井県のみという「ほぼ全国」体制になったのだ。同時期には国内最大級のタクシーアプリ「GO」との相互送客プログラムも始動し、攻勢はさらに強まっている。
運営するのは韓国の巨大EC企業クーパン(Coupang, Inc.、NYSE:CPNG)の日本法人・CP One Japan合同会社。同社の武器は「送料・サービス料0円」「店頭と同じ価格」という、ユーザーにとってメリットしかない条件だ。ウーバーイーツや出前館の値上がりに疲れたユーザーからは歓迎の声が上がる一方、業界内では「これで採算が取れるのか」「一時的なキャンペーンで終わるのではないか」という疑問も根強い。本稿では、公開情報をもとにその事業構造と勝算、そしてリスクを検証する。
●目次
- 「送料無料・店頭同価格」を成立させる仕組み
- 親会社クーパンの資金力と、韓国での躍進の実績
- なぜ日本か、そして「フードの先」にあるもの
- 死角と限界――配達員確保と品質維持の壁
- ユーザーの利益は、業界にとっての消耗戦の始まり
「送料無料・店頭同価格」を成立させる仕組み
ロケットナウの特徴は、ユーザーからの徴収を極小化し、コスト構造そのものを組み替えている点にある。
第一に、多くの競合が採用する「ユーザーからも店舗からも取る」二重課金構造を取らず、収益源を主に加盟店側の手数料に一本化している。第二に、エリアを闇雲に広げるのではなく、対象地域内で店舗と配達員の密度を高め、AIによるマッチングで1回の稼働あたりの配達件数(ドロップ数)を最大化することで、配達1件あたりの実質コストを抑える設計だ。
そのうえで注目すべきは、親会社クーパンが韓国本国のEC事業で確立してきた「広告・リテールメディア」収益の存在だ。クーパンは自社ECサイト上で加盟店の露出枠を有料で販売する広告事業を展開しており、これがグループ全体の利益率を押し上げる収益源になっている。ロケットナウが日本でも同様に、アプリ内の「おすすめ表示」等を将来的な収益源として位置付ける可能性は高いとみられるが、現時点でその具体的な収益化計画が公表されているわけではない点には留意が必要だ。
親会社クーパンの資金力と、韓国での躍進の実績
ロケットナウの後ろ盾となっているのは、2026年版フォーチュン500で132位にランクインした巨大企業クーパンだ。2025年12月期の通期決算では、売上高が前年比14%増の345億ドル(約5兆円規模)、売上総利益は同15%増の101億ドルに達し、純利益も2億1400万ドルを計上した。ただし、フードデリバリーの「クーパンイーツ」やロケットナウ、台湾事業などを含む「Developing Offerings」セグメントは、売上こそ49億ドルまで伸びた一方で、調整後EBITDAの赤字は9億9500万ドルへと拡大している。つまり、新規事業群への先行投資としての赤字は、本業のEC(Product Commerce)セグメントが稼ぐ利益で十分に吸収できる規模だということだ。
この「本業の利益で新規事業の赤字を埋めながらシェアを奪う」手法は、クーパンが韓国本国のフードデリバリー市場ですでに実証済みだ。月額会員制度「ワウメンバーシップ」加入者に配達料の実質無料化を提供したことで、クーパンイーツは急速にシェアを伸ばし、韓国紙の調査によれば2025年2月には最大手「配達の民族(배달의민족)」のカード決済額が前年同月比16.8%減、2位の「ヨギヨ」は42.7%減という、統計開始以来最大の落ち込みを記録したと報じられている。「最初に赤字を掘ってシェアを握り、競合が消耗した後に収益化する」という手法を、日本でも再現しようとしていると見るのが自然だろう。
なお、クーパンは2025年末に発覚した大規模なデータ漏洩問題で韓国当局から過去最高額となる約409億ドル相当(訳注:報道ベース)の制裁金を科されるなど、レピュテーションリスクも抱えている点は公平性のために付記しておきたい。
なぜ日本か、そして「フードの先」にあるもの
クーパンは2021年6月、生鮮食品や日用品を最短10分で届ける「クイックコマース」で日本に参入したが、2023年3月に撤退した経緯がある。今回の再進出は、フードデリバリーという業態を変え、しかも一段と大規模な投資を伴っている点で、単なるリベンジ以上の意味を持つ。
考えられる理由の一つは、利用頻度の高い「食」を入り口に、短期間で大量のアクティブユーザー基盤を築けることだ。ロケットナウは2025年11月時点でアプリダウンロード数が250万を突破しており、iOS・Android両ストアのフードデリバリー部門で4カ月連続1位を獲得したとされる。ゼロから総合ECで日本のAmazonや楽天市場に挑むより、まず「食」で顧客との接点を作るほうが現実的だという見方は成り立つだろう。
もう一つの布石が、タクシーアプリ「GO」との連携だ。2026年6月29日から始まった相互プログラム「乗っトク、食っトク。」では、ロケットナウでの注文がGOの会員ステータス特典に、GOでの乗車がロケットナウの割引クーポンにつながる仕組みが導入された。GOは国内タクシー配車アプリで累計3500万ダウンロードを誇り、ロケットナウ側にとっては新規ユーザー獲得のコストを抑えながら、都市部の購買力の高い層に効率的にリーチできる提携といえる。
死角と限界――配達員確保と品質維持の壁
一方で、急拡大にはリスクも伴う。今回のような短期間・広範囲のエリア拡大に対して、地方都市も含めた配達員(ドライバー)の確保が追いつくかは未知数だ。配達の遅延や料理の冷めなど、品質面での課題が浮上すれば、せっかく築いたブランドイメージを損ないかねない。
流通業界に詳しい戦略コンサルタントの高野輝氏は、「送料無料モデルは短期的なユーザー獲得には極めて有効だが、持続的な収益化には広告事業などの“第二の収益源”を軌道に乗せられるかがカギになる。韓国本国での成功体験をそのまま日本市場に当てはめられるかは、配達インフラの整備状況や店舗側の受け入れ姿勢次第だろう」と指摘する。
ウーバーイーツや出前館にとっても、既存の配達員ネットワークの厚みや店舗網の広さは依然として強みだ。ロケットナウの急拡大による「品質の隙」を突いて巻き返す展開も十分にあり得る。
ユーザーの利益は、業界にとっての消耗戦の始まり
ユーザーにとって、送料無料・店頭同価格という条件は歓迎すべきものだろう。しかし、これはデリバリー事業単体の収益で成り立つ競合にとって、クーパンという「本業の利益で新規事業を支え続けられる体力」を持つ相手と長期戦を戦わなければならないことを意味する。
ロケットナウが日本市場で「第三極」から一段上の存在へと駆け上がるのか、それとも日本特有の配達インフラの制約に直面するのか。今後の店舗獲得数や配達品質、そして広告事業をはじめとする収益源の多様化がどう進むかに、引き続き注目が集まる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)











