トヨタ自動車の水素燃料電池車「ミライ」が、二代目となって正式に誕生した。実は昨年、閉鎖された敷地内での試乗が許されており、本連載でも紹介済みだが、その時はまだ完成前のプロトタイプであり、価格も未発表。年を越して、晴れて完成車となり公道走行が許されたのである。テストコースでは感じられなかったポイントを含めて、改めて紹介することにした。
新型ミライは、コンセプトと完成度と、もっと言えば開発手法とを改めている。2014年にデビューした初代の面影はほとんどなく、まったくのブランニューモデルと言っていい。2014年から2021年までの社会は激変した。世界が脱炭素化に大きな歩幅で進み始めている。その急変の潮流に乗るかのように、大胆な改革が施されているのだ。
一言で言えば「水素燃料自動車の大衆化」である。初代は、まるでショーモデルであるかのように近未来感が色濃く感じられるモデルだった。トヨタのケーススタディであり、量販を狙うのではなく、時代に先駆者になるべく新技術を投入。クルマとしての使い勝手より、技術見本市の様相を呈していた。だが新型は、一般に普及させるべく細工が行き届いている。
ボディサイズは大きくなった。全長は4975mm、全幅は1885mm、全高は1470mm。高級車の代表である「クラウン」が全長4910mm、全幅1800mm、全高1455mmだから、それより前後に長く、左右に幅広である。高さは先代に比較して低く抑えられており、堂々とした体躯が与えられている。つまり、トヨタラインナップの中ではクラウンを凌ぐ車格であり、これからのトヨタのフラッグシップなのである。
現物に触れてまず意識させられたのは、違和感なく自然体で接することができる点だ。特殊な水素を燃料としていることを感じさせず、コクピットドリルを授からずとも運転が可能だ。イグニッションボタンを押してコンピュータを目覚めさせれば、ごく普通の発進をし、停止するのである。
まず圧倒的に優れているのは、静粛性である。内燃機関という音源を持たないことから、静粛性が得られやすいことは想像の通りだが、タイヤの転がり音や風切り音といったロードノイズが見事に遮断されており、高級車としての資質が窺える。
乗り心地も圧倒的である。試乗車は20インチの大径タイヤを履いていた。だが、そのタイヤは決して転がり抵抗だけに特化したエコタイヤではなく、操縦性でも定評があるプレミアムタイヤである。だというのに、路面からの突き上げなどが遮断されていたのが驚きだった。いたずらに環境性能を追い求めてはおらず、高級車として熟成させている。量産を狙っていることは、その辺りからも想像ができた。
それでいて、航続可能距離は19インチタイヤ仕様で約850kmに達する。20インチ仕様でも約750kmを燃料補充せずに走破できるというから、水素燃料電池車にとって懸案の水素ステーションの少なさを補おうとしているのだ。
試乗車で水素充填にトライしたものの、あまりのあっけなさに驚いた。EV(電気自動車)が電力補充に数時間を要するのに対して、水素充填はわずか3分ほどである。ガソリン給油より短時間に感じたほどである。水素ステーションが近所にあるのならば、EVより手軽に、時にはガソリン車と同等の手軽さで乗りこなすことができるような気がした。
価格は710万円からだ。先代に比較して格段に豪華になり、装備が充実しているのに、価格は逆に抑えられている。数々の補助金を合計すると約140万円になる。これほど安価な高級車もあるまい。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)