ヤマハ発動機株式会社(ヤマハ)が、「月極ライダー」と銘打った中古二輪車(バイク)の新しいビジネスモデルを考えているようだ。それは定額課金制、いわゆるサブスクリプション・ビジネスと呼ばれるものだ。サブスクリプションとは、継続的に顧客に料金を課し、その代わりに自社の製品やサービスを使用してもらうことをいう。
ヤマハは、埼玉県の中古バイク販売会社はとやと提携し、月極ライダーのサービスを提供する。対象となる車種には、ヤマハ以外のメーカーのモノも含まれる。ここがポイントだ。ヤマハはオープン・イノベーションの実践を通して、バイク業界全体の活性化を目指す。国内市場が縮小均衡に向かい、海外市場の重要性が高まるなか、ヤマハは各企業がしのぎを削るよりも、協力できるところは協力したほうが持続的な成長を目指しやすいと考えている。
これは非常に興味深い考えだ。サブスクリプションなどの新しい発想や社外のテクノロジー活用を通して、ヤマハがどのように成長を実現していくか、注目したい。
サブスクリプション・ビジネスとは
ヤマハが開始したサブスクリプション・ビジネスは、世界全体で大きな注目を集めている。なぜなら、先進国を中心に経済が成熟し、人々の生き方が大きく、かつ急速に変化しているからだ。一言でいえば、モノを所有することにこだわる人が少なくなっている。シェアリングエコノミーの普及のように、特定のモノを所有して限られた利用権を独占するのではなく、必要に応じてモノを利用できる権利を手にできればよいと考える人が増えている。
モノを持つことへのこだわりが薄らぐなか、企業は顧客に対して継続的に料金を課し、自社の製品などを利用してもらうことを重視するようになった。それが、サブスクリプション・ビジネスへの関心を高めている。すでにトヨタ自動車は、レクサスなどを対象とするサブスクリプション・サービスを始めた。
サブスクリプションは雑誌などの定期購読に似ている。同時に異なる点もある。ポイントは、デジタル技術を用いたカスタマイズだ。たとえば、音楽のサブスクリプションの場合、リスナーはレーベルに縛られることなく、好きなアーティストの楽曲をネットワーク上からダウンロードして楽しむことができる。サブスクライブを提供する企業は、ネットワーク上のデータをもとに、顧客に別の楽曲をリコメンドし、より長期の関係構築を目指すことができる。
加えて、消費者は出費を抑えられる。ヤマハの月極ライダーは、コスト総額(車両本体、法定費用、保険料などの合計)の5%を毎月支払えばよい。コスト総額16万円のスクーターをサブスクライブしたいのであれば、ひと月8000円で済む計算だ。自分で16万円のバイクを買うことを考えれば、利用料金の低さは魅力的だ。中古のバイクを対象としている点も、支払総額を安く抑える秘訣だ。
ヤマハの狙い
ヤマハは月極ライダーを通してバイク利用人口を増やしたい。本来、企業が成長を目指すためには、自社ブランド製品のシェアを高めることが必要だ。ただ、市場全体が縮小するなかで一企業がシェアの増大を目指すことは容易ではない。その上、新興国企業の台頭によってさまざまな業界で価格競争が激化している。
1990年代以降の日本のエレクトロニクス業界はその良い例だ。国内では、各電機メーカーが自社ブランドの家電製品の開発とシェアの維持に執着し続けた。一方、海外では韓国や中国の企業が競争力をつけ、低価格で満足のいく機能を持った製品を販売し始めた。国内で製品を生産し、輸出することにこだわった日本企業は、この変化に適応することが難しかった。
この教訓をヤマハは生かそうとしている。販売台数を伸ばして収益を得るために、ヤマハは市場そのものを大きくしたい。1980年、国内の二輪車販売台数は230万台だった。2017年の販売台数実績は35万台にまで激減している。日本では少子化と高齢化に加え、人口の減少が急速に進んでいる。国内経済が縮小均衡に向かうに伴い、バイクの販売台数はさらに減少するだろう。
サブスクリプションを通して人々は、出費を抑えつつ、好きなバイクを選ぶことができる。バイクに乗ったことのない人が「これはおもしろい」と実感できれば、バイクの利用人口は増える。ヤマハはそれを狙っている。見方を変えれば、サブスクリプション・ビジネスには、ハード(製品)を作る企業が、ソフト(人々の生き方)を創造する側面がある。
当面は埼玉県限定で月極ライダーのサービスが提供される。ヤマハがここで得られた経験をもとに自社の新型機種などを対象としたサブスクリプション・ビジネスを進めることができれば、国内バイク業界におけるヤマハの存在感は従来以上に大きくなる可能性がある。
ヤマハが目指すオープン・イノベーション
ヤマハは、自社内の要素に社外の発想や技術を組み合わせ、新しいモビリティーを生み出そうとしている。それは、同社がオープン・イノベーションを目指していることにほかならない。月極ライダーの実証実験開始の背景にも、社外から新しい発想やテクノロジーを取り込んで、環境の変化に適応しようとするヤマハの考えがある。
すでに2016年、同社は長年のライバルであり一時は“HY戦争”といわれるほどに覇権を争ったホンダとの提携を発表した。ヤマハは国内用エントリーモデルとしての50ccバイクを残すために、ホンダからのOEM供給を選択した。2019年に入りヤマハは電動バイクの新興企業に投資を行い、ホンダ、スズキ、川崎重工業と電動バイクの普及に向けた協議会も発足させた。
今後、ヤマハはさらに積極的に、社外から新しい発想を取り入れ、バイクを使う楽しみや、新しいテクノロジーの実現を目指すだろう。特に注目したいのが、ヤマハの新興国ビジネスだ。ヤマハの売上高の90%は海外からもたらされている。売上高の60%は二輪車事業が占めている。二輪車事業の売り上げの60%超がアジア地域だ。
新興国では二輪車需要が旺盛だ。何よりも自動車に比べてバイクは安い。渋滞が多い交通事情から、バイクを生活の足として重視する人は多い。そのなかで、ヤマハやホンダなど日本製のバイクは、品質の高さから人気だ。環境への配慮などから電動バイクへの需要も拡大するだろう。
成長が見込める新興国において、ヤマハがサブスクリプションのサービスを提供できれば、新興国二輪車市場における同社の存在感は一段と高まるだろう。そのために埼玉県における中古二輪車のサブスクリプション・ビジネスがどうなるかは見逃せない。月極ライダーを手がかりにヤマハがバイクのあるライフスタイルを人々に提示し、ファンを獲得することができれば、ホンダやスズキなどほかの企業に刺激を与える。それは、わが国の産業界のダイナミズムを引き上げるためにも重要だ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)