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宮永博史「世界一わかりやすいビジネスの教科書」

地方路線バス、驚異の精密運行 秒単位のデータ収集、アンケート調査…3年で事業再建

文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT(技術経営専攻)教授

 本連載前回記事では、埼玉県川越市に本社を持つ従業員180人のイーグルバスが、赤字の路線バス事業を再建するために、どのようなデータ収集を行ったかについて紹介した。

 一般的なデータ収集は、せいぜい「1台当たり」「1ダイヤ当たり」といった大雑把なものだが、イーグルバスは「バス停ごと」「バス停とバス停の間」の乗車人数や、バスの位置と運行時間を「秒単位」で正確に把握するなど、極めて精密に行った。さらに素晴らしいことに、それを継続している。

 今回は、収集したデータをどのように活用して事業を再建したかについて、みていこう。

ステップ1「データを可視化する」

 おいしい料理をつくるためには、いい素材が欠かせない。しかし、せっかくいい素材があっても、料理人の腕前が悪くては台無しだ。データもまったく同じである。収集するだけでは意味がなく、編集してこそ価値がある。大切なのは、収集したデータをどのように加工し、より問題を発見しやすくするかだ。

 イーグルバスは縦軸に距離、横軸に時間をとり、実際の運行状況をプロットした。しかも、運行ダイヤと一緒に表示することにより、ダイヤと実際の運行の違いを一目でわかるようにしたのである。また、乗客が平均1人以下のような明らかな赤字区間は、一目でわかるように青い太線で表示した。

 その効果はてきめんだった。表示されたデータを初めて見たイーグルバスの谷島賢社長は、まず運行状況が可視化されたことに感動した。しかし、すぐにその実情を知って愕然とする。

地方路線バス、驚異の精密運行 秒単位のデータ収集、アンケート調査…3年で事業再建の画像2

 乗客が平均1人以下の青い太線、つまり赤字路線区間が至るところにあったからだ。赤字の区間がこれほど多いとは思っていなかったのだろう。データを収集して可視化した効果は想像以上であった。

 イーグルバスでは、こうしたデータの加工と表示ソフトの開発を外注せず、自分たちの手で行っている。それには、後述するように単なる経費節減以上の効果がある。

ステップ2「原因を探る」

 データを可視化して問題を発見したら、次のステップは、その原因を探ることだ。例えば、イーグルバスでは「峠口」というバス停からの乗客が急増したことがわかったので、その原因を探ることにした。

「峠口」を利用する乗客にアンケート調査やヒアリングを実施すると、バス停から500メートルほど離れた病院から来ていることがわかった。さらにその原因を調べると、病院に乗り入れていた他社のバス便が大幅に減少していた。

 また、埼玉県飯能市にある宮沢湖温泉のバス停では、大幅な遅延が発生していることがわかった。路線を担当する運転手にヒアリングを行い、実際に宮沢湖温泉に行って行動観察を行うと、温泉客が大幅に増加していることがわかった。バス停のある駐車場が以前よりも混雑し、バスの通行を妨げていたのである。しかも、バスの乗客自体も増加していたので、余計乗り降りに時間がかかるようになっていた。

ステップ3「対応策を施し、問題を解決する」

 データを可視化して事実を把握し、原因を探ることによって問題がわかれば、解決の糸口はおのずと見えてくる。

 イーグルバスは、関係各所と交渉してバス停を「峠口」から「病院前」に移動した。その結果、乗客の利便性が増し、さらに乗客を呼び込むことに成功したのである。宮沢湖温泉のバス停については、実情に合わせてダイヤを改正し、乗客の不満を解消した。

 また、バスの運行が多少乱れても電車への乗り換えに余裕ができるように、ダイヤを修正した。特に、高齢者は乗り継ぎに時間がかかるため、高齢者の利用が多い日中に限り、電車との乗り継ぎ時間を5分から10分に延長したのだ。

 より大胆な改革として、航空業界で使われるハブ&スポークという方法を採用した。町の真ん中に中継所(ハブ)となるバス停留所を設置することにしたのである。

 従来の路線は、一つひとつが長いために本数が少なかったり、無駄に重なっている路線があったり、利用者にとってもイーグルバスにとっても非効率的であった。中継所を設けることで利用者の利便性が向上し、イーグルバスにとっても効率的な運営ができるようになった。まさに一石二鳥の方法である。

データ活用のポイント

 さて、イーグルバスの赤字路線バス事業の再生にみるデータ活用のポイントを整理すると、次のような点が挙げられる。

 まず「見えない事業」であった路線バス事業を可視化したことだ。なぜ、そこにバス停があるのか。以前の運行計画は、職員の勘と経験に頼りきっていた。いわば、品質管理も工程管理もなされていない状況だったのである。そして、その対策として、4つの可視化を実行している。

 第一に、乗降センサーとGPSセンサーを導入し、「正確に、精密に、継続的に」データを収集する。その結果、バス停ごとの乗降人数、バス停間の乗車人数や密度、バスと電車の円滑な接続、バスの定時運行などの「運行状況」を正確に把握し、問題と機会の発見につなげている。

 第二に、データ収集だけでは得られない顧客ニーズをアンケートで収集している。それも、短期・中期・長期の3種類のアンケートを組み合わせて行っている。車内に設置したポストカード式アンケート(日々の収集)、ダイヤ改正についての評価アンケート(年に一度)、地域住民アンケート(3年に一度)の3種類だ。

 第三に、運行コストの可視化では、コスト管理の単位をバス1台や路線全体ではなく、1キロ、1分で行っている。そうすることによって、どこに問題があるのかが明らかになるのだ。

 以上の3つに加えてイーグルバスが行ったのが、改善プロセスの可視化だ。イーグルバスは、これを「PDCA3年改善モデル」と呼んでいる。1年目に可視化を実施し、問題点を抽出する。2年目に最適化ダイヤで運行し、利用者の評価を得る。そして、3年目に改善したダイヤで運行する。この改善プロセスを繰り返すのだ。このように、改善プロセス自体も可視化したことが、イーグルバスの大きな特徴である。

 こうした取り組みによって、イーグルバスは利用者を25%も増やすことができた。事業を再建する際、コスト削減だけでは限界があり、顧客を増やす努力が不可欠だ。

 そのためイーグルバスは、バスはダイヤ通り運行しないという「常識」に挑戦し、データを収集して現状を正確に把握し、事業の改善につなげた。決して、最先端の技術を導入したわけではなく、いわゆるビッグデータ活用の設備投資をしたわけでもない。身の回りにある技術を導入し、データを生かす視点に工夫をこらし、スモールデータを見事に生かして成果を上げている。

 次回は、タイムズ24という駐車場事業を営む、パーク24のデータ活用についてみていく。2015年5月22日付日本経済新聞に、パーク24の駐車場事業が8%の減益になったことが報じられている。その要因として、「駐車場の稼働率が前年同期を0.2ポイント下回る44.3%にとどまった」ことが挙げられていた。

 さて、読者のみなさんがパーク24の経営者なら、どのくらいが理想的な稼働率だと思いますか? また、そもそも稼働率をどう定義しますか? 次回までに考えてみてください。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営専攻>教授)

※イーグルバスに関する参考資料
(1)『サキどり』(NHK)2013年1月20日放映
(2)『日経スペシャル ガイアの夜明け』(テレビ東京系)2014年9月2日放映
(3)『日経スペシャル カンブリア宮殿』(テレビ東京系)2015年6月25日放映

宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授

宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授

東京理科大学大学院
経営学研究科 技術経営(MOT)専攻教授。東京大学工学部・MIT大学院修了。NTT、AT&T、SRI、デロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)を経て2004年より現職。主な著書に『ダントツ企業』『顧客創造実践講座』『世界一わかりやすいマーケティングの教科書』『幸運と不運には法則がある』『理系の企画力!』『技術を武器にする経営』(共著)、『全員が一流をめざす経営』(共著)、『成功者の絶対法則 セレンディピティ』などがある。

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