親子上場は欧米ではほとんど見られない日本独得の資本政策である。上場子会社には親会社の意向が強く働き、少数株主が不利となるからである。
オフィス用品通販大手のアスクルと、アスクル株式の45.1%を持つヤフーとの対立が、親子上場の弊害を特に印象づけた。きっかけはアスクルの個人向けネット通販「LOHACO(ロハコ)」事業のヤフーへの譲渡問題だった。譲渡の検討を求めたヤフーに対し、アスクルはこれを拒否。ヤフーは「業績低迷」などを理由に創業者の岩田彰一郞社長の再任に反対した。
同時に、元松下電器産業副社長の戸田一雄氏、東京大学名誉教授の宮田秀明氏、日本取引所グループ前最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏の3人の独立社外取締役に対しても、「岩田氏を任命した責任」を問うかたちで再任に反対した。8月2日のアスクルの株主総会では、同社の母体企業で11.6%の株式を持つ第2位株主の文具用品大手プラス、そしてヤフーが再任に反対し、4人は解任された。賛成比率は岩田氏が20.80%、3人の独立社外取締役は25~26%だった。
アスクルはヤフーとプラスの議決権行使を除いた、4人の賛成の割合を公表した。岩田氏の賛成比率は75.74%、戸田氏は95.58%、宮田氏は94.65%、斉藤氏は93.19%と、いずれも高い支持があった。逆に、社外取締役であるプラス社長の今泉公二氏の賛成比率は68.58%、ヤフー取締役の小澤隆生氏は68.52%。岩田氏と3人の独立社外取締役を個人株主など少数株主は支持したことになる。アスクルは「少数株主の意思と合致した(結果)とは到底いえず、改めて遺憾」を表明した。
独立社外取締役の解任に非難が相次ぐ
ヤフーがアスクルの独立社外取締役3人を解任したことで、企業法務を研究する団体が相次いで懸念の声明を出した。独立社外取締役は中立の立場から一般株主の利益を守る役割を担っているからである。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(理事長:牛島信弁護士)は『支配株主を有する上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する意見』を表明した。
「独立社外取締役の判断が自らの判断とそぐわないからといって、支配株主が当該独立社外取締役の再任を拒絶できるとあっては、結局のところ独立社外取締役は、支配株主の意向を伺うこととなり、本来期待される役割を果たすことができなくなるから、上場子会社において少数株主の利益を保護するための実効的なカバナンス体制を構築することなど不可能となる」と指摘した。
日本取締役協会(会長:宮内義彦オリックスシニア・チェアマン)は『緊急意見 日本の上場子会社のコーポレートガバナンスの在り方』を発表した。
「経営者の選任を巡る意見の相違を根拠に、支配株主の横暴をけん制するために存在している独立取締役を、緊急性も違法行為のない状態で解任できるのであれば、親子上場のガバナンスが成り立たなくなる」
金融庁のスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議の委員を務めていた、コンサルティング会社・経営共創基盤の冨山和彦CEOは、毎日新聞(8月2日付朝刊)に『親子上場問題、ほらみたことか』の一文を寄稿した。
「上場子会社であるアスクルの独立社外取締役の最大の責務は、支配的な大株主から少数一般株主の利益を守ることにある。破廉恥行為や背任的行為がない限り、そのクビを大株主自身が切るのはタブー中のタブー。明らかに経済産業省の企業統治ガイドラインの趣旨に反するし、これで独立社外取締役がゼロになると、金融庁の企業統治指針はもちろん、会社法上も大きな瑕疵(かし)がある状態を生む。かかる状況を作り出したヤフーの経営陣の責任は重い。
そもそも支配的株主に先進国並みの少数株主保護義務を負わせておけば、こんな問題は事前に回避されたはず。いいかげん、政府は本気で制度改正に取り組むべきだ」
孫正義氏の反応
「ヤフーはガバナンスに違反する」との大合唱にソフトバンクグループの反応は割れた。アスクルの岩田社長らの解任を受け、ヤフーを傘下に持つソフトバンクグループ(SBG)は、孫正義会長兼社長の以下のコメントを発表した。
「孫個人は投資先との同志的な結合を何よりも重視するため、今回のような手段を講じる事について反対の意見を持っておりますが、このたびの件はヤフーの案件であり、ヤフー執行部が意思決定したものです。本件はヤフーの独立性を尊重して、ヤフー執行部の判断に任せております」
SBGにとってヤフーは孫会社にあたる。SBGの通信子会社、ソフトバンクがヤフーを子会社としている。ヤフーの一連の強硬策について、株式市場では「グループを挙げた動き」と見ていた。しかし、孫氏のコメントはこれを否定した格好だが、真相は藪の中だ。
他方、ヤフーの親会社であるソフトバンクの宮内謙社長は「事業を伸ばすための大義があった」との見方を示した。ヤフーの一連の行動については、「事業が大きくできるなら賛成」と肯定した。
今回の問題は、ソフトバンクグループにおけるガバナンス不在を露呈させたが、もとはといえば親子上場に起因する。親会社は上場子会社の株式を買い取って完全子会社にするか、持ち株を売却して関係を断つか明確にすべきであるという声が強まることだけは、間違いない。
(文=編集部)