9月30日、当事者たちの声を無視して改正労働者派遣法が施行された。同一労働同一賃金の原則もないまま、人さえ取り替えればいつまでも派遣を使えるようにしたこの「改正」によって、日本の雇用は底が抜けかねない。
この改正のデタラメさは、日本労働弁護団の声明をはじめ多くの指摘の通りだが、派遣・請負で働く人の権利を脅かすのは、政府・与党ばかりではない。「もう、ほんとうに勝てない。ほとんどまったく勝てない」とベテラン労働弁護士が嘆くように、「冷たい司法」もまた、権利を阻む壁になっている。
実例は枚挙に暇がないが、典型のひとつがDNPファイン二重偽装請負・解雇事件である。3月25日、さいたま地裁(志田原信三裁判長)は、二重偽装請負のあげく解雇された労働者、橋場恒幸さんの訴えをすべて退ける判決を言い渡した。派遣労働者が大企業に負けるのは珍しくもなく報道も微々たるものだったが、判決には重大な問題が潜んでいる。たとえていえば、「泥棒は違法だが、泥棒した財産はすべて泥棒がもらってよく、被害者には全然償わなくていい」とでもいうべき理屈になっているからだ。
DNPファインとは、日本を代表する印刷会社・大日本印刷(DNP)の100%子会社だ。事件のきっかけは、同社の工場で二重偽装請負で働かされていた橋場恒幸さん(50歳)がクビ切りされたこと。橋場さんの実質上の雇用主はDNPファインだったが、「書類上の雇用主」は日本ユニ・デバイス。ユニとDNPファインのあいだに、もう一社DNPミクロテクニカという会社が入り、DNPファインが払っていた2100円の時給を二重にピンハネ。橋場さんは1060円しか受け取っていなかった。
二重偽装請負は職業安定法44条(人出し業の禁止)に、賃金のピンハネは労働基準法6条(中間搾取の禁止)に違反する。「派遣法の生みの親」と呼ばれた信州大学の高梨昌名誉教授(故人)は生前、筆者の取材に「ぼくは、偽装請負は逮捕すべきだと労働省(現・厚生労働省)に言ってきた」と明かした。偽装請負・中間搾取は刑事罰もある“犯罪”ともいえる。
埼玉労働局は立ち入り調査の結果、偽装請負を認定。DNPファインは是正を約束するが、橋場さんが解雇撤回を求めて起こした裁判では手の平を返して違法を否定。「法違反の程度は軽い」「偽装請負があった場合となかった場合とでは……原告(橋場さん)が得られる利益に差はなく、損害は生じない」などと強弁。違法な働かせ方を居直った。さいたま地裁は5年にわたる審理を通じて事実を解明。職安法44条と労基法6条の違反を明快に認定。DNPファインなどの違法行為を断罪した。