1953年設立の老舗であり、アパレル業界2位につけているしまむら。主力ブランドの「ファッションセンターしまむら」は全国に約1400店舗を展開し、その数は業界1位のユニクロをも上回るほどだが、一方ではEC(ネット通販)への出遅れが指摘されていた。
そんなしまむらは昨年7月、初のECとして「ZOZOTOWN」への出店を果たすも、今年6月に早々と退店。しまむらの2019年2月期の売上高は5459億円で、これは前期比3.4%減という成績だったため、満を持してのEC参入も増収には寄与しなかったようだ。
報道によるとしまむらの広報担当者は、ZOZOTOWNから撤退した理由を「販売手数料がかかるため」と説明している。販売手数料がコストとしてのしかかることなど、最初から予想できていたことではないのか。それにもかかわらずZOZOTOWNに出店し、1年足らずで退店するという一連の流れには、違和感を覚える人も多いだろう。
そこで今回はジャーナリストの寺尾淳氏に、しまむらがECに進出した狙いや、撤退を決めた背景について話を聞いた。
早期撤退は妥当な経営判断だが、出店先にZOZOTOWNを選んだのが間違い?
「そもそも、なぜしまむらがZOZOTOWNに出店したのかというと、『ECの波に乗らなければ生き残れない』『勝ち馬に乗り遅れるな』という強迫観念に駆られたのではないでしょうか。確かにZOZOTOWNのようなECモールへの参加は、自社でECサイトを構築するのに比べてスピーディーに行えますし、コストも安く済みます。『もしうまくいかなければ、すぐにやめてしまえばいい』という判断もあったのでしょう。
そしてしまむらは実際、ZOZOTOWNから早期撤退したわけですが、経営的に見ると、これは非難すべきことではないと私は考えています。しまむらは当然、ZOZOTOWNにおける販売手数料のことは理解していました。しかし今回のZOZOTOWN出店では結局、そのコスト増に見合うだけの効果は得られなかったということですね。ここで1年以内に見切りをつけたしまむらの決断は、むしろ評価に値します。
というのも、ほかの小売業のなかには『ECは将来性がある』『健全な赤字部門も必要だ』などと根拠の薄い言い訳をしながら、複数のECモールにずるずると出店し続け、赤字を垂れ流しているところもあるからです。
もっとひどい場合ですと、『役員の○○さんが熱心だから』という非合理な理由でECに着手している企業もあり、さながら、第二次世界大戦で日本軍が決行した“インパール作戦”のよう(※1944年、補給を無視した作戦だと反対されながらも、上層部の人間関係によって押し通され、大量の戦死者を出した)。そういう失敗に陥らなかったしまむらは、ある意味では賢明でした」(寺尾氏)
とはいえ寺尾氏いわく、そもそもしまむらが数あるECモールのなかでZOZOTOWNを選んだことに対しては、疑問が残るという。
「当時のZOZOTOWNは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったことでしょう。ただ、しまむらの店舗とZOZOTOWNの販売ページを見比べれば一目瞭然ですが、両者の商品ラインナップや売り方、客層にはけっこうな違いがあります。
第一、ZOZOTOWNはファッションの総合ECモールであって、“カジュアル”というカテゴリーは、全体の一部でしかありません。ほかにも、フォーマルなものやスポーツウェア、さらには着物まで取り扱っていますよね。そこでしまむらがカジュアルウェアを売ってみたところで、恐らくは埋没してしまっていたのではないでしょうか。これを防ぐには『しまむらがZOZOに来た』と大々的な販促キャンペーンを行い、存在感をアピールする必要があったはずなのに、そのような形跡は見られませんでした。
また、これは極端な言い方で反論されるかもしれませんが、しまむらの客層である“しまラー”は都市圏の郊外や地方に住む主婦、共働き妻、高校生、地元勤務の若い女性といったイメージです。一方でZOZOTOWNの客層は、都会育ちの女子大生やオフィス勤務の女性、それを卒業した専業主婦といったところでしょう。
これがユニクロであれば、しまむらと同じカジュアルブランドなので購入者も被っていますが、ZOZOTOWNとしまむらの間には、かなりの距離感があるはずです。現にしまむらはZOZOTOWNからの退店を発表した際、日本経済新聞に『商品の売れ行きや顧客属性など、店頭とは異なるネット上の傾向がわかったため』というコメントを寄せており、そこに気づいたことも、撤退理由の大部分を占めているのではないかと思われます」(同)
今後しまむらは自社ECサイトの開設を目指すも、実現性は低い?
なお、ZOZOTOWN撤退によって、しまむらのEC挑戦が完全に終わったわけではない。しまむらは、2020年2月期までに自社のECサイトを開設するとも報じられており、ZOZOTOWNへの出店には、ECのノウハウを学ぼうという意図もあったとのことだ。
「しまむらは今回、受発注管理、在庫管理、顧客対応といった、ECを“運営・維持するためのノウハウ”ならば獲得できたかもしれません。しかし、ECを黒字化して立派な収益源に育てていくような“成功するノウハウ”に関しては、何も参考にならなかったでしょう。野球にたとえれば、今のしまむらはボールをバットで打つという基本動作は習得できていても、まだ試合の勝ち方を知らない状態だといえます。
これもまた極論ではありますが、リアル店舗を全部売却してEC専業にしたところで、業績がめざましく好転するとは思えないのです。
なぜならしまむらは、返品や追加値引きが当たり前というアパレル業界の商慣行に苦しんでいたメーカーや卸を味方につけ、自社による完全買い取りシステムで取引先との信頼を築き、ここまで成長してきました。このビジネスモデルにECを“接ぎ木”しても、それが大木に育つ可能性は低く、将来的には、リアル店舗を補完するだけの役割にとどまるのではないでしょうか。ECが、しまむら全体の売り上げの半分を担っていくような展開は考えにくいですね」(同)
さらに寺尾氏は「ECで勝算を立てるにしては、しまむらの足元の環境は厳しすぎる」と指摘する。
「ファッションセンターしまむらのリアル店舗の既存店売上高は、今年3~5月は前年同期比5.1%減、6月は同2.1%減、7月は低温で夏物の出足が鈍く同17.5%減と、実に15カ月連続のマイナスでした。8月は0.6%のプラスに転じましたが、10月には消費増税が待ち受けていますから、個人消費が減退するのは確実です。
業績の不振はよく天候のせいにされますが、しまむらの北島常好社長は6月12日付の日経新聞で『強化する商品数に絞り込んだが、それが売れず値引きするだけに終わってしまった』と語っています。私が思うに、しまむらでは構造的な客離れが起きていて、従来の客が他社のEC、あるいは『メルカリ』などのフリマアプリにシフトしてしまっているのではないでしょうか。これに加え、人手不足による人件費増も、利益の足を引っ張っています。
ちなみに、日経新聞が実施した2018年度の『専門店調査』によれば、ECで『利益が出た』と回答した企業は44.8%どまりで、22.0%に至っては赤字です。ECに手を出すなら、配送網さえ自前でつくろうとしているアマゾンや、何を買っても送料無料なのがウリのヨドバシ.comのように、思い切って徹底的にやらなければいけません。中途半端な取り組みでは、中途半端な成果しか残せないからです。
ですがしまむらは現在、商品や売り場の見直しといった、リアル店舗の収益改善対策に追われているのが実情。それではECの新しい準備は到底進まないでしょう。しまむらにとって自社ECサイトの計画は、ZOZOTOWNから退店したときの株価対策の言い訳にすぎず、いずれ実行に移すにしても、延期を繰り返しそうな予感がします。その間は『楽天市場』など、ZOZOTOWNとは別のECモールに出店し、お茶を濁すかもしれません」(同)
しまむらが自社で設備投資を行い、本当にECサイトを開設しても、結果が伴わなければ不良資産と化してしまう。ZOZOTOWNとは異なり、容易な撤退もできない。しまむらには果たして、どれだけECに対する覚悟があるのだろうか。しまむらは今、大きな転換点を迎えているようだ。
(文=A4studio)